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雪の香り

◇◇◇


「は~い、みなさんこんばんわ♪濱屋らんですっ。真夜中みたいなガールズトーク『+SIX(プラスシックス)』。今日のゲストは最早恋敵を通り越してお友達の、ご存知白田桐香ちゃんです♪拍手~」


「こんばんは、よろしくお願いします」

 マイクに当たらないようにぺこりと頭を下げる。今日は再び濱屋さんがパーソナリティを勤めるラジオ番組の公開収録だ。前回、初めての公開収録から約一年が経ち、白田もだいぶ慣れてきた印象を受ける。


「ところで濱屋さん。あれもう止めたの?あいうえおとかそんなやつ」

「あっ、いきなりぶっこんでくるねぇ。止めたよ。長いし。悪い?」

「ううん、別に。悪くないけど」

「桐香ちゃんもさ、一回言ってみなよ。いつもお高く気取ってないで。『皆さんこんばんは♪あかあおきいろ、白田桐香ですっ』とか。んふふ、かわいいんじゃん?あざとくて」

「別に気取ってないけど」


 白田は予期していないだろうが、所々笑いが起こる。

「皆も聞きたいよね?聞きたい人~?」

 濱屋さんの問い掛けに公開収録を見にきた観衆たちからも『聞きた~い!』と声があがる。

「えっ!?……本当に!?」

 舞台袖の俺をチラリと見てくるので、俺は手でどうぞと促す。濱屋さんは口元に手を当てながらニヤニヤと白田を煽る。

「あれぇ?もしかして出来ないとか?そっか、桐香ちゃんは白田桐香の役しか出来ないんだっけ♪んふふ、ごめんですっ。無理言って」


 安い挑発に乗るのが我らが白田桐香さん。

「出来るに決まってるでしょ。もうっ!」


 わ~♪と声を上げ、パチパチと拍手をする濱屋さんの向かいで、ゴホンと一度咳払いをしたかと思うと、一瞬目を閉じる。

 二、三秒。白田は目を開けるとにっこりと笑う。

「皆さん、こんばんは~♪あかあおきいろ、しろくろおれんじ、今日も元気な白田桐香ですっ♪よろしくお願いします!」


 いつもより少し高い声且つ激レアテンションで行われた、白田桐香のアイドル風挨拶。言い終えた瞬間辺りは男女の歓声と雄叫びが合わさり、比喩でなく空気を揺らした。

 素に戻った白田は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯く。

「よくできました~♪かわいすぎでしょ~?毎回それでよくない?」


 濱屋さんも楽しそうにパチパチと手を鳴らす。スマホでSNSをチェックすると、『白田桐香』とか『+SIX』が即座にトレンド入りしており、語彙力を奪われた感想にもなっていないつぶやき達がSNSを埋め尽くした。


 こう言うのをギャップって言うんだろうな。


 そして、濱屋さんと共演している時の白田は適度に遠慮が無いというか、気を使わないというか、いつもより自然な面が垣間見れて、正直な話悪くない。


 白田が芸能界を引退してもよき友人でいて欲しいなと思うのはわがままだろうか?


「さてさて、もう~い~くつ寝~る~と~クリスマス~と言うわけで」

「まだ大分あると思うけど」

「と言うわけで!クリスマスと言えばプレゼントですよね♪ではここでリスナー百人くらいから集めたか集めてないかわかんないけど、『こんなプレゼントはイヤだ』のコーナーです」


 スタッフに声を掛けてフリップを用意する。ラジオでは見えないが、公開収録を見に来ている人達用だ。


「桐香ちゃん去年のクリスマスは何貰ったの?」

「えっ、普通に秘密だけど……」

「貰っているのは確定っと♪秘密主義は頂けませんよね~。それじゃあ『こんなプレゼントはイヤだ』。はい、ドン」


 フリップには高級SUV車の写真と、スポンサー社名が書かれている。

「車っ♪」

「ちょっと!」


 明るい声で軽く答える濱屋さんに白田が声を上げる。

「何で……、誰から聞いたの!?」

「あははっ♪情報提供は御社の社長さんですっ」

「社長!?何なの、あの人!」


 慌てる白田に口パクで落ち着けと伝えようと試みるが、それは叶わない。その態度では認めたも同然である。

「えっとですね。桐香ちゃんの名誉の為に補足すると、プレゼントは先方に断られた為未遂に終わった様です♪」

 白田も抵抗を諦めてコクコクと頷く。

「……うん、もう反省してるから。本当」


「で!なんとなんとなんと、桐香ちゃんも見初めたこの高級SUV、スポンサー様から特別に!ラジオをご視聴の皆様に!一台提供を受けてま~す♪応募方法はラジオを最後まで聞いてくれた人だけに分かるから、皆奮って応募してね♪」


 思わず『マジか』と一人呟いてしまう。

「汐崎さん、車一台プレゼントとかよくあるんですか?」

「最近はあまり聞きませんけど、ダーツで当たればプレゼントって言う番組は昔ありましたね。……と言うか、これだけ話題になれば一台くらい安いものかと。あっ、何だかいつも巻き込む形になってすいません」


 そんな事言ってもうちの社長も一枚噛んでる様なので、別に汐崎さんが悪いわけでもない。


 そして、そんな話題から流れるように映画の宣伝も欠かさない如才なさ。本当上手いよなぁと感心していたが、のちにこの車のメーカーは残月の映画のスポンサーにもなってまた唸らされた。


 賛否あるだろうけれど、バラエティのトークだとしても嘘は言わないのが俺と白田の決めごとだ。言えないことは言えないで構わない。煙に巻くのも構わない。でも嘘は言わない。できる限り本物の白田桐香を見せるというのが、俺達なりのファンの人達への誠意。


 夢と嘘を売る芸能界としては邪道も邪道かもしれないけれど。


 そして、秋が過ぎて冬が来る。


 クリスマスの少し前、朝起きると何となく雪の匂いがして窓を開ける。まだ雪は降っていなかったが、鼻の先がぴんと冷える程の寒さ。天気予報はまだ見ていないけれど、きっと午後から降るんじゃないかと思う。


 年が明けたら映画の撮影が始まる。それによりそれ以外の仕事はほとんど入れなくなる。それと平行して俺は大学入試もある。ここが正念場だ。


 一度深呼吸をして冷たい空気を肺に、全身に流し込む。目が覚める気がする。


「よし」

  

 誰もいないけど一人呟く。


 俺と白田の、残り三ヶ月の芸能活動――。

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