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第14話 友だち


「──私の……絵?」


 そう。そこに精巧に描かれていた人物は、リナだった。正面、横顔、背中。あらゆる角度から切り取られた彼女が並び、そのどれもが、あまりにも正確にリナを描いている。


「はい! これは──私の推し活なのです……!」

「おし活……って何?」

「推しのために行う活動でしょうか。推しとは……そうですね。尊い存在のことです」

「……私は、リリエルにとって尊いの?」

「もちろんです!」


 ずいと距離を詰めて、リリエルが顔を寄せてくる。きらきらと輝く瞳にリナは思わず視線を奪われた。


 そこには整った美貌と確かな熱が宿っている。


「リナさんは本当に尊いお方です。街で騎士との揉め事を収めていましたよね? 冒険者ギルドでは、あのSランクのガルムさんに腕相撲で勝っていましたし!」


 何でそのことを知っているんだろう。

 と、リナは追及しなかった。勝手にどこかで見ていたんだろうと納得したからだ。


「儚い雰囲気を纏っていながら──リナさんには、揺るがない強さがある……! それが、尊いのです……! 美貌と強さ。相反するものが絡み合う奇跡のような存在。それこそがリナさんなのです!」

「……なるほど」


 言葉としては理解できた。

 だが、実感としてはまだ追いつかない。

 

