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手を出すな

◇◇◇


 撮影は順調に進む。


 問題のキスシーン。『そんじゃ、ぱぱっとやってきますか♪』と軽く出番を迎えた濱屋さんの演技は、遠くで見ていても息遣いまで聞こえてきそうな見事なものだった。


 つい魅入ってしまった俺が、隣から白田の視線を感じたのは数秒経ってからの事だ。

「……何か?」

 何となくバツの悪さを感じ、引きつった笑いを浮かべながら問うと、明らかにムッとした様子で白田は素っ気なく答える。

「別に」


 その後数秒と間を置かずに、じろりと俺を横目で睨むようにぼそりと呟く。

「……わたしだってできるけど」

「誰も白田に出来ないなんて言ってないだろ」

「何ならお見せしましょうか?」

「いやいや、大丈夫。分かってるから。変な対抗心燃やすなって」

「燃やしてないもん」


 何となく、的外れな意見かもしれないけど、キスはするフリだけと分かってから濱屋さんも吹っ切れた様な感じがある。気のせいかもしれないし、的外れかもしれないけど。


 この頃になると、全く学校に通う事は出来なくなる。既に合格が決まっている白田と違い、俺は一般入試。業務に支障がでない範囲で参考書を持ち込んで勉強をする。元々が頭も成績も良くはない。何かやりたいことがあって大学に行くわけでもない。でも、探しに行くと言うのも少し違う。


 白田と濱屋さんが演出の人に呼ばれて何やら話していると、丁度加賀美さんがやってくる。

「雨野マネージャー、お疲れ様」

「あ、加賀美さん。お疲れ様です。……新堂さんの件、どうですか?」


 挨拶もそこそこに不躾な質問をぶつけると、加賀美さんは困った顔で笑う。

「話はしたよ。来るかは分からないけどね」


 須藤さんと加賀美さんの同級生であり、『残月』の愛花のモデルにもなっている新堂玲奈さん。勝手ながら加賀美さんに連絡を取って貰うようにお願いをしていた。『一応俺にとっても別れた元カノなんだけどね』と呆れ笑いをしながらも、加賀美さんは快く了承してくれた。


「須藤は絶対言い出さないし、俺から言い出せるわけもない。君が言い出してくれなかったら思いもしなかったよ。ありがとう」


 これだけの美形に面と向かってお礼を言われるとかなり照れる。

「えっと、皮肉とかでなくですかね」

「あはは、勿論だよ。君は何となく須藤と似てるよね。まぁ昔のあいつは本当自信の塊だったけど」

「へぇ。そんな感じだったんすね」


 再開した撮影を眺めながら、或いはもっと遠くの過去を思いながら加賀美さんは微笑む。懐かしそうに、申し訳無さそうに。


「そうだよ。でも言うだけあって本当にすごかった。……ま、そんなあいつから自信も玲奈も何もかも奪っちゃったのは俺なんだけどね。カメラむけていいかな?」

 コクリと頷くと、カメラを取り出して俺に向ける。

「自慢じゃないけど昔から一度見れば大体何でも出来てさ。須藤の真似以外はほとんど全部出来たんだ」


 誰にも負けない自分だけの武器を探す為、色々な物に手を出す中で、大学の時にカメラに出会った様だった。見ればすぐ真似できるほど眼がいい加賀美さん。不思議なことに、レンズ越しに見る人達からは外見以上のなにかが見えた。

 

「高校の時に知っていればなぁって何度思ったことか」


 パシャリと一枚写真を撮る。

「まだ間に合いますよ。絶対」


 無責任な一言。加賀美さんはにっと口角を上げてもう一枚撮る。

「そっか。そうだといいね。もしそうなったらお礼に雨野マネージャーの写真集でも作ってあげようかな」

「えっ、全然嬉しく無いんすけど」

「桐香さんは喜ぶでしょ。桐香さんにあげなよ」


 目を輝かせる白田の顔が容易に浮かぶ。それと同時に複雑な顔で自分の写真集を手渡す俺を想像して複雑な気持ちになる。


「で、一つアドバイス。やりたい事があるなら遠慮せずやったらいいと思うよ」

「えっ。……あー、見れば分かるんでしたっけね」

 ひきつった笑いを浮かべると、加賀美さんは得意げな笑みを見せる。

「そう。レンズ越しに見れば、ね」


 白雪姫と、魔法の鏡。


◇◇◇


「……御影さん、予め警告しますね。アドリブだろうが不慮の事故だろうが脚本外の不用意な接触があった場合、わたしは直ちに撮影を中断して、消毒をしつつ映像のチェックを行います。そして故意と判断した場合には訴訟も辞さない覚悟ですので――」

