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役者と言うお仕事

◇◇◇


「えーっ、マジで?そんじゃ桐香ちゃんID交換しようよ。あっ、次のオフ主演の四人で遊び行かね?親睦とか深めとかないと色々アレじゃん?俺良い店知ってんだよね」


 撮影の合間、主演四人で話していると佐久間役の御影(みかげ)篤人(あつと)が白田桐香にスマホを見せて連絡先交換をせがむ。佐久間を演じている時の物憂げな雰囲気が嘘みたいなチャラさは流石とすら言える。自他共に認める共演者キラーだが、今回の現場は敗色濃厚だ。


「や、連絡先の交換はマネージャーに止められてるんで」

 御影に手のひらを向けて明確に拒絶の意思を示すが、そんな行為も彼にとってはとっかかりの一つだ。心の中ではボルダリングの様に、会話の端々に付け入る隙を探しているのだ。


「マネージャーって、あの若い子だろ?大丈夫大丈夫。絶対秘密にしとくから。今時恋愛禁止とか人権侵害だっつーの。な?林太郎」


 話を振られたのは虎雄(とらお)役の滝川(たきがわ)林太郎(りんたろう)。細マッチョの長身にハーフっぽい端正なルックスの二枚目俳優の二十三歳。高校生役が四人全員高校生で埋まるようなことはまずない。女性陣二人が現役高校生と言うだけで奇跡的だ。

「いや、恋愛禁止と言うか白田さんはあのマネージャーさんの為に芸能界入ったんだから、誘うだけ不毛だろ」

 困惑した様子で林太郎が答える。打って変わってこちらは華やかな外見によらず落ち着いた真面目な語り口。


「林太郎……、お前それマジで信じてんの?素人さんじゃあるまいし。そう言う設定だろ?ねっ、桐香ちゃん」


 ヘラヘラと白田の方を向くと、白田はムッと口をつむぎ明らかに不機嫌になっている。


「佐久間~、空気読んで♪」

 楽しそうに濱屋らんが茶々を入れる。その茶々を受けて、一旦俯いた御影が顔を上げるとそこには佐久間がいた。

「あぁ、言い方が悪かったか。正直に言うぞ?俺と……、合コンしよう」

「あははっ♪才能の無駄遣いしないでよね~」

「……佐久間くんはそんな事言いませんけど」


 濱屋は手を叩いて喜ぶが、白田の不満はさらに高まる。


 とは言え、女好きだろうと何だろうと彼の実力は確かで、白田もそれは十分わかっている。


 御影篤人は頭をかきつつ大きくため息をつく。

「はぁ~。てことは連続安打記録も九でストップかぁ」

「何の記録?」

「桐香ちゃん、聞かない方がいいよ。耳が腐るから♪」

 濱屋の言葉が耳に入っているのかいないのか御影のぼやきは続く。

「林太郎はいいよなぁ~。らんちゃんとの絡みもあるし。あ、そうそう。桐香ちゃんはアドリブ行ける(ほう)?」

 少し考えて首を捻る。

「いえ、そんなに得意では無いというか、基本的には台本通りですけど」


「なるほどね。演技の先輩としてアドバイスなんだけど、『出来ないからやらない』のと『出来るけどやらない』って言うのは結果は同じに見えても雲泥の差があるんだよ。結局の所俺達がプロとはいえ、感情が乗っちゃったら脚本に無い演技が出ちゃうかもしれないじゃん?もしかするとそれはNGもらっちゃってリテイクで周りに迷惑を掛けちゃうかもしれないけど、そんな勇み足を恐れてたら良い演技は出来ないって言うか」


