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仕事

◇◇◇

「ねぇ、パパ。そろそろ車新しいのに買い替えない?ほら、これなんてカッコいいと思うんだけど。色もオレンジで。エス……ユー……、サブって読むのかな?よくわからないけど燃費とかもいいみたいだし、絶対いいと思うの。勿論お金はわたしが出すから。ね?いいでしょ?」


 取り寄せた高級SUV車のカタログを父の前で開きながら、ニコニコと楽しそうにプレゼンをする白田桐香。桐香の父、白田幹継(みきつぐ)は困惑……と言うよりもそれを通り越して苦渋の表情で愛娘を見つめる。


 自分で言うのもなんだが、娘には甘い自覚がある。ずっとかわいがってきた娘が突然芸能界に入りたいと言い出したときも賛成したし、当然の事ながら成功すると確信していた。良くも悪くも娘のお願いのほとんど全てを叶えてきた父幹継は苦々しい顔で首を横に振る。

「すまん、桐香。それは出来ない」

「えっ!?何で!?」

 予想外の返答に驚きの声を上げる白田桐香。その声は更に父の胸を引き裂く。

「……買ってやりたいのは山々だ。お金だって別にいい。だが、……五月くんからきつく止められていてね。桐香が車の事を言い出しても絶対に耳を貸さないで欲しい、と」

「五月くんが!?」

 幹継はコクリと頷き妻の澄香を見る。

「そして、話が上がったらすぐに教えてくれ、ともね。澄香。五月くんに連絡を」

「は~い」

「えぇっ!?」


 そして間を置かず桐香のスマホが鳴る。

「……絶対怒ってる」

 恐る恐る、泣きそうな顔でスマホを取る。

「もしもし……?」

 恐らく今まで無数に交わした五月との電話の中で、一番心の重い電話だろう。

「あー、もしもし?もしかしてとは思ったんだけど、意外とズルいこと考えますなぁ、桐香さん」

「えっ!?あっ、違うよ!?ズルじゃない!そう言うつもりじゃないの!本当に、うちの車が古くなってきたから!親孝行のつもりで!そう!」

「へぇ。色はオレンジ?」

 見ていないが分かる。オレンジは五月が好きな色。

「……それは」

 まだ言い訳をしようと考えてしまうが、それは五月を騙そうとすることだと気が付いて大きく頭を下げる。

「ごめんなさい!」

 素直に謝ってくれれば五月としても特に言うことは無い。白田自身が買いたくて車を買うのならそこまで止めはしないが、動機が自身となればまぁ止める。無駄遣い……とまでは行かないまでも、もっと有意義に使って欲しいと勝手ながら彼は思う。


 白田幹継も澄香も桐香の芸能界入りのいきさつは報道に先駆けて彼女の口から聞いて知っている。そして、その相手が努力の結果とは言え降って湧いた大金を使うことを諫める事ができる人物である事を嬉しく思い、二人の関係を温かく見守っている。


◇◇◇


 八月某日、上半期ベストセラー書籍『残月』の映画化キャストが発表された。

 主人公、佐久間役――、御影篤人。友人、虎雄役――、滝川林太郎。ヒロイン、愛花役――、濱屋らん。そしてもう一人のヒロイン、美乃梨役は白田桐香だ。


 年明けにはクランクインして、ひと月ちょっとの撮影を予定しているそうだ。先方には白田の活動期間は当然伝えてあり、どう転んでも三月を越えることは無い。撮影自体は期間内に終わるけど、公開はもちろんそれ以降になるから、公開イベントとかの類には参加できない。


