第16話 自分の道
「カレン。容赦はしないぞ」
「こっちも、貴族だからって加減はしないわよ?」
「もちろん。では──参る!」
互いに魔力を身体に満たし、模擬戦が始まった。先に動いたのはアレクだったが、カレンの姿はその場から消えている。
「……後ろだ」
リナが呟く。
超高速で移動するカレンの軌道をリナは寸分違わず捉えていた。アレクはそれに――反応した。背後へと剣を回し、紙一重で双剣を受け止める。
「なっ……!?」
「ふん! なかなか僕もやるだろう!」
「えぇ。そうみたいね!」
もしリナと出会う前のアレクだったなら──勝負はもう決していた。カレンの速度についていけず、押し切られていたはずだ。
だが、今のアレクは違う。彼は何度もリナの剣を見て、反芻し、反復してきた。理屈ではなく、身体に刻み込むまで。だからこそ、彼は確実に騎士として成長していた。
その変化をリナは誰よりも正確に理解している。
「……二人とも、凄い」
空気が揺れる。キラキラと舞う魔力の粒子。
黄金の魔力と青白い魔力が、ぶつかり合っていた。
だが──決着は早かった。カレンが一気に距離を詰め、アレクの喉元に双剣を突きつける。
「──私の勝ちよ」
「ぐっ……ぐぬぬ。僕の負けだ……伊達にAランク冒険者ではないということか……」
「あら。私のこと知っていたの?」
「〈閃光のカレン〉だろ? 有名人だ」
「ふっ……ふふん! そうよ! 私は凄いんだから!」
「〈年端もいかない少女〉だと聞いていたが、閃光は伊達ではないな」
「誰が〈年端もいかない少女〉よ! 私は二十歳のお姉さんなんだからッ……!」
二人の戦いに決着がつき、リナは静かに歩み寄っていく。
「二人とも……キラキラしてて、凄かったね」
「魔法剣が使えるなら、普通のことよ。でも……リナって、魔力が無いのよね?」
「うん。無いよ」
カレンは小さく眉を寄せる。
彼女はリナの実力を知っている。すべてを把握しているわけではないが、それでも――世界でも指折りの剣士であることは疑いようがない。
だからこそ、不自然だった。これほどの剣士が、魔力を一切持たないという事実が。
「リナは、おそらく〈祝福〉持ちなんだろう」
それに対してアレクが答えた。
「あぁ……。やっぱり、そうよね」
「祝福……って、なに?」
「魔法や魔力とは別系統の異能だ。持っている人間は世界でも限られている。リナの祝福は――おそらく、剣に特化したものだと思う」
「へぇ……そうなんだ」
「本人は自覚無し、か。でもまぁ、リナらしいわね」
リナは特に気にした様子もなく、頷いただけだった。
彼女にとって、それは大した話ではない。
剣を振るう理由に、理屈や理論は必要なかったからだ。
「ねぇ、リナ」
「何……カレン」
「ちょっと私と決闘ってみない? あなたの凄さは見てきたけど、対峙してはないから」
「……いいよ」
「ありがと」
カレンは速さだけなら、誰にも負けない自信があった。Sランク冒険者にも、騎士団長にも──そして〈剣聖〉にすら。
もちろん膂力では劣る。総合的な戦闘力で見れば、上はいるだろう。だが純粋な〈速度〉という一点において、カレンは世界でも屈指の実力者だった。
そんなカレンでも、リナの底はまるで見えない。剣を振るうその在り方そのものが、常識から逸脱している。
だからこそ、一度知っておきたかった。剣の化身とも言うべきその傑物が、どこまで踏み込めば届く存在なのかを。
「行くわよ──リナ」
「……うん」
カレンの魔法剣は、電撃を操るものだ。
魔力性質は〈電気〉に近く、彼女はそれを攻撃だけではなく、身体制御へも用いている。電気信号は神経を走り、シナプスとニューロンを越えて筋肉を動かす。
本来そこに生じる僅かな遅延を、カレンは魔力で上書きしていた。
思考と動作のズレは、ほぼ存在しない。
意識した瞬間には身体はすでに動いている。
小柄な肉体も相まって、その移動は並の使い手では目で追えない。空間を滑るように踏み越える姿は――まさに雷撃そのものだった。
しかし、リナにとってそれは──
「……速いけど」
確かに、カレンは速い。まさに、目にも留まらぬ速さ。だがリナにとっては――それだけだった。
超高速で移動するカレンの軌道を完璧に捉え、リナは一歩も動かずに迎え撃つ。そして、逆にカウンター。カレンの喉元へと、迷いなく刀が突きつけられていた。
「なっ……! 見えて……いたの?」
「うん。速いけど、視えた」
「そう……。リナって、やっぱりヤバいわね。速さだけには自信があったんだけど」
「カレンより速い人、あんまり見たことない。だから……カレンは凄いと思う」
「私は凄いのよ、って言いたいところだけど……」
カレンは肩をすくめ、静かに息を吐いた。