 落ち着いた、真面目な語り口で彼なりの演技論を述べ、白田も真面目に頷きつつ聞いている。

「つまり、御影さんの言いたいことは~?♪」


 濱屋のフリにキラリと輝くような笑顔で御影はパンと手を合わせる。

「アドリブでキスしちゃったらゴメンね♪って」

「なっ……!最っ低です!真面目に聞いて損した!」


 何だかんだ言いながらも主演四人は和気あいあいとやっているようだ。タイプは違えど、四人に共通するのはプロ意識の高さと原作へのリスペクトだろうか。


「はい、は~い♪先生、質問っ」

 元気に挙手する濱屋らんを指名する御影篤人。

「はい、濱屋くん。因みに先生は今特定の彼女はいないですよ」

「特定のってのがいい具合にゲスいですね~」


 濱屋らんの質問、その一。

「例えば、滝川さんが御影さんに同じ事言ったらどうです?『アドリブでキスしちゃったらゴメンな、篤人』って」

「は?ぶっ飛ばすっしょ、そんなの」

「濱屋さん、止めてくれ。……想像したじゃないか」

 虎雄役、滝川林太郎は整った顔を歪めて抗議する。白田は濱屋の意図を測りかね、チラリと彼女の顔を見る。

「なるほどなるほど」

 続けてピッと指を二本立てて濱屋らんの質問、その二。

「じゃあうちが同じ事言ったら?」

「むしろ秒でその場で頂くでしょ、そんなの!ごちそうさまでしょ!ありがとうでしょ!」

 明らかにモテる筈の御影篤人は食い気味に前のめりに答える。逆にこの熱心さがモテる秘訣なのかもしれない。

「んふふふ~、つまりうちのキスはご褒美だと?」

 人差し指を唇に当てて挑発的な笑みを見せる。


「林太郎!今からでも遅くはない、俺と替われ!せめてそのシーンだけでも!」

「はいはい。濱屋さんも煽らないで」

「あははっ♪ごめんです」


◇◇◇


 その日の撮影後、帰りの車内。汐崎マネージャーが運転する青の国産高級車。

「らんちゃん、今日もお疲れ様」

「んー」


 辺りは暗く、リクライニングを倒した助手席に座る濱屋らんは珍しく気のない返事を返す。

「あれ、元気ないね。何か食べて帰る?」

「んー」


 暫く続く無言を裂いて、濱屋は口を開く。

「太郎ちゃんはさー。今彼女いるんだっけー?」

「……聞かなくても知っているでしょう?いませんよ。もう何年も。おかげさまで毎日忙しくさせて貰ってますから」

「んん?イヤミ?」

「違いますよ。お礼です」


 濱屋はふぅと息を吐く。それはため息か、安堵の息か。

「なぁーんだ。せっかく聞こうと思ったのに、それじゃ全然参考にならないじゃん」

「何がですか?私に分かることなら何でも答えますけど」

「ん~。うちもさぁ、忙しくてもう何年も特定の彼氏とかいない訳じゃない?で、仕事とは言えキスするのって久しぶりだから練習しよっかな~とか思った訳」

 今のセリフのほとんどが嘘。夢と嘘を売るお仕事。言い方は悪いがお手の物だ。その申し出を聞いて何となくドキリとしてしまう汐崎太郎。

「それはどういう――」

 汐崎がチラリと横を見ると、濱屋はバッグから取り出した何かを嬉しそうに見せる。

「じゃん。で、こんなの売ってたんだ、唇の形のグミ。これの感触が本物みたいかどうか太郎ちゃんに試して貰いたかったんだけどなぁ~。でもわかんないかぁ、ファーストキスもまだならさ~」

「いやっ、誰もそんな事言ってないですよ!?ありますから、キスくらい!学生の頃に!」

「どうかなぁ~♪んふふふ。怪しい~」


「ちょっと!その目、絶対疑ってるよね!?いいですよ、判定するから一つ下さいよ!」

「そうがっつかないの~♪うちがやるから車止めて」


 言われるままに路肩に車を止める。

 

