後編
そりゃそうだよね。
ヒロインは結局どっちを選んだのか?
・・・・・・敵前逃亡、デス。
いや、分かりきっていた事だよね?
むしろ、それ一択じゃない!?
だって痛いの嫌だもん。
いじめられるのだって嫌だ!
誰がフミフミと踏まれ続けるドアマット生活を選びたがるわけ?
いじめられるだけじゃなくて、毒を盛られたりするんだよ?
もうそれ、虐めじゃなくて暗殺じゃん!
義母に毒を盛られては寝込んで、寝込めば『仕事サボるな!』と無理矢理叩き起こされて、もう殺したいのか、働かせたいのか?どっちだよ!って話だよね。
しかもね、リリエルは悲しいかな、頻繁に毒を盛られ続けたお陰で、学園に入る頃には毒に耐性がついているんだよ。
何それ、どこの王族!?
って感じだよね。
それで毒を盛る側もヒートアップしちゃってさ。致死量を軽~く超える量を盛られるようになってしまうという負のループ。
そうなると流石にリリエルも生死の境を彷徨うようになる。
当たり前だ。どこの世界に致死量を超えた毒を盛られて平気な人間がいるというのか。
まぁ、そこはヒーローとの熱いイベントって事で、ヒーローが助けてくれるの。
解毒剤を瀕死のリリエルに口移しで飲ませるシーンが、小説の終盤で感動のシーンとして描かれているのだけど。
・・・・ねぇ、ファーストキスが解毒薬の味って、どう思う?
なんで甘い思い出じゃなくて、苦い思い出になってんのさ。
初キスの味がイチゴ味じゃじゃなくて、蛇イチゴの味、ってか?
いや、蛇イチゴを食べさせられたって、瀕死にはならないでしょうよ。
まあそんな感じで入学後のエピソードを諸々思い出してみれば、自ずと答えは導き出されるものだよね。
敵前逃亡一択、だってね。
『ヘタレ!』だとか、『我慢して最高の幸せを掴めよ!』と思うかも知れない。
でも当事者になってみれば冗談じゃないよ!
私のモットーは、" 命大事に " だよ、絶対に!!
そうしてやって来た運命のあの日。
葬儀の日から四日後、お母様の両親、兄弟がカテッツォ侯爵家にやって来た。
勿論、葬儀の場で言った『話は後日に』の話をしに来たのだ。
当然、ゴルド辺境伯家側からの話は、私を引き取るというものだった。
正直なところ、お父様の本音としては願ってもない申し出だっただろう。
無理矢理結婚させられた女と容姿がそっくりな娘など本当は愛してもいなかった。更には愛する女性と子どもたちを迎え入れる準備で浮かれている最中でもあったのだ。
ただ、私には知らされていなかったが、実は小説通りにリリエルは第二王子の婚約者に内定していたらしい。
リリエルを渡してしまったら、カテッツォ侯爵家ではなく、ゴルド辺境伯家から王子妃を出す事になってしまう。
カテッツォ侯爵家から王子妃を出す事は、先代侯爵の悲願であったらしい。
先代にしてみれば、可愛くない孫とはいえ王族、しかも王子に嫁ぐメリットは大きい。
先代の考えはリリエルの父、ラインハルトの考えでもある。その為、辺境伯からの申し出にカテッツォ侯爵が頷く事は無かった。
小説ではこうしてカテッツォ侯爵家にそのままリリエルは養育される事になった訳なのだが、その結果、リリエルに待ち受けていたのは、義母や異母妹弟をはじめとする使用人たちからの過度な虐待といじめだった。
さて、この話し合いは小説でも、そして今もリリエル抜きで行われている。
たとえリリエルが同席していたとしても、結果が変わることはなかっただろう。
但し、私が動かなければ、の話だ。
長年にわたる愛人と子どもがいようとも、現時点ではリリエルの養育環境に何の問題はない。
そして実の父であるカテッツォ侯爵がリリエルを育てると言っている。
だから小説では、リリエルはカテッツォ侯爵家に留まる事になってしまったのだ。
その結果、愛する娘、妹を騙していたラインハルトに、怒りと不信感を抱いたゴルド辺境伯たちはこれ以降、カテッツォ侯爵家との交流を絶つ事となり、リリエルは彼らを頼る事も出来なくなる。
そうして本当の物語が始まるまで、リリエルの不遇時代は続くのである。
けれど、現実の私は頑張った!
