第15話 騎士の在り方
「貴様が、フィアリスの友人だと?」
「そう」
「平民ごときが、アルトレイン家の人間の友人になれると思うな。身の程を弁えろ、平民」
「平民じゃない。リナ」
「貴様……」
一触即発。
空気が張り詰め、即座に血が流れかねない状況だった。だが──そこへ割って入ったのは、当事者であるフィアだった。
「お兄様っ……! リナさんは、私のご友人です。それだけは……それだけは、間違いありません」
声は震えている。
膝も、指先も、恐怖を隠しきれてはいない。
それでも──その瞳だけは、決して逸らされることなく、まっすぐに兄を見据えていた。
レオニスはその視線を受け止め、しばし逡巡する。やがて、小さく舌打ちをして踵を返した。
「興が削がれた。フィアリス、一週間だけ猶予を与える。その間に覚悟を決めろ。その後、アルトレイン家へ戻れ。いいな?」
「……はい」
短く言い残し、騎士団長レオニスは去っていった。先ほどまでの喧騒が嘘のように、店内は静けさに包まれる。
「よし。営業を再開するぞ! リナ、フィア。切り替えろ、いいな?」
「うん」
「……はい」
何事もなかったかのように、店は再び動き出す。
やがて今日の営業も終わり、片付けが一段落した頃。フィアがそっと、リナに声をかけた。
「リナさん……少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「うん」
「アルさんも、ご一緒に」
「あぁ」
三人でテーブルを囲み、それぞれ腰を下ろす。
しばし、言葉のない時間が流れる。
沈黙を破るようにフィアは小さく息を吸い込み、意を決して口を開いた。
「もうご存知かとは思いますが、私は公爵家である〈アルトレイン家〉の人間です」
「貴族……だよね?」
「はい。アルさんにはお伝えしていましたが、リナさんには、きちんと説明していなかったので」
「アルは知ってたの?」
「あぁ。ま、フィアも色々あってな」
「……そうなんだ」
リナは小さく頷いた。
フィアとは仲が良い──そう思っている。
それでも分からないこと、知らないことは、まだこんなにもあるのだと実感する。
「私は〈アルトレイン家〉で騎士になるように英才教育を受けて来ました。代々、〈アルトレイン家〉は血統的な魔法剣を操ります。私も兄と同様に、苛烈な教育を受けました。いえ、兄もまた私に厳しい教育を課して来ました。私は──それに耐えられなくなり、一度だけ逃げ出しました。それが父上にバレてしまい、私は勘当されました」
「……かんどう?」
「家との縁を切られる、ってことだ」
アルの補足に、リナは少し首を傾げる。
「それだけで……家との縁がなくなるの? なんで?」
「ま、貴族の世界も色々あるってことさ」
「……そうなんだ」
リナには、貴族の世界はよく分からない。
師匠が貴族と話しているのを見たことはあったが、ただ綺麗な服を着て、少し偉そうな人たち。それくらいの印象しかなかった。
「その後、私はアルさんと出会ってここで働くようになりました。最初は慣れないことばかりで、大変でしたが──それでも」
フィアは微かに笑う。
「剣を握っている時より、ずっと……心が満たされていました。リナさんが来てからは、特に」
「……私? 私は、何もしてないけど」
「いいえ。そんなことはありません」
きっぱりと、フィアは否定した。
「リナさんのその純粋さは私にとって、輝かしい太陽のようなものでした」
「……」
その言葉に、リナは返す言葉を失う。
フィアは嘘をついていない。
それは紛れもない本心に違いない。
自分はただ、バイトをしていただけだ。
それなのに、こんな風に想われていたなんて。
人は言葉にしなければ分からないことが、本当にたくさんある。リナは静かにそう理解した。
「けれど、迷惑をかけることはできません。一週間後、私は家に戻ります。現当主の命令であれば従うだけです」
「……でも、フィアは嫌そうだよ」
リナは人の心の機微を、ほんの少しだけ察することができるようになっていた。
顔色や声音。言葉だけではない。
言葉になる前の迷い。
視線の揺れ。沈黙に滲む感情。
そうした〈人を知るための要素〉が、この世界には確かに存在するのだと、リナは知り始めていた。
「お兄様の言うとおり、私の個人的な感情は問題ではないのです。貴族とはそういうものなのです。リナさん。ご心配して下さり、ありがとうございます」
「……うん」
それは優しい拒絶だった。
これ以上踏み込んで来なくていい。
そう言われているような気がして、リナは頷くしか無かった。
話はそこで終わり、リナたちはフィアを見送った。心なしかフィアの背中はとても寂しそうだと──リナは思った。
「リナ。ちょっといいか?」
「……うん」
店内に戻り、リナはアルと話をする。
「俺は、いつかこういう日が来ると思っていた。フィアの家──アルトレイン家は、この王国では特別な家だ。勘当されたとはいえ、フィアはその血統を引き継いでいる。おそらくは、政略結婚とかに利用されるんだろうな」
「……それは、フィアにとって良いことなの?」
「いいや。だが、人間とは地位や権力のために、他者を踏み躙るような行為を平然と正当化できるもんなんだよ」
「私は──」
リナの言葉を遮るように、アルは言葉を被せる。
「フィアを助けることはやめた方がいい。リナは確かに世界でも最高峰の剣士だろうが、剣だけでは解決できないこともある」