「はい、じゃあアイマスク。不正防止用にね」

「ずるなんかしませんって」

「はいはい、いいからいいから。お椅子、倒しますね~」

 汐崎マネージャーにアイマスクを付けると、その流れでシートを少し倒す。

「じゃあドキドキした頃に始めるね」


 そう言うと車内はシンと静寂が支配する。

 あまり車通りの多くない国道だが、時折車が通り過ぎてライトが車内を照らす。目立つ車だ。見る人が見れば直ぐに濱屋らんが乗っていると分かる。


 だから時間はあまりない。


 ドキン、ドキンと心臓の音が痛いほど響く。


 卑怯な事は分かっている。騙し討ちなのも百も承知だ。仕事は好きだ。誇りを持っている。でも、……ファーストキスなのだ。


 出来る事なら、仕事でなく、好きな人としたいと願うのは幼い望みだろうか。


 ごめんね、太郎ちゃん。と心の中で一度呟く。そして、トラックが一台通り過ぎて車を揺らすと同時に、二人の影の唇だけが微かに重なり、離れる。


 トラックの音に紛れて濱屋らんは身体を離す。

「でっ、……ど、どうだった?たろうちゃん」

 顔が熱い。見なくてもきっと真っ赤なのだろうが、車内は暗いから助かった。

「ん~。甘い味ですね」


「ちょっ……、味の事なんか聞いてないでしょ。そう!グミなんだから甘くて当然じゃん!感触の話をしてるの!」

「あぁ。グミはやっぱりグミですよ、ははは」

 

 事も無さげに軽く笑い、シートを戻して運転を再開する。

「あ、そう」


 倒したシートにゴロリと寝そべり、シートベルトを着ける。仄かな罪悪感と高鳴りが同居する。


「太郎ちゃん。私、頑張るね」


 聞こえなければそれでいいやと言うくらいの声で呟く。


「らんちゃんはいつも頑張ってるじゃないですか」


 濱屋らんはクスリと笑う。

「へぇ、耳はいいんだ?」




◇◇◇


「え、する振りでいいんですか?」


 ヒロインの一人である愛花と虎雄のキスシーンは劇中に二回ある。『始まり』と『別れ』。その『始まり』のシーンの撮影日に濱屋さんはそう言って鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「濱屋くん、君僕を条例違反でしょっ引かせたいんですか?未成年なんだからダメに決まってるでしょうが」


 本作の監督を務める犬飼(いぬかい)正司(しょうじ)監督があきれ顔でそう言うと、濱屋さんは珍しく力の抜けた笑顔を見せる。言われてみれば確かにそうか。極端な話、撮影だからと言って十歳と四十歳がキスしていいはずがない。


「そっか。そうですね、えへへ」


 今年で四十三歳。何故かビジネススーツ姿で現場に通う少し変わった人だ。曰く、『スーツで出勤しないと娘が色々うるさいんですよ』との事だ。因みに娘さんは今六歳らしい。


「濱屋くん、君の仕事は何ですか?」


 監督の質問の意を汲み、濱屋さんは即答する。


「役者です」


 バラエティタレントでも、マルチタレントでもない。今この場所には『女優、濱屋らん』としているのだから。


 その答えに犬飼監督は満足げに頷く。


「濱屋くん、役者の仕事とは何ですか?演じる事でしょう。君は殺人事件のシーンで本当に殺しますか?はっ。そんなのは役者じゃあない。ただの殺人者だ。実際に人を殺さなければ殺人者の気持ちはわかりませんか?それなら役者なんかすぐに辞めればいい。無いものをある様に見せる。ある物を無い様に見せる。或いはある物をもっと大きく見せる。それが役者でしょう。と、僕なんかは思いますが。勿論君に異論があるならそれはそれで尊重しますよ。僕の見解と違うと言うだけで、決してそれが間違っている訳でも無いですから。悪い言い方をすれば、嘘をつく事で褒められるとてもやくざな商売です」


 濱屋さんはいつも通りの自信に満ちた顔で、ちらりと汐崎さんを見て挑発的な笑みを浮かべる。


「ならやっぱりうちは役者です。嘘つくの、得意なので♪」


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