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第14話:汚染の巨像と絶望的な戦力差

汚染されたアースゴーレムの咆哮が、巨大な空洞全体を揺るがし、天井からパラパラと岩屑が降り注ぐ。それはただの威嚇ではなかった。瘴気と憎悪を凝縮した音の塊が、物理的な衝撃となって俺たちの体を叩きのめす。


「ぐっ…!」


俺は咄嗟に剣を地面に突き立てて衝撃に耐える。隣では、エラーラも身を低くして咆哮をやり過ごしていた。肩のマントに潜り込んだソラが、恐怖に小刻みに震えているのが伝わってきた。


「ライアン、情報を!こいつは、あたしたちが今まで戦ってきたやつらとはレベルが違う!」

エラーラの叫びに、俺は頷く。既にスキルは発動させていた。脳内に流れ込んでくる絶望的な情報に、奥歯をギリリと噛み締める。


【汚染の巨像コラプテッド・コロッサス

種族: エレメンタル(汚染)

レベル: 25

状態: 凶暴化、汚染の核と半同化

スキル: 《瘴気のマリス・フィスト》《地殻鳴動アース・シェイカー》《自己修復(汚染)》

弱点: 全身を覆う『汚染水晶』。本体である中央の『大水晶核』から魔力供給を受けているため、末端の水晶を破壊しても即座に再生する。


レベル25。俺の倍以上、エラーラと比べても10も上の格上。しかも、厄介なことに、背後にある巨大な水晶核から直接魔力供給を受けているため、並大抵の攻撃ではすぐに再生してしまうらしい。倒すには、大水晶核そのものを破壊するしかない。だが、この巨像がそれを黙って許してくれるはずもなかった。


ゴゴゴゴゴゴ…!


俺たちが体勢を立て直したのを確認すると、巨像は巨大な岩の腕を振り上げた。その拳には、どす黒い瘴気が渦巻いている。スキル、《瘴気の拳》だ。


「来るぞ!」


エラーラの警告と同時に、巨像の拳が俺たちめがけて振り下ろされた。それは、もはや攻撃というよりは、天災に近い。家ほどもある岩塊が、凄まじい速度で落下してくる。


俺とエラーラは、左右に分かれて飛び退き、ギリギリで直撃を回避した。拳が叩きつけられた地面は、轟音と共に粉々に砕け散り、瘴気が周囲に撒き散らされる。岩の破片が嵐のように飛び散り、俺の頬を掠めて血が滲んだ。


「ライアン、足を止めるな!奴の攻撃は一撃でも食らえば終わりだ!」

エラーラは既に次の行動に移っていた。空洞の壁を蹴り、立体的に動き回りながら、巨像の注意を引くために矢を放つ。だが、鋼鉄の矢は、分厚い水晶の鎧に弾かれ、カン、カン、と虚しい音を立てるだけだった。


(くそっ、硬すぎる…!)


俺も負けじと、巨像の足元に駆け寄る。狙いは、比較的装甲が薄そうな足首の関節部分だ。

「はぁっ!」

渾身の力を込めてバスタードソードを叩きつける。ガギンッ!と、嫌な手応えが腕に響き、剣が弾き返されそうになる。それでも、なんとか数センチほど刃を食い込ませることに成功した。


だが、次の瞬間。俺がつけた傷は、紫色の光を放ちながら、みるみるうちに塞がっていく。これが、スキル《自己修復(汚染)》か。背後の大水晶核が脈動するたびに、巨像の傷が癒えていくのだ。


「グルオオオ…」


俺という鬱陶しい虫けらを認識したのか、巨像は俺に向かって、薙ぎ払うように腕を振るってきた。俺は咄嗟に後方へ飛び退くが、その風圧だけで体が数メートルも吹き飛ばされる。


受け身を取り、なんとか着地するが、休む暇はない。巨像は、その巨大な両腕を地面に叩きつけた。スキル、《地殻鳴動》。

ズズズズズンッ!

