第11話:新たなる旅立ちと汚染の影
Cランク冒険者になってから数日。俺の日常は、劇的に変化した。ギルドへ行けば、もはや俺を侮蔑する者は誰一人いない。代わりに向けられるのは、尊敬と、わずかな畏怖の念だ。駆け出しの冒険者からは質問攻めにされ、ベテラン冒険者からは実力を試すような視線を向けられる。その全てが、俺が冒険者として確かに前進している証だった。
俺とエラーラは、あの日以来、ギルドマスターのダリウスの執務室に足繁く通い、『呪われた水晶核』に関する情報を集めていた。
「やはり、お前たちの見立て通りだ」
ダリウスは、山のような資料の中から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルに広げた。
「ここから王都方面へ向かう交易路の中継点にある町、『シルヴァン』。その近郊の鉱山で、数週間前から原因不明の落盤事故や、鉱夫たちの失踪が相次いでいるらしい。そして、ごく最近になって、鉱山から正気を失ったモンスターが溢れ出しているとの報告があった」
「…汚染、ですね」
エラーラの言葉に、ダリウスは重々しく頷く。
「ああ。鉱山という閉鎖空間で、呪物が密かに使われた可能性がある。水晶核をアステルに持ち込んだ者たちの手がかりが、そこにあるかもしれん。だが、シルヴァンのギルドはまだ事態の深刻さを理解しておらず、調査は遅々として進んでいないようだ」
目的地は決まった。俺たちの新たな任務は、シルヴァンの町へ向かい、鉱山の汚染事件を調査すること。これはギルドからの正式な依頼であり、俺とエラーラの新しいパーティーにとって、最初の大きな仕事となる。
「行く前に、まずは装備を整えることだ。Cランク冒険者が、いつまでも使い古しの装備では話にならんぞ」
ダリウスの言葉に、俺は頷いた。ブラッド・ドルイドとの戦いで、俺の革鎧と短剣は限界を迎えていた。
俺たちは、報酬で得た金貨を手に、アステルで一番品揃えの良い武具屋へと向かった。店内に足を踏み入れた瞬間、鋼と油の匂いが鼻をくすぐる。以前、なけなしの銅貨を握りしめて訪れた時とは、見える景色が全く違っていた。
「いらっしゃい!…おお、あんたたちは『アステルの英雄』じゃないか!ゆっくり見ていってくれ!」
店主は俺たちに気づくと、満面の笑みで迎えてくれた。
俺は、これまでショーウィンドウの向こうから眺めるだけだった、きらびやかな装備の数々を、今、自分の手で選んでいる。胸の高鳴りが抑えられない。
エラーラのアドバイスを受けながら、俺は自分の戦闘スタイルに合った装備を選んでいった。防御力を重視した鋼鉄の胸当て(チェストプレート)と、動きやすさを考慮した革の腕当てとすね当て。そして、武器は短剣から、リーチの長い片手半剣へと新調した。
最後に、鏡の前に立つ。そこに映っていたのは、もう追放された頃の見る影もない、Cランク冒険者として遜色のない、精悍な自分の姿だった。
「…どう、ですかね?」
「ああ、様になってるじゃないか。よく似合ってるよ、ライアン」
エラーラに褒められ、俺は照れくさそうに頭を掻いた。
俺たちはその後も、二人用のテントや調理器具、長旅に備えた保存食などを買い揃えた。まるで、これから始まる新しい生活の準備をしているようで、その一つ一つの作業が、不思議と楽しかった。
そして、出発の日の朝。
俺とエラーラが西門へ向かうと、そこには見送りの人だかりができていた。ギルドの受付嬢、俺たちに憧れの眼差しを向ける新人冒-
険者たち。そして、その中には、すっかり傷の癒えたガンツの姿もあった。
「ライアン、エラーラ。世話になったな。この恩は、俺がAランクに昇格して、必ず返す。だから、お前たちも絶対に死ぬんじゃねえぞ」
「はい。ガンツさんも、お元気で」
力強い握手を交わし、再会を誓う。アステルは、俺にとって第二の故郷のような場所になっていた。
「行こうか」
エラーラに促され、俺はソラが乗る肩を一度だけ揺らし、思い出の詰まった街に背を向けた。
ここから先は、未知の領域だ。だが、不安はなかった。隣には、信頼できる仲間がいるのだから。
シルヴァンまでの道のりは、馬車でも五日はかかる。俺たちは、街道を使いながらも、途中で森に入って近道をするルートを選んだ。その方が、モンスターとの実戦をこなし、俺たちの連携をさらに高められると考えたからだ。
旅は、順調に進んだ。エラーラのレンジャーとしての知識は圧倒的で、安全な野営地の確保から、食料となる動物の狩りまで、完璧にこなしてくれた。俺も、《詳細情報閲覧》で危険を事前に察知し、幾度となく危機を回避した。
そして、旅も三日目に入った頃。俺たちは、森の中で一体の巨大なモンスターと遭遇した。
「…オーガか。それも、二体」
エラーラが、低い声で呟く。身長3メートルはあろうかという巨体に、巨大な棍棒を携えた、Cランク冒険者でも苦戦は必至の強敵だ。
「グルオオオ…」
オーガたちは、こちらを餌と認識し、涎を垂らしながらゆっくりと距離を詰めてくる。
「ライアン、やれるかい?」
「はい。やりましょう」
俺たちは、アイコンタクトだけで互いの意思を疎通する。
俺が前に出て、一体の注意を引きつける。エラーラはその隙に、もう一体を狙撃する。単純だが、今の俺たちにとっては最も効果的な戦術だ。
俺は新調したバスタードソードを抜き、一体のオーガの前に立ちはだかる。
「来いよ、デクノボウ!」
俺の挑発に、オーガは単純な頭で怒りを爆発させ、棍棒を力任せに振り下ろしてきた。
ゴウッ、と風を切り裂く凄まじい一撃。以前の俺なら、間違いなく肉塊になっていただろう。だが、俺は冷静にその軌道を見切り、半歩下がって回避する。そして、がら空きになったオーガの足に、渾身の力で剣を叩きつけた。
「グギャアア!?」
鋼鉄の剣は、オーガの硬い皮膚をいとも簡単に切り裂き、その巨体をよろめかせる。新しい装備と、レベル10の力が、これほどとは。
その瞬間、後方から矢が飛来し、もう一体のオーガの目に深々と突き刺さった。エラーラの完璧な狙撃だ。
俺たちは、その後も危なげなく連携し、二体のオーガを討伐することに成功した。
「…はぁ、はぁ…。やりましたね」
「ああ。今のあたしたちなら、オーガ二体くらい、どうってことないな」
勝利の余韻に浸りながら、俺は討伐の証としてオーガの爪を剥ぎ取ろうと、その死骸に近づいた。
そして、気づいてしまった。
オーガの太い首筋。その皮膚の下に、微かに、しかしはっきりと浮かび上がっている、あの禍々しい『紫色の紋様』を。
「…エラーラさん、これ…」
俺の指差す先を見て、エラーラの表情が凍りつく。
「…嘘だろ。こんな街道沿いの森まで、汚染が広がってるのか…?」
アステルの『沈黙の森』だけの、局所的な事件ではなかった。
俺たちが追っている悪意は、既に広範囲に、静かに、そして確実に、この世界を蝕み始めていた。
俺たちは、自分たちが想像していた以上に、深刻で、巨大な陰謀の渦中にいることを、この時、はっきりと悟ったのだった。
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