 監督とメインキャスト四人が並んで制作発表の記者会見を行い、原作者である須藤さんからのコメントも寄せられた。

『素晴らしい制作陣とキャストで私の脳内世界が再現され、且つそれが日本中の人々に注目され公開されるなどという素敵な拷問に今から心が躍ります』


 以上須藤さんからのコメントだ。


「本を読んだ時から美乃梨役は桐香ちゃんしかいないと思っていたから最高に嬉しいです。……こっちでも負けないからね」


 コメントを終えて挑発的な笑みを白田に向ける濱屋さん。続いてマイクを渡された白田はニコリと微笑み口を開く。


「えっと、まず……本を読んで大好きだった美乃梨ちゃんの役になれて嬉しいです。あと、……正直に言って本になって変わったシーンにほっとしています」

 言い終えて少し恥ずかしそうにマイクを隣に手渡す。恥ずかしいなら言わなければいいのに。


 白田のコメントは、受賞作の載った文芸誌を読んでいない書籍勢には伝わらなかったが、両方読んでいるようなガチ勢には当然伝わり、『朗報、白田桐香濡れ場削除を喜ぶ』とネット上を即座に駆け巡った。後から聞いた話だと、会見直後に残月の載った号の文芸誌は即在庫完売となり、異例の重版が決定したそうだ。そして一部で作者の須藤さんに対して激しいクレームが入ったとか入っていないとか。


 佐久間役には演技力に定評のある若手俳優。虎雄役は納得のイケメン俳優。監督に至っては映画にあまり詳しくない俺でさえも知っているくらいのビッグネームだ。


「遂に決まったね。んふふ、待ってたよ桐香ちゃん」

 

 会見が終わり、白田を待ち受けるように腕を組みながら不適な笑みを浮かべて濱屋らんは言う。トレードマークとも言えた青メッシュの銀髪でなく、少し明るい茶髪。


「うん、わたしも。本読んだ時から相手は濱屋さんかなって思ってた。だから嬉しい」


 皮肉でなく本当に楽しみだとばかりに白田は微笑む。


「ま、でも勝負にもならないと思うけど。ベッドシーンNGのお子ちゃまなんちゃって女優様が相手じゃあね」

「……なっ」

 バチバチと火花散る応酬。俺も汐崎さんも固唾を飲んで二人の戦いを見守る。

 手痛い反撃を食らった白田は一度ムッと口を結んでから反撃に移る。

「はっ……濱屋さんこそいいの!?キスシーンとか胸……とかのシーンあるけど。汐崎さんの事――」

 その単語を聞いて濱屋さんは珍しく慌てて言葉を打ち消すように声を上げる。

「おぉっと!桐香ちゃん!大きな声出すと周りの迷惑だからあっちでやろっか!おいでっ」

 白田の手を引くと、逃げるようにその場を去る。汐崎さんはきょとんとしているが、あの反応を見るに白田の推測通りと言うことか。


「あー……、俺たちはコーヒーでも飲んで待ちましょうか。奢りますよ」

「いっ、いえ!ここは私に奢らせて下さい!」


◇◇◇

 濱屋らんに手を引かれ、二人は人気のない階段へと至る。きょろきょろと周囲を見渡してから濱屋は白田をキッと睨む。

「……で?何であそこで太郎ちゃんの名前が出てくるのかなぁ、桐香ちゃん」

「何でって……。好きなんでしょ?」

「ちがっ……」

 言いかけてグッと歯噛みする。そして、少し頬を染めながらも真っ直ぐに白田の顔を見て呟く。

「……違くない。そうよ。だからもうあの人の前では絶対に言わないで」

 濱屋の話術なら誤魔化すことも可能だったかもしれない。それでも彼女はずっと一人で抱えてきた気持ちを吐き出した。

 

「……今知られたら絶対担当変えてくれって言い出すから。あの人真面目だから。それにうちの社長、あなたのところと違って恋愛関係厳しいんだよね。噂くらい聞いたこと無い?仕事干すとか、薬が見つかるとか。でもそれってタレント同士の話だからその程度なのよ。マネージャーがタレント食ったなんてバレたら太郎ちゃんどうなるか分かる……?」

 

 想像して白田はゴクリとつばを飲むが、恐らく現実は白田の想像の先だ。


 そしてそれは例えば彼が事務所を辞めたとしても変わらないだろう。道理とは日の当たる場所を歩く者にしか通らないのだから。


 自らの気持ちを宥める様に小さく息を吐くと、濱屋はいつも通りの笑顔で口を開く。

「とにかく、今はまだバレる訳にはいかないの。それだけでいいから協力してもらえないかな?うちはもっともっと有名になって、お金を稼いで、力をつけなきゃならないんだから」


 いつか社長と戦う為に、力と価値を身に着ける為に。そして、――あなたが見つけてくれたガラクタは、こんなに光ってキレイになったよといつか伝える為に。


「うん。勿論協力するよ。負けるつもりはないけど」

「んふふ、言うねぇ」


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