足元から、凄まじい衝撃が突き上げてくる。立っていることすらままならず、俺とエラーラは同時にバランスを崩した。


(まずい…!)


巨像は、無防備になった俺たちにとどめを刺そうと、再び《瘴気の拳》を振り上げる。万事休すか。

そう思った、その時だった。


「ピュイイイイイッ!!」


俺のマントから飛び出したソラが、決死の覚悟で巨像の顔面――光り輝く紫の瞳に向かって、最大級の《溶解液》を放った。それは、これまでのような牽制ではない。仲間の危機を救うための、渾身の一撃だった。


「グッ…!?」


粘度の高い酸液が、巨像の視界を覆う。さすがの巨像も、弱点である瞳を狙われては堪らないらしい。振り上げた拳の勢いが、僅かに、しかし確実に鈍った。

そのコンマ数秒の隙を、一流のレンジャーが見逃すはずがなかった。


「ライアン、今だ!あたしに合わせな!」


エラーラは体勢を立て直すと、背中から一本の特殊な矢――先端に可燃性の油を染み込ませた『火矢』を取り出し、弓に番えた。

彼女の意図を、俺は即座に理解した。


(ソラ、巨像の足元に、ありったけの溶解液を!)

俺の《指揮》を受け、ソラは着地すると同時に、地面に粘着質の酸液を撒き散らす。それは、巨像の足元に、燃えやすい油溜まりのようなものを作り出した。


「燃え尽きな、化け物!」


エラーラが放った火矢が、美しい軌道を描いて酸液溜まりに着弾する。

次の瞬間、ゴウッ、という爆音と共に、凄まじい炎が巻き起こった。火属性が弱点という情報通り、炎は巨像の水晶の体を舐めるように燃え広がり、その巨体を紅蓮に染め上げた。


「グオオオオオオオッ!!」


初めて、巨像が明確な苦痛の叫びを上げた。自己修復能力を持ってしても、聖属性や火属性によるダメージは、すぐには癒せないらしい。


「やったか…!?」

俺が希望を抱いた、その時だった。

空洞の中央に鎮座する、巨大な大水晶核が、これまで以上に激しく、禍々しい光を放ち始めたのだ。


ゴクン、ゴクンと、まるで巨大な心臓が血液を送り出すかのように、大量の瘴気が大水晶核から巨像へと流れ込んでいく。すると、巨像の体を覆っていた炎は、瘴気の力によって強制的に鎮火させられ、負ったダメージも急速に回復し始めた。それどころか、その体躯は以前よりも一回り大きくなり、放つ瘴気もさらに濃密になっている。


「嘘だろ…あいつ、核から直接エネルギーを吸って、パワーアップしやがった…」


エラーラの顔に、初めて絶望の色が浮かんだ。

そうだ。弱点は、あくまで『汚染水晶』。大元である『大水晶核』を破壊しない限り、この巨像は無限に再生し、無限に強くなる。まさに、不死身の番人。


絶望的な戦力差。何をしても覆らない、圧倒的な力の差。

追放されたあの日、ゲイルたちの前に無力にひれ伏した時の、あの感覚が蘇る。


だが、俺はもう、あの頃の俺じゃない。

俺は、震える足で立ち上がった。そして、絶望に染まるエラーラの前に立ち、バスタードソードを構え直す。


「…まだです、エラーラさん。まだ、終わってません」

俺の瞳には、諦めの色など微塵もなかった。

なぜなら、俺には見えていたからだ。この絶望的な状況を覆すための、たった一つの、細い細い光明が。


それは、巨像がパワーアップした瞬間に見えた、ほんの一瞬の綻び。

大水晶核から魔力が供給される、そのコンマ数秒の間だけ、巨像の体の表面を覆う『汚染水晶』の輝きが、僅かに弱まるのを。


あれが、俺たちの唯一の勝機。

俺は、隣に立つ最高の相棒と、背中を預ける最強の仲間を信じ、絶望の化身へと、再び向き直った。

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