「──流石にリナの方が凄いわ」
完全な白旗だった。
自分の動きを完璧に見切られ、その上で返された。実力差は明白だった。天と地ほどの隔たりがあることを――カレンは、はっきりと理解してしまったからだ。
「ハハハ! 見たか、カレン! これがリナの実力だ!」
「なんでアンタが誇らしげなのよ」
高らかに笑っているアレクに、リナは問いかける。
「ねぇ……アレク」
「なんだ?」
「騎士団長って……強いの?」
その言葉の意味を、分からないアレクではない。
「……まさか、リナ。騎士団長と──決闘るきか?」
「や、やらない。けど……知りたいだけ。そう。ただの興味本位」
明らかにリナは動揺してるし、言葉も辿々しい。アレクだけではなくカレンも、リナが嘘を言っているのは分かっている。
現騎士団長──〈レオニス=アルトレイン〉は世界最強とも言われている。そんな傑物に挑む人物など、普通はいるはずもないが。
アレクは少し逡巡し、息を吐き出す。
「……ふぅ。そうだな。僕は急に騎士団長の素晴らしさを語りたくなった。よし、ではその素晴らしさを語ろうではないか!」
「……」
リナはこくりと頷く。
「騎士団長──〈レオニス=アルトレイン〉は、間違いなく歴代の中でも最強の騎士だ。アルトレイン家に連なる血統魔法。その完成度はもはや、賢者の領域に近い。だが、本質は魔法ではない」
アレクはさらに言葉を続ける。
「団長は魔法に頼らない。いや、正確には――魔法と剣を区別していない。剣を振るうという行為そのものが、すでに魔法の一部なんだ。血筋に刻まれた魔法は、剣に自然と溶け込む。僕は……その片鱗しか知らない。団長の魔法剣を真正面から見たことがある者は、ほとんどいないんだ。なぜなら――」
アレクは張り詰めた表情をしながら、最後にこう言った。
「見せる必要が無いからだ。本気を出す前に、すべてが終わる。団長はな、氷みたいに冷たいお方だ。その人柄も、その剣も──」
「……」
リナはこくり、と頷いた。
最後の言葉でおおよそ、騎士団長はどのような戦い方をするか、リナは分かった。
「では、僕はこれで失礼する」
「バイバイ……アレク。ありがとう」
「ありがとう? はて、何のことか。僕は団長の偉業を称えただけさ」
去り際。アレクは言葉を溢す。
「リナ。キミにもきっと事情があるんだろう。僕はそれを止めない。だが、心配はしている。だから無理はするなよ」
「うん……ありがとう」
そう言ってアレクは足早に去っていった。
そして、リナの隣に立つカレンが呆れたような顔をしていた。
「リナ。アンタ……騎士団長と決闘るつもりね?」
「な、何のことか分からない……」
「フィア、だったかしら。あの子のためなんでしょ?」
「うっ……」
完全に全てお見通しだった。
リナは声を漏らすことしか出来ない。
「はぁ。どこの世界に、あの騎士団長と戦うバカがいるのよ」
「そんなに……強いの?」
「えぇ。私も少し見たことはあるけど……アレは──ヤバイわね。リナでも流石に苦戦はすると思うわよ? それでも戦う理由があるの?」
「理由……理由は……」
まだその理由は、はっきりとした形を持っていない。けれど──あの時のフィアの表情だけは、どうしても忘れられなかった。
初めてだった。自分のためではなく、人のために剣を振るいたいと思ったのは。
フィアのために、何かをしたい。
彼女は、自分にとても良くしてくれた。
だから──その恩に報いたい。
それこそがリナの理由だった。
「理由は……ある。やらないと、いけない」
「そっか。まあ、闇雲に斬りたいだけって言うなら止めてたけどさ。ちゃんと理由と信念があるなら、私は止めないわ。結局、人って──自分で決めたことにしか従えないから」
「自分で……決めたこと……」
その言葉が胸の奥に落ちていく。
今までは、師の言葉に従うだけでよかった。
命令のままに剣を振るうだけでよかった。
けれど今──師を失ったリナは、初めて自分の意志で前に進もうとしている。
「じゃ、私も帰るわ。リナ、またね」
「うん……バイバイ」
小さくなっていくカレンの背中を見送りながら、リナはふと夕暮れの空を仰いだ。
この景色は幾度となく見てきたはずだ。
空はいつだって、美しい。
──それなのに。
今日の空はどこか違って見えた。
胸の奥が静かに、けれど確かに、熱を帯びている。
「……私も、帰ろう」
リナは店に戻っていく。
しかし、その歩みはいつもとは違った。
剣を握る理由を自分で選んだ者として──リナは一歩、踏み出す。その歩みはまだ遅く、迷いも残っている。
けれど──今のリナは、命令に従うだけの剣士ではなかった。
夕暮れの中、彼女は静かに〈自分の道〉を歩き出す。その先に待つものが、何であろうとも。




