第一章:開かれたノート
目を覚ましたとき、ミナトは自分の名前すら、思い出せなかった。
暗い部屋。窓は黒く塗りつぶされ、風も差し込まない。埃っぽい空気と、焦げたような匂い。
何より目を引いたのは、目の前の机の上にぽつりと置かれた、一冊の古びたノートだった。
表紙には、手書きの文字でこう記されていた。
> 『最後のページを開くな』
彼はしばらくそれを眺めていた。記憶の欠片を掘り起こそうとして、脳の奥がひどく痛んだ。
──ここは、どこだ。
──俺は、誰だ。
──なぜ、このノートが……?
ノートに触れると、冷たい感触が手に伝わった。そこだけが異様に温度を失っていた。
ページをめくる手は、自然に動いていた。
開いたページには──見覚えのない、けれどどこか懐かしい筆跡でこう書かれていた。
> 『これから“七つの謎”を解け。答えに辿りつけば、記憶は戻る。
だが、最後のページだけは、決して開くな。開けば、お前はすべてを失う。』
そのとき、背後からノックの音がした。
誰がいるのかもわからないこの密室に、“訪問者”などいるはずがない。
カン、カン、カン……
律儀に三回ずつ、壁越しに響く音。
「……誰だ?」と口に出した声は、かすれていた。自分の声にさえ、違和感がある。
扉を開けると、そこには──誰もいなかった。
だが、床には何かが落ちていた。白紙のカード。そこには、手書きでこうあった。
> 『第一の謎:「君は、昨日、誰を殺した?」』
心臓が跳ねた。
殺した? そんな覚えは──……ない? いや、思い出せないだけ?
ノートを開いた瞬間から、何かが始まっているのは確かだった。
これは、試されている。
記憶を賭けた、そして命をも巻き込んだ──謎解きが。
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次回、第二章『殺人者の記憶』
──「思い出さないと、次に進めない。だけど、思い出したら……俺は、戻れなくなる気がする」