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第13話:闇に蠢くものと汚染の源流

一歩、また一歩と、俺たちはグランツ鉱山の深淵へと足を踏み入れていく。ひんやりとした湿った空気が肌を撫で、カンテラの頼りない灯りが、ごつごつとした岩肌と、その向こうに広がる底なしの闇を照らし出していた。森とは違う、閉鎖された空間特有の圧迫感が、ずしりと肩にのしかかる。


「…どうだい、ライアン。何か感じるかい?」

エラーラの囁きに、俺は頷いた。計画通り、鉱山に入ってすぐの広場で立ち止まり、全神経を集中させて《詳細情報閲覧》のスキルを広範囲に展開させていた。精神がすり減るような感覚と引き換えに、鉱山内部の構造が、ぼんやりとした地図のように脳内に浮かび上がってくる。


無数の坑道が、まるでアリの巣のように複雑に絡み合っている。だが、その中で一点だけ。ひときわ強く、禍々しい紫色の光を放つ場所があった。それは、闇の中で燃える呪いの篝火のように、俺の意識を強く引きつけていた。


「…見えました。南西方面、おそらく使われなくなった第三旧坑道の最深部です。そこに、とてつもなく邪悪な気配の源流があります」

「第三旧坑道…。地図によれば、一番危険で、崩落も多い場所だな。だが、道は一本だ。迷うことはない」


エラーラは俺が指し示した方向と古地図を照らし合わせると、静かに頷いた。目的地は定まった。俺たちは顔を見合わせ、カンテラを掲げて再び歩き出す。


坑道を進むにつれて、異様な静けさが俺たちを包み込む。本来であれば、鉱山に生息するモンスターの鳴き声や、地中の水が滴る音などが聞こえるはずだ。だが、今は無音。まるで、墓地の中を歩いているかのようだった。


その静寂は、突如として破られた。

天井の闇から、金切り声と共に、無数の影が襲いかかってきたのだ。


「ジャイアントバットか!」

エラーラの警告と同時に、俺はバスタードソードを構える。数は十体以上。だが、その様相は普通の個体ではなかった。目は赤黒く濁り、翼には禍々しい紫の紋様が浮かび上がっている。通常の倍近い速度で、音もなく滑空してくる。


「ソラ!」

俺の短い指示だけで十分だった。ソラは俺の肩から飛び出すと、粘度の高い《溶解液》を蜘蛛の巣のように放ち、数体のバットの動きを封じる。その隙に、俺は一体のバットに斬りかかった。鋼の剣は、汚染され硬化した皮膚を難なく切り裂き、致命傷を与える。


ヒュン!と、俺の頭上を矢が通り過ぎ、背後から迫っていたもう一体を正確に射抜いた。エラーラの援護だ。

「ライアン、数を減らすぞ!一体ずつ、確実に!」


俺たちは背中合わせの陣形を組む。エラーラが的確な射撃で敵の群れを牽制し、俺が懐に飛び込んできた個体を確実に仕留める。ソラは遊撃手のように動き回り、敵の注意を逸らしたり、動きを鈍らせたりと、完璧なサポートを見せた。Cランクに上がった俺たちの連携は、汚染によって強化されたモンスターの群れを、ものともしなかった。


全てのバットを仕留め終えた時、俺たちは息つく暇もなく、さらに奥へと進んだ。

坑道は、やがて少し開けた場所に出た。そこには、鉱夫たちが使っていたであろうツルハシや、錆びたカンテラが散乱している。壁には、何かを引きずったような生々しい血痕と、岩を抉るほどの激しい爪痕が残されていた。ここで、凄惨な何かが起きたのは間違いなかった。


そして、その広場の奥の暗がりから、複数の影が、ゆらり、と姿を現した。

「…嘘だろ」


エラーラが、絶句した。

それは、ボロボロの作業着をまとった、人間だったものたち。肌は土気色に変色し、その顔には、あの紫色の紋様が呪いのように刻まれている。虚ろな瞳は、俺たちという『生者』を捉えると、飢えた獣のような光を宿した。


「ア…アアア…」

喉から絞り出すような、意味をなさないうめき声。鉱夫たちの成れの果て、『骸人グール』だ。


「…なんてことを…」

俺は、バスタードソードを握る手に力が籠るのを感じた。目の前にいるのは、かつてこの町で家族の帰りを待つ妻や子がいた、ただの鉱夫だったはずだ。その彼らが、今は自我を失い、人を襲うだけの哀れな怪物に成り果てている。


一体のグールが、よろめきながらも、俺に襲いかかってきた。その動きは鈍重で、力も弱い。だが、俺は剣を振ることができなかった。その虚ろな瞳の奥に、助けを求めるような、僅かな理性の残滓が見えた気がして。


「ライアン、しっかりしな!」

エラーラの叱咤が飛ぶ。彼女は、悲痛な表情を浮かべながらも、既に弓を番えていた。

「気持ちは分かる。けど、もう彼らは人じゃない。あたしたちがここで眠らせてあげるのが、せめてもの情けさ」


その言葉に、俺はハッとした。そうだ。感傷に浸っている場合じゃない。彼らをこの苦しみから解放してやること。それが、今、俺たちにできる唯一のことだ。

俺はぐっと唇を噛み締め、剣を構え直した。


「…安らかに、眠ってください」


呟きと共に、俺はグールの首を刎ねた。その体は、どさりと音を立てて崩れ落ち、やがて浄化の光に包まれて塵へと還っていく。

俺たちは、残りのグールたちも、一体一体、弔うように倒していった。戦闘というよりは、儀式に近い、静かで、悲しい戦いだった。


全てのグールを浄化し終えた時、広場には静寂が戻った。俺たちは、彼らが眠る場所に小さな祈りを捧げると、無言で再び奥へと歩き出す。

汚染源に近づくにつれて、瘴気の濃度はさらに増していく。空気は重く、甘ったるい腐臭が鼻をついた。

『ピュイ…』

俺の肩で、ソラが苦しそうに身を震わせた。純粋な魔力を持つソラにとって、この邪悪な瘴気は毒でしかない。


「ソラ、大丈夫か」

俺はソラをマントの中に匿うと、自分の魔力を分け与えるように、その体を優しく包み込んだ。温かい光に包まれ、ソラの震えが少しだけ収まる。


そして、ついに俺たちは、第三旧坑道の最深部――巨大な円形の空洞へとたどり着いた。

その光景に、俺は息を呑んだ。


空洞の中央。そこに、小山ほどもある巨大な紫色の水晶が、まるで巨大な心臓のように、禍々しい光を明滅させながら脈動していた。アステルの森で見たものとは比較にならない、圧倒的な存在感を放つ『呪われた水晶核』。


そして、その水晶の前で、一体の巨大な影が、まるで玉座に座る王のように、静かに佇んでいた。

それは、全身が紫色の水晶に覆われた、巨大な岩の巨人――このグランツ鉱山の主、『アースゴーレム』が、汚染されきった姿だった。


俺たちの存在に気づいたのか、汚染されたゴーレムは、ゆっくりとその顔をこちらに向けた。その瞳があったであろう場所には、ただ虚ろな、しかし底知れぬ悪意を宿した紫色の光が灯っている。


ゴゴゴゴゴゴ…


汚染された主が、ゆっくりと立ち上がる。その一体一体の動作が、鉱山全体を揺るがす。


そして、次の瞬間。

鉱山の闇を全て震わせるほどの、絶望的な咆哮が、俺たちに叩きつけられた。

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