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交錯

◇◇◇

「須藤先生!『残月』すごい売り上げですよ!いや……、すごいなんて言葉じゃ足りないな。『途轍もない』!途轍もない売り上げです!」


 大卒三年目の女性編集者は興奮冷めやらぬと言った様子で目の前に座る須藤に語る。片や須藤はだいぶ温度差がある様子で、引きつった苦笑いを浮かべつつアイスコーヒーの入ったグラスを口に運ぶ。

「まぁありがたいことっすわ。バイトも辞めたし金も無いんで、ははは」

「もう立派な専業作家ですからね!あ!税金対策はしてくださいね、全部使っちゃダメですから。来年とんでもない額払う事になりますからね、今のまま行けば」

 少し前までは掛け持ちでバイトをこなして何とか生活をしながら執筆をしていたのに、たった一、二ヶ月で来年の税金を心配する状況になってしまい多少の困惑はするものの、シンデレラストーリーの先輩である白田桐香からそのあたりの助言は既に受けているので困惑も混乱も多少で済んでいる。それでもやはり多少はする。


「感想もいっぱい来てますよ~。あっ、先生エゴサとかされます?」

「えぇ、まぁ。しないようにとは思ってんすけど」

「あー、じゃあしないで下さい!百害あって一利無しですから。褒めて欲しかったり、客観的な意見が欲しかったりしたらまず私に言ってください!私が先生の一番のファンですから」

 そう言って女性編集の佐伯は目を輝かせる。

「それにしても驚きましたよ。先生とあの加賀美恭也さんが高校の同級生だったなんて。カバーの写真の件、あちらから持ち掛けてこられたんですよ。金額は元々の予算分で構わないから、友人の門出にぜひ花を添えさせてくれって」


 須藤は大きくため息を吐いて露骨に嫌な顔をする。

「ま、お陰様でコネだのステマだのも散々言われてますがね」

「そんなの気にする必要ありません!そんなのでヒット作が生まれるなら出版社は苦労しませんから!全部先生の作品の力です!」


 バン、と机を叩き、店内にも関わらず声を上げる佐伯を窘める。

「あ、あぁ。ありがとうございます。取りあえず声控えましょ、声」

 そもそも『デザインは門外漢なので任せます』と言ったのは須藤であり、佐伯は佐伯で加賀美から『俺の名前は本が出るまで秘密で』と言われており、ちょっとしたサプライズ程度にしか思っていなかった。須藤としても佐伯が悪いとは思っていない。悪いのはあくまでも加賀美恭也だ。


「……それでですね、共に青春時代を過ごしたお二人に対談などお願いできたらなって――」

「そりゃ無理っすね」

 言葉の途中で食い気味に否定したところからも明確な拒絶の意思が伝わってくる。

「嫌いなんすよ、俺。あいつの事。んで、あいつも一緒」

「えっ……、まさか!?」

 両手で口を隠してハッとした表情の佐伯に白い眼を向けつつ、手を横に振り否定する。

「だからフィクションですって」


 二人は世間話をしに喫茶店に訪れている訳では無い。打ち合わせだ。五月と須藤の元バイト先の近く、白田と須藤の行きつけだった店。白田が訪れる機会はめっきり減って、代わりに一番奥の席は須藤の専用席になっていた。実は、バックルームには須藤と白田のサインと写真が飾ってある。


 打ち合わせの内容は、現在の売り上げ状況や評判と今後のプロモーション。後は次回作の構想や大まかなスケジュールと言ったところだ。


 五月のクラスメイトの八城(やしろ)が言ったように、書籍の発売と同時に映画化が発表され、今のところ監督だけは決定している状況である。


「先生的にキャストのイメージとかあります?完全にご期待に添えるわけじゃありませんけど、予め伝えておけばチャンスはあると思うので」

「ん~」

 腕を組んで考えてみる。白田桐香は美乃梨役を絶対にやりたいと言ってくれて、その為に書籍化作業で後半の濡れ場のシーンを無くした。元々物語上絶対に必要なシーンと言う訳でもなく、他の描写で十分代替可能な範囲だ。寧ろ変えた事で良くなったのではないか?と自賛すらする。


 だが、ここで白田の名前を出すのもフェアでない気がした。

「特にないっすね。フィクションなんで。出来上がったものを楽しませていただきますよ」


◇◇◇


「太郎ちゃん、これ」


 濱屋らんがマネージャーの汐崎太郎に見せたのは一冊の書籍。


「あぁ、今売れてますよね。らんちゃんも読んだんだ?」


 のん気に世間話を始める汐崎に白い目を向ける。

「あのね。世間話じゃなくて、うちは仕事の話をしてんの。うちこれやりたい」


映画化が決まっている事はとっくに汐崎も知っているし、主役とヒロインの一人は彼らの所属するヴァルプロから出る事は水面下で内定済みであり、所属の若手女優の中から選定中だ。濱屋らんの区分けはあくまでもタレント。癖の強いキャラクターと特徴的な外見から女優業には手を出していない。本人役でゲスト出演したことくらいはあるが、その程度だ。


 汐崎は少し驚いた顔をしたが、次の瞬間コクリと頷く。

「了解。掛け合ってくるよ」

 予想外の二つ返事に逆に濱屋がきょとんとした顔をしてしまう。

「んあ?『むむむ無茶ですよぉっ!』とかそんな感じは無いの?鼻水垂らしながらさ」

「……僕のことどう思ってるんですか。全く無茶だなんて思いませんけど。昔言いませんでしたっけ?らんちゃんは女優に向いてるって」

 当然濱屋も覚えている。初めて事務所に来た日、汐崎の上司とのやり取りを終えた後で汐崎はそう言った。正確には『女優もアリだと思いますよ』だ。


 濱屋は嬉しそうに口元を緩ませる。

「んふふふ~♪そんな事言ったっけぇ?ま、後出しなら何とでも言えるからなぁ~。まったくもうっ、太郎ちゃんは!」


 椅子に座ったまま足をバタバタと動かす。ちょうど喜んだ犬が尻尾を振るように。


「さて、それじゃあ話が進んじゃう前に通して来ますね。……はぁ、またどやされるんだろうなぁ」

 肩を落とし、愚痴を漏らすが無理とは言わない。

「役は?」

「ん?愛花役ですよね?」

 濱屋はぐっと親指を汐崎に向ける。

「オッケー。頼んだっ♪多分美乃梨役にはあの子が来るから」

「白田さん?あー、役的には合いますね。じゃあその辺りも踏まえて話してきますね」

「よろ~」


 部屋を出る汐崎を濱屋はひらひらと手を振り見送る。


 暫くしてメインキャストのうち二名が先行して発表され、一見ミスマッチな配役は大きく話題を呼ぶことになった。


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