「斬るだけじゃ……ダメなの?」
「あぁ。貴族の世界は、特にな」
「そう……なんだ」
何かできることはないか。
そんな酷い目に遭っているフィアを助けたいと思う気持ちは、リナの中に確かに芽生えていた。
その時、アルは思い出したかのように言葉を発する。
「けど、まあ……貴族ってやつは──プライドが高い」
「そうなの?」
「あぁ。平民から決闘を申し込まれて、断ることはないだろうな。ま、これはただの独り言だ。聞き流せよ」
「……」
何かを察したリナは返答することなく、沈黙で応じる。
「剣だけでは解決できない。だが、剣で解決できる事もある。だから剣の先に在るものを示すことができれば、何か変わるかもな」
剣の先に在るもの。
それはリナにも分からない。神の剣域に至る傑物でさえ、そんなものは知らない。けれども……アルの言葉は深く頷けるものだった。
「おーし。じゃ、明日の仕込みするぞー」
「うん……思ったんだけど、アルって強いよね?」
「ん? まぁ言ってなかったが、俺は元Sランク冒険者だからな。リナほどじゃないが、結構やれるぜ?」
「えっ……それは凄いね」
「ハハハハ! そうだろう、そうだろう!」
「でも、なんで冒険者を辞めてお店をしてるの?」
「実は……膝に矢を受けてしまってな」
神妙な顔つきでアルは冗談を口にするが、もちろんリナはそれを真に受ける。
「それは……可哀想だね。痛そう」
「ハハハ! 今の冗談だ! でも──そうだな」
アルはどこか遠くを見つめるように、言葉を紡ぐ。
「人には向き不向きがある。俺は確かに冒険者に向いていたが、ちょっと疲れてな。料理を作ることは元々好きだったんだ。だから、思い切って転職してみた。この店の経営も大変だが、冒険者の時よりは楽しいな」
「……向いていることより、好きなことを優先したってこと?」
「そうだ。リナ、お前は何が好きなんだ?」
そう訊かれて、リナが迷うことはなかった。
「私は──〈剣が好き〉」
「そりゃあ良いことだな。じゃ、その好きなことで何が出来るか考えてみるといい。俺から言えるのはこれまでだ」
「……何が出来るか。うん、たくさん考えてみる」
生まれて初めて剣そのものが目的ではなく、剣を以て何をするのか。リナはそれを、深く考えてみることにした。
†
「フハハハハハ! リナ! 今日も決闘だ!」
「うん……稽古ね」
「いや、決闘だ」
「稽古だけど」
「決闘だ!」
「……じゃあ、決闘で」
「うむ。それでいい!」
リナは、アレクの強情さを理解し始めていた。
どれだけ言葉を尽くしても、彼は簡単には引かない。彼女は初めて、自分が一歩引いた方が話が前に進む場面があるのだと悟った。
それから、二人は剣を交える。
結果は明白だった。リナの圧勝だ。
それでもアレクは何度も立ち上がる。
斬られ、弾かれ、間合いを制されても──決して引かない。歯を食いしばり、息を荒げながら、何度でもリナに喰らいついていく。
「次だ!」
「……うん」
「また次だ!」
「……分かった」
「はぁ……はぁ……」
「ちょっと休憩した方がいいよ」
「あぁ。そうだな……」
アレクは持参しているボトルから給水をして、呼吸を落ち着ける。
「ねぇ。なんでアレクはそんなに頑張るの?」
それは前々から気になっていたことだった。
アレクは何度も負けているのに、それを気にすること無く何度もリナに挑み続けている。
「僕は貴族だ。貴族は強く在らねばならない」
「貴族は……強くないといけないの?」
「あぁ」
「でも、アレクは弱い」
「う、うぐ……そ、それはそうだが」
「けど──」
リナは思っていることを素直に言葉にした。
「アレクは頑張ってる。前よりは……強くなってる」
「ほ、本当か……!?」
「うん……私は嘘はつかない」
「ハハハ! 僕は天才だからな! 努力をすれば強くなるさ!」
「……そうだね。努力は──大切だと思う」
その時だった。
リナは視線を感じる。けれどそれは、リリエルのものとは違った。この視線の感覚は──そう思ってリナが距離を詰めるとそこにいたのは、カレンだった。
「……カレン? 何してるの?」
「べ、別にリナが何してるのかなぁとか思ってないわよ。ただ偶然ここを通っただけよ!」
「そうなんだ」
完全に本音を漏らしているが、リナは素直にその言葉を受け取る。
「リナ。知り合いか?」
「うん……カレン。友だち」
「と、友だち!?」
そう言われてカレンは驚くが、すぐにニヤニヤと笑みを浮かべる。
「そうよ! 私はリナの友だちで、先輩なんだから!」
「ほぅ……この少女がリナの先輩? 信じられんな。子どもが騙っているだけではないか?」
「私は二十歳のお姉さんよっ!」
「な……に? この僕よりも年上だと……? こんなにも可憐な少女なのに」
「うるさいわね! で、アンタの名前は?」
「僕はアレクライト=オルフェリオだ! 由緒正しきオルフェリオ家の長男であり、騎士だ!」
アレクは高らかに宣言する。
それを見て、カレンはじっと視線を向ける。
「ふぅん、貴族ね。でもアンタ、どうせリナにボコされたんでしょ」
「ぐ、ぬうう……それは否定しないが、カレンよ。僕は強いぞ?」
「へぇ。私と決闘るの?」
「あぁ。ちょうど腕試しをしたい所だ」
リナはその様子を傍目から見て、ワクワクしていた。
「おぉ……。二人が戦うの、楽しみ」
リナは目を輝かせ、二人の決闘を見守るのだった。