ゴルド辺境伯たちが侯爵家を訪れる前に、私は一つの決断をしていた。
カテッツォ侯爵家にゴルド辺境伯一行がやって来た時、私は大人しく自室に居るようにと言いつけられていた。可能性は低いが、リリエルがゴルド辺境伯と暮らしたい、と言い出すことを危惧していたのだろう。
けれど私は、お父様の言いつけなどさらさら守る気はなかった。時間を見計らって、客間の方へと足を運ぶと部屋の様子を扉の外からこっそりと窺っていた。
そうしてお父様が望んだように、『リリエルは侯爵家で』と話がまとまった時だった。
私は絶好のタイミングで、客間の扉を力強く開けた!
あ、実際に開けたのは、私の境遇に同情した私付きの侍女だったんだけどね。
渋る侍女を、泣き落としで同行させたわけよ。だって、扉を一人で開ける力はなかったもん。モタモタしている間に話が決まっちゃったら困るじゃない?
「ちょっと待ったぁああああ!」
突然のリリエルの乱入に驚いたのは部屋の中に居た面々だ。
勢いよく開いた扉と聞こえた叫び声に部屋の入り口を見れば、仁王立ちしたリリエルが居たのだから。
「なっ!リリエルっ、部屋に居るようにと言ってあっただろう!」
お父様はゴルド辺境伯の前ではあったけど、思わず大きな声で私を叱責した。
「私はっ、この家に居たくありません!お祖父様たちと一緒に暮らしたいのです!!」
私は大きな声で言うと、突然の乱入者に驚き、剣に手をかけて立ち上がっていた先代の辺境伯、つまり私のお祖父様へと一気に駆け寄ると、足にヒシッと抱きついた。
「なっ、何を言っているんだ、お前は!
この侯爵家で、お前は何不自由なく暮らしていただろうっ」
私の突拍子もない行動に驚き固まっていたお父様は、はっ、と我に返ると慌てて私をゴルド辺境伯から引き剥がそうと立ち上がった。
「それはお母様が生きていた頃の話です!
ですがお父様たちは私の前でだけ仲良くしていただけで、実際は冷え切った夫婦だったではありませんか!」
私はお祖父様の足にしがみつきながらも、キッとした目つきで言い切った。
「何故、それをっ!
い、いや、それはお前の誤解だ。私は妻の事もお前の事も愛しているんだ」
何を今更、だよね。
でも、そんな心にも思っていない言葉を吐くのは、私が第二王子の婚約者に内定しているからだ。
婚約者をクララに、という話になるのは彼女たちが屋敷に来てからのことだ。
だから今はまだ、お父様をそう唆す者は居ない。
ならばその役目は私が引き受けよう!
「どうせ私はカテッツォ侯爵家の色を持たない役立たずの娘です!
もし第二王子の婚約者になったとしても分不相応だというのは、誰もが皆そう思うことでしょう。
ですから王子の婚約者には、お父様のもう一人の可愛い娘がなるべきなんです!」
その言葉にお父様が反応した。きっとお父様の脳内では、クララを王子の婚約者にする為の策が駆け巡ったはずだ。
その結果、どうして六歳の娘が第二王子の婚約者内定の件を知っていたのかを問われることもなく、私の思惑通りに事は動いたのよ!
やったぁあああ〜!
これで私は、ドアマットヒロインという宿命から逃れられたわ!
泣いて喜ぶ私の姿に、ゴルド辺境伯たちが虐待の疑いを持ったのにはちょっと笑ってしまった。この時点ではまだ虐待されてはいなかったんだけどね。
こうして私はゴルド辺境伯の弟夫婦の養女となり、カテッツォ侯爵家を無事に、しかも穏便に去る事が出来たのだった!