 それでも、早口で熱弁するリリエルの熱は──不思議と嫌なものではなかった。押しつけがましさはなく、そこにあるのは、ただ一途な好意だけだとリナは感じていた。


 ふと、リナは改めて自分の絵に視線を戻す。


「……」


 普段、自分の姿を確認するのはたまに鏡を覗く程度だ。だが、これらの絵はそれ以上に克明でまるで内側まで描き出しているように見えた。


 じっと、見透かすような視線で絵を見つめていると──リリエルが、ハッとしたように表情を変える。


「はっ……す、すみません。リナさんとまたお話しできたことが嬉しくて、つい……。その……もしかして、お気分を害してしまいましたか?」


 その問いかけに、リナは少しも迷わず答えた。


「ううん、嫌じゃないよ。ただ──リリエルは、とても絵が上手いんだね」

「え? そ、そうでしょうか?」

「うん。凄いと思う……こんなに凄い絵を見たのは、初めて」


 リナに芸術の素養はない。

 けれど、それでも分かることがある。

 これは──間違いなく、芸術だ。あまりにも精巧に描かれた自分の姿。一体、どれほどの時間と修練を積めば、ここまで辿り着けるのだろうか。


 自分は斬ることしか出来ない。

 けれど、リリエルには確かな絵の──芸術の才能がある。リナは自然とそう理解していた。


「そ、そんなに褒めてくださるなんて……嬉しいです。リナさん」


 リリエルは頬を赤らめ、潤んだ瞳でリナを見つめてくる。


「では──もしよろしければ、うちに入信して……」

「しない」

「あーん! 相変わらず、つれないですね! でも、そこがリナさんの魅力であり、尊さなのです!」


 よく分からないが、リリエルはとても楽しそうだ。そう思い、リナはこれ以上深くは踏み込まなかった。


「けれど──もし何かお悩みがあれば、お話は聞きますよ。私は一応、聖女ですから。懺悔なども、受け付けていますので」

「悩み……」


 リナはずっと迷っていた。

 あの時、師が残した言葉。

 その本当の意味を、今も掴みきれずにいる。


 本来ならば――それは自分で見つけるべき答えなのだろう。けれど、自分一人ではどうしても見えないものがある。リナはそう考え、リリエルに相談してみることにした。


 自分の中にある迷いを、確かめるために。



「相談……したいことは、ある」


 リナの雰囲気はいつもよりもどこか硬い。


 その微かな違いをリリエルは見逃さなかった。冗談めいた笑みを引っ込め、静かに視線を合わせる。


「まずは座りましょうか。急ぐ話でもなさそうですし。ゆっくり、お話を聞きますよ」

「……うん」


 促されるまま、リナは腰を下ろす。

 一度、息を整えてからこれまで辿ってきた軌跡をゆっくりと言葉にし始めた。


「私は──斬ることが、すべてだった。それだけでいいと思っていた。でも……師匠は、死んじゃった」


 言葉を選ぶように、リナは一拍置く。


「お師匠様が、いらしたのですね」

「うん。師匠は……病気だった。でも、最後の最後に、私と立ち合いたいって言って。敵でもないのに、自分を斬れって……」


 リナは小さく首を振る。


「よく分からなかった。でも私は、師匠を斬った。……なのに、師匠はとても満足そうな表情かおをしていたの」

「……」


 リリエルは口を挟まず、ただ静かに耳を傾けている。


「〈剣の果てにある心は、自分おまえで掴め〉〈もっと広い世界を知れ。お前はもう、自由だ〉……師匠はそう、言葉を遺した」


 リナは自分の胸元にそっと手を当てる。


「私は……それを探してる。心、広い世界、自由。それはきっと、剣と同じか。それ以上に大切なものなんだって師匠は多分……言いたかったんだと思う。でも、私にはまだ……分からない」

「そうでしたか」


 リリエルは穏やかに頷いた。


「リナさんが、うちに入信しない理由がよく分かりました。それは確かに――神の力で理解するものではありませんね」

「えっ……。リリエルは、師匠の言葉の意味が分かるの?」

「はい、おそらくですが。けれど、やはりそれは──リナさん自身が理解しなければならないことでしょう」

「……そう、だよね」


 胸の奥が、ちくりと痛む。


 どうして自分は、普通の人のように生きられないのだろう。人の心が分からないのだろう。


 斬ることしか、知らない。

 けれど師は最期に斬ること以外の道を示した。


 それを、まだ理解できない自分が――

 どうしようもなく、嫌だった。



「一つだけ、助言をするとすれば──リナさんは今、いろいろな人と交流していますよね?」

「うん」

「それは、きっと正しい道です」


 リリエルは真剣な瞳で見つめる。


「人を知りたいと思い、リナさんは人との関わりを深めている。その先に――お師匠様の言葉の意味が、きっとあるはずです」


 リナはゆっくりと言葉を選ぶ。


「王都に来てたくさんの人と会った。みんなは私と違った得意なものがある。私は斬ることが得意。でも、みんなは……他に得意なものがある。今は……それだけ分かった」


 今の理解はそれだけ。

 けれど、その言葉にリリエルはどこか満足そうな笑みを浮かべた。


「ええ。人は皆、それぞれ違う得意を持っていますからね」

「あと知り合いがたくさんできるのは……嬉しい、と思う」

「知り合いですか。それは、もしかすると〈お友だち〉と言えるかもしれませんね」

「友だち……?」


 その言葉は知っている。

 けれど、リナは自分に友人などいないものだとずっと思い込んでいた。


「ええ。私は、そう思いますよ」

「友だちって……定義とか、あるの?」


 リリエルは少し考え込み、うーんと唸る。


「難しいですね……。でも、親睦を深めていって――互いが友だちだと思えば、それで友だちなのではないでしょうか。きっとそれは、理屈を超えたものだと私は思います。感覚的なものでしょうか」