「えっ?恋と判断?」

「違います!」


 問題の場面、その二。雑誌掲載時には存在した佐久間と美乃梨のキスシーン付近。警戒に警戒を重ねた白田桐香は撮影に移る前に、苦々しい顔で佐久間役の御影篤人に手のひらを向けて警告を発する。


 勿論冗談ではない。本気だ。


「やだなぁ、桐香ちゃん。俺だって一応プロよ?イケる女とイケない女の線引き位出来るって」

「……何のプロなんですか、それ」


 四人で話していれば濱屋らんがそれとなく茶化してくれるが、二人のシーンではそうはいかない。


「まぁイケない女の方が燃えるんだけどさ」

「だからそう言うの止めてくださいってば!」


 ――二人の撮影を五月たちは遠巻きに眺める。


「あ~、やってますねぇ♪」


 楽しそうに濱屋さんはクスクス笑う。

「雨野さん一言言ってきた方がいいんじゃないですか?『俺の女に手を出すな』って♪」

「それ言って解決するビジョンが湧かないんだけど、俺の想像力のせいっすかね?」

「あはは、ですです」


 役者陣のコミュニケーション的な物もあるだろうと思い、基本的には口を挟まないようにしていたのだが、白田も明らかに気にしておりパフォーマンスにも影響が出るかもしれない。


「俺言ってこようか?」

 撮影や裏方を撮りながら加賀美さんが申し出てくれるが首を横に振る。

「あざっす。でも、こういうときにまた何も出来なかったら、俺のいる意味なんて無いんで」


 子供の時は突き放した。高校でも守れなかった。だから今度は一番近くで守れるようにと、マネージャーになった。


 もう次なんて無いんだ。


 俺が近付くのに気が付いた白田はキリの良いところで一旦撮影を止めてくれる。


 止めろと言うのか、止めて下さいと言うのか。撮影はまだ続く。彼は実力はある。角を立たせず済ませる方法は無いのか。白田への多分二十メートル位の距離、俺の頭はグルグルと回る。だが、意外と冷静だ。


 白田の傍ら、御影篤人さんの前に立つ。

「お?何、マネくん。どした?何か文句ある系?」

 演技中と違い、ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべる。社長なら、『止めろや、ガキ。埋めんぞ』とでも言うだろうか。でも俺はこの現場で一番キャリアも浅い若造だ。人の真似なんかしてもしょうがないし、出来るわけもない。


「御影さん!主演映画……数が多すぎて全部は見られませんでしたが、十三本見ました。どれも同じ人がやってるとは思えないくらい違った役でしたけど、どれも全部御影さんでした。正直、すげぇって思いました」

「つーか、何?ぼちぼち始まんだけど」

 迷惑そうに眉を寄せるが言葉を続ける。

「すげーモテるのも週刊誌とかで知ってます。で!うちの白田。そんなお誘いも冗談もうまく返せる技も経験もありません。滅茶苦茶仕事に影響出てしまいます。どうか、仕事に集中させてやって下さい。……お願いします」


 結局真っ直ぐ伝える事しか出来ず、頭を下げる。


「お、おぉ。そりゃ悪かったよ。まぁ、『俺の女に手を出すな』と言われたら流石に俺も手ぇ出せない――」


「俺の女に手を出さないで下さい」


 シンと辺りが静まり、御影さんは目を丸くして俺を見る。沈黙に耐えきれずに口を開く。

「や、約束っすよ?」


 辺りをざわめき混じりの歓声が包み、どこからともなく拍手も聞こえる。


 バシッと背中に衝撃を受けて前のめりになる。何かと思い振り返ると、真っ赤な顔をした白田が口元を手で隠して反対の手で俺の肩をまたパシパシと叩いてくる。

「いて……痛ぇっすよ。白田さん。何ですか」

 白田は何も答えず攻撃の手を緩めない。


 足早に虎雄役の長身イケメン滝川林太郎さんが歩み寄ってきたかと思うと、御影さんの頭を抑えてグイッと一緒に頭を下げる。

「雨野マネージャー、申し訳無い。約束は守らせるので、御容赦を」


「いえっ、こちらこそ……、何か恐縮です」


 その後、御影さんからそう言った絡みは無くなり、半ば現場全体に守られながら撮影は進む。


 余談。誠に不本意ではあるが、翌日の一部スポーツ新聞の芸能欄には『俺の女に手を出すな!』の文字が踊ることとなった。


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