やっほい!!
それであの後、彼らはどうしたのかって?
原作の強制力なのか?彼らは代役をちゃんと見つけ出したのだ。
そして結局、私が居ても居なくても、あの双子たちは原作通りになってしまったらしい。
原作通りに学園でヒロインをいじめた上に襲い、原作通りに断罪された。
までは・・・良かったんだけれどねぇ。
なんと代役もやらかしてしまったのだ。
彼女は代役だったからなのか。それとも私と同じ転生者だったのかはまでは分からない。私は小説の舞台に上がることなく、とっくの昔に戦線離脱していたから。
けれど噂では、彼女はいわゆる、逆ハーレムを狙ったらしい。
彼女は攻略対象者たち全員を相手に次々と関係を持っていった。
そう、不貞行為ってヤツだ。学園に在籍している間、彼らは皆で仲良くただれた関係を続けていたのだとか。
クララを断罪したはいいが、婚約解消前の不貞行為で彼らは全員廃嫡となり平民落ちに。そして代役はどこかの修道院行きとなったそうだ。
断罪した方もされた方も、どっちもどっち、って事だったんだろうね。
結果、誰も幸せにならず、原作の世界はどこ行った!?という感じだろう。果たして原作の世界は存在していたのかどうか。
でもね。
実は原作の世界は本当にあったのよ!
敵前逃亡した私は辺境の地でのんびり穏やかに暮らしていたの。
私が思い描いた通りの、穏やかで平凡な日々を楽しんでいたわ。
ある日、ゴルド辺境伯のところへと、国外からのお客様がやって来た。
それが彼との出会い。まさかのシークレットキャラの登場だった!
でも私は彼を攻略対象者であるヒーロー候補と認識した事は一度もなかったのよ?
ある時出会って、そして告白されて。
私も相手を好きになり、そうして婚約してから初めて気が付いたの。
『あれ?シークレットキャラの《《隣国の王子》》って、この人じゃね?』、と。
いやぁ〜、油断してたわ。
だってシークレットキャラは、スピンオフ小説でも、番外編ショートストーリーのキャラなのよ。
リリエルが他のヒーロー候補たち全員と、まさかの友達エンドで迎えるスピンオフ小説のね。
友達エンドの後で、リリエルは新たな出会いを・・・みたいな。
シークレットキャラというよりも、モブキャラ扱いか?というぐらいだったという。
この世界では、私がヒーロー候補たちと友達になった事実はないのだけれど、そこは強制力も責務を果たしたかったのか。
でもさ。隣国の王子ってどこのどいつだよ!
と、ツッコミを入れたくなるような、アルという名前だけしか出てこない存在感薄っ、なシークレットキャラなんて、アリなの!?
それにさぁ〜。私が住んでいる国は、実は四方を他国に囲まれているんだよね。
全てが隣国で、四面楚歌状態?
ってな状況だったものだから、私がシークレットキャラの存在を全く意識していなかったのは仕方がないことだったと思うの。
そのことに気付いた時にはもう好きになっちゃっていたし、婚約してから気付いたんだからもう仕方ないよね?
まぁ、そういう訳で。
こうして物語の主人公リリエルは、ドアマットヒロインだった筈が、敵前逃亡したお陰でドアマットじゃないヒロインとなって幸せに暮しました、とさ。
おしまい
最後までお読み下さりありがとうございました。
ヒロインの選択は予想出来たとは思いますが、『もし、ドアマットヒロインに転生したら喜べるのか?』と考えたら、それを受け入れる決断は難しいし、何とかそうならないようにするのでは?思って書いた話です。
最初から、サクっと終わる話にしようと思ったので、足りない部分等もあったと思います。
それでも『面白かった』と少しでも思って頂けたら嬉しいなぁ、と思っています。
それでは最後までお読み下さりありがとうございました!




