第10話:英雄への凱旋と新たなる旅路
俺たちがアステルの冒険者ギルドに帰還した時、ホールは夕食前の活気に満ち溢れていた。酒を酌み交わす者、今日の成果を自慢げに語る者。その喧騒は、しかし、俺たちの姿を認めると、水を打ったように静まり返った。
誰もが目を見開き、信じられないものを見る目で俺たちを見ていた。
ボロボロの装備で、血と泥に汚れながらも、確かに自らの足で立っている俺とエラーラ。そして、その俺たちに肩を貸され、生きて帰還したDランクパーティー『鉄の斧』のリーダー、ガンツ。その光景が、俺たちが不可能と思われた任務を成し遂げた何よりの証拠だった。
「…『鉄の斧』のガンツだ…!生きてたのか…!」
「おい、まさか…あのスライム連れのルーキーたちが、本当に…」
囁きは、やがて確信に満ちたどよめきへと変わる。その視線には、もう侮蔑の色など微塵もなかった。ただ、畏敬と、驚嘆があるだけだ。
俺たちは、その視線の中をまっすぐに進み、受付カウンターを通り過ぎて、奥にあるギルドマスターの執務室へと向かった。今回の件は、ただの受付嬢に報告して終わる話ではない。
ノックをして中に入ると、そこには歴戦の風格を漂わせた、片目に傷のある壮年の男――アステルのギルドマスター、ダリウスが座っていた。
「…ガンツか!無事だったか!」
ダリウスはガンツの姿を見ると、安堵の声を上げた。エラーラが代表して、今回の任務の顛末を報告する。沈黙の森の汚染、ブラッド・ドルイドの存在、そして、その元凶であった『呪われた水晶核』について。俺は時折補足し、ガンツは力強く頷いて全てが事実であると証言した。
ダリウスは報告が進むにつれて表情を険しくしていったが、『呪われた水晶核』という言葉が出た瞬間、その顔色をサッと変えた。
「…なんだと?間違いないのか、エラーラ」
「ええ。浄化後の欠片ですが、ここに。あたしの目で見ても、あれは古代の呪物で間違いありません」
エラーラが差し出した水晶の欠片を見て、ダリウスは深く長い溜息をついた。
「そうか…やはり、奴らの仕業か…」
「奴ら?」
「…近頃、王国内で暗躍している、古代の遺物を専門に狙う盗掘師や、闇の魔術師どもの集団がいる。今回の件も、奴らが関わっている可能性が高い。お前たちは、ただのモンスター討伐ではなく、王国を揺るがしかねない巨大な陰謀の尻尾を掴んだのかもしれん」
ギルドマスターの言葉に、俺はゴクリと喉を鳴らした。やはり、ただ事ではなかったのだ。
ダリウスは、厳しい顔から一転、俺たちを真っ直ぐに見つめると、深く、深く頭を下げた。
「Dランクへの依頼でありながら、その危険度はAランクにも匹敵しただろう。にも関わらず、任務を完遂し、仲間を救い出した。アステルのギルドマスターとして、心から感謝する。お前たちは、この街の英雄だ」
その言葉は、ずしりと重く、そして何よりも温かかった。
「よって、ギルドは貴殿らの功績を最大級に評価し、特例として、本日付けで両名をEランクからCランク冒険者へと昇格させる!報酬の金貨10枚と共に、これを受け取ってくれ!」
金貨10枚。そして、Cランクの証である、青銅のプレート。
俺は、震える手でそれを受け取った。Eランクの鉄のプレートとは、重みも輝きも全く違う。追放され、全てを失ったあの日から、まだ一週間も経っていない。その間に、俺は神竜の相棒と、信頼できる仲間を得て、そして今、Cランク冒険者になった。まるで、夢を見ているようだった。
執務室から出ると、ダリウスが俺たちの功績と昇格を、ギルドにいる全ての冒険者に聞こえるよう、朗々と宣言した。
その瞬間、ギルドホールは割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「よくやった、ルーキー!」
「すげえじゃねえか、ライアン!」
口々に俺たちの名を呼び、称賛する冒険者たち。中には、俺に酒を奢ろうと、肩を叩いてくる者までいる。その熱狂の中心で、俺はただ、呆然と立ち尽くしていた。これが、認められるということ。これが、英雄になるということか。
その夜、俺とエラーラは、街で一番うまいと評判の酒場でささやかな祝杯をあげていた。テーブルの上には、山のようなご馳走と、分け合った金貨が置かれている。
「それにしても、驚いたよ。まさか、あんたがここまでやるとはね」
エラーラはエールを飲み干し、愉快そうに笑う。
「エラーラさんこそ。あなたがいなければ、俺は最初のワイルドボアにやられてました」
「あたしだけじゃ、ブラッド・ドルイドには勝てなかったさ。ライアン、あんたの指揮と、ソラの勇気があったからこその勝利だ」
彼女に真っ直ぐに褒められ、少しだけ顔が熱くなる。
エラーラは、テーブルに置かれた自分の分の金貨を眺めると、ふと真剣な表情になった。
「ライアン。あたし、今回の件、もう少し追ってみようと思う。あたしの故郷の森が、あんなふうに穢されるのは我慢ならないからね」
そして、彼女は俺の目をじっと見つめて言った。
「だから、どうだい?これからも、あたしとパーティーを組まないか?もちろん、一時的なものじゃなく、正式なパーティーとして。あたしにはあんたの指揮と情報分析が必要だし、あんたも、あたしみたいな前衛がいれば、もっと安全に戦えるはずだ」
正式な、パーティー。
その言葉は、もう俺にトラウマを想起させなかった。むしろ、心地よい響きさえあった。
「…はい。俺も、エラーラさんと一緒に戦いたいです。それに、俺にも目標があるので」
ゲイルたちを見返す。そして、テイマーという職業の価値を、世界に証明する。そのために、俺はもっと強くならなければならない。
「交渉成立、だな」
俺たちは、エールの満たされたジョッキを、高らかに掲げた。
宿屋の自室に戻り、ベッドに寝転ぶ。新しい青銅のプレートを、天井の明かりに翳してみる。Cランク冒険者、ライアン・アークライト。それが、今の俺の、新しい名前だ。
『ピュイ?』
ソラが、俺の胸の上で不思議そうに首を傾げる。
「どうした、ソラ。これから、もっとすごい冒険が始まるぞ。お前の本当の力を取り戻すための、な」
俺は、この小さな相棒を優しく撫でた。
追放から始まった俺の物語は、絶望の淵から、今、英雄譚の入り口へとたどり着いた。
だが、本当の戦いは、まだ始まったばかりだ。俺たちの前には、巨大な悪意と、まだ見ぬ強敵たちが待ち受けている。
それでも、もう恐れはしない。
隣には、最強の相棒と、信頼できる仲間がいるのだから。
俺は静かに目を閉じ、これから始まるであろう、激しくも輝かしい冒険の日々に、思いを馳せるのだった。
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