「感覚的……」


 リナは小さく頷き、そして結論を出す。


「じゃあ、みんな友だち。リリエルも友だち」

「えっ……!? わ、私ですか!?」


 思いもよらぬ一言に、リリエルは動揺する。


「お、恐れ多いです! 推しのご友人だなんてっ!」

「でも私は、リリエルのことを〈友だち〉だと思いたい。ダメ……?」

「うぅ……っ」


 リリエルは、顔を真っ赤にして俯いた。

 その理由はただ一つ――リナのあまりにも真っ直ぐで疑いのない純粋さに、心を撃ち抜かれてしまったからだ。


「で、ではその……。恐れ多いですが、リナさんは私の推しであり、ご友人ということでよろしいでしょうか?」

「うん。私たちは──友だち」


 リナは満足そうに頷くのだった。


 話はそこで一区切りとなり、二人は教会の前で別れの挨拶を交わす。


「リナさん。今日は、ありがとうございました」

「ううん。私こそ……ありがとう。楽しかった。また新しい絵、楽しみにしてるね」

「はい! もちろんです!」


 リナは帰路につく。

 歩きながらふと、リナは思い出す。


「友だち……」


 定義はまだよく分からない。

 理屈も説明もできない。


 けれど──


「友だちが増えるのは嬉しい」


 その感覚だけは、はっきりと分かった。



 †



 リナはいつものようにアルの店でバイトをしていた。


「お。バイト剣士、今日はホールか!」

「うん……そう」

「注文取るのは、もう慣れたか?」

「ふふ。慣れた。任せて」


 常連たちとの軽いやり取りにも、自然と笑顔が混じるようになっていた。最近はフィアと二人でホールを回すことも多く、忙しい時間帯でも落ち着いて動けている。


「リナさん。接客もとてもお上手になりましたね」

「そう……かな?」

「えぇ。皆さん、リナさんと話すのを楽しみにしているんですよ」


 そんな他愛ない雑談を交わしていた、その時だった。扉が静かに開き、一人の男が店内に足を踏み入れる。


 騎士──それは間違いない。


 だが、そのたたずまいはこれまでの騎士たちとは明らかに違っていた。

 

 白銀の髪は無駄なく撫で付けられている。

 白と青を基調とした鎧は一切の装飾を排した実戦仕様でありながら、隅々まで手入れが行き届き、光を受けて静かに輝いていた。

 

 その騎士の視線が、店内を一度だけ見渡す。



「レオニス……お兄様」


 その騎士の姿を目撃したフィアは息を呑んだ。

 驚きと同時にその表情には、隠しきれない怯えが滲んでいる。


「──フィアリス。こんな場所にいたとはな。探したぞ」

「私はもう……家の人間ではありません」

「私は先日、新しい当主となった。父上はお前を勘当したが、お前にはまだ使い道がある」


 淡々と告げられる言葉に感情はない。

 そこにあるのは、ただ決定のみ。


「〈アルトレイン家〉に戻れ。これは当主の命令だ」

「……」


 フィアの肩が、小さく震える。

 その時だった。その間に静かに割って入ったのは──リナだった。


「……いらっしゃいませ。ご注文は?」

「私は客ではない。フィアリスを連れ戻しに来ただけだ」

「でも……フィアは嫌がってると思うし、怖がってるよ」

「これは個人の感情的な問題ではない。私の判断こそが全てだ。下がれ、平民」

「嫌」


 短く、はっきりとした拒絶をリナは示す。


「何? 貴様……公爵家であるアルトレイン家に逆らうことが、どういう事か理解しているのか?」

「貴族の人、なの?」


 その言葉でリナはようやく理解する。彼が貴族であること。そして──フィアもまた、やはりその立場の人間だったのだと。


「そうだ。平民よりも遥か高みに存在する者だ。平民、邪魔をすれば──斬るぞ」

「……斬る? あなたは──敵なの?」


 反射的に殺気が漏れた。

 リナの圧倒的な殺意が放たれる。

 レオニスもリナが只者では無いと悟る。

 微かな緊張感と共に、手のひらにじわりと汗が滲む。彼はリナに対して鋭い視線を向け、尋ねる。



「貴様……一体何者だ?」



 これまでのリナなら、迷わず斬っていただろう。


 だが、今は違う。

 ここは戦う場所ではない。

 刃を向けるべき場面でもない。


 王都に出て来て、人と交流した経験が静かに彼女を止めていた。刀は抜かなくていい――そのことをリナは感覚で理解していた。


 だから、リナは刀に手をかけず、ゆっくりと殺気を収める。


「私は……」


 いつもなら身分を問われれば、〈剣士〉と答える。ここ最近は〈バイト剣士〉と名乗っていたが、それはここでは違うと考える。


 リナは少しだけ間を置き、新しく理解した言葉を──胸の奥で確かめるようにして、口にする。



「私は──フィアの友だち」


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