強い光に伸びる影
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『高校の同級生の須藤拓馬君が小説で賞を取りました。掛け値無しに素晴らしい作品だ。この作品が映像になったらどうなるのか、今から楽しみだな』
日が変わる頃、加賀美恭也のSNSには文芸誌の写真と共にそんな一文が添えられていた。ステマっぽくならないように宣伝すると言っていたが、なるほど確かにステマじゃない。ダイレクトマーケティング、ただの直接的な宣伝だ。
と言うか、須藤さんと加賀美恭也が高校の同級生と言う偶然にまず驚く。確かに同じ年齢ではある。そう言えば、以前言っていたような気がする。白田の載る写真週刊誌を見ながら難しい顔をして、『かつての同級生との差』とかそんな事を。
あの写真週刊誌で白田の写真を撮ったのは、確か加賀美恭也。勝手な想像ながら色々繋がってきた気がする。白田が雑誌デビューした時のグラビアを撮ったのも彼。だから、須藤さんは白田の事を早いうちから知っていたのだろう。撮ったのが加賀美さんと知りながら、『それ俺の同級生なんだよ』とか言わなかった事から、友好的な関係ではないのだろうと推測できる。
須藤さんの著作『残月』が彼の私小説だとするのなら、二人のヒロインと関係を持ち、主人公の佐久間と仲違いした『虎雄』とは……加賀美さんなのでは無いだろうか?
そして、加賀美さんによる作品の激賞は想像以上の速度で各界に波及した。
白田桐香公式SNSで匂わせた時もかなり反響が有ったそうだが、それの比では無い。白田の時もそうだけど、普段宣伝の類を全く行わず、審美眼に定評のある加賀美さんの評価と高校の同級生と言う話題性に各文化人やタレント達は遅れまいと乗っかり始め、三日が経つ頃にはワイドショーでも取り上げられ始めた。
俺が言うのも何だけど、須藤さんの作品の出来あってのものだろうな。なんだか偉そうか。
一週間も経つと、『残月』の映画化は既定路線となり、読者たちは誰がどの役をするかを嬉々として予想した。ざっとSNSを巡回した感じだとヒロインの一人である美乃梨役は白田桐香が頭一つ抜けていると感じる。
鉄は熱いうちに打ての言葉通り、話題になっている間の書籍化に向けて須藤さんも急ピッチで作業に追われているらしい。白田情報。
「エッチなシーンは削って下さいねってお願いしちゃった」
動物バラエティ番組野外ロケの待ち時間、スマホを片手に照れくさそうに白田が言ったので、俺はあきれ顔で苦言を呈する。
「……お前なぁ。作者様に勝手なこと言うんじゃないよ。きっと無駄な一文なんて一つも無いんだよ、皆精神削ってギリギリのところまで推敲した一文で勝負してるんだから、素人さんが無責任に口を挟むんじゃない」
「だって、そうしないとわたし美乃梨ちゃんの役出来ないじゃん」
正直な話、俺だって白田のベッドシーンなんて見たくはない。いや、全く見たくないかと言えばそんな事はないんだけど、とにかくプロ意識に欠けると言われるかもしれないけれど無しの方向でお願いしたい。
白田はわたしは悪くないとばかりに口を尖らせて不平を漏らす。不平を漏らしたかと思うと、今度は急に何かを思いついた様子でパンと手を叩く。
「そうだ!五月くんが虎雄くんの役をやればいいんじゃない!?」
さも名案といった風な声のトーン。美乃梨も虎雄も須藤さんの著作『残月』の主要登場人物だ。
「演技の『え』の字も知らない俺がその役をやったとすると、世間様からフルボッコにされるのは火を見るより明らかだよなぁ。コネでごり押しどころの騒ぎじゃないだろ。そもそも虎雄は長身のイケメンだぞ俺のどこにその要素がある」
「もうっ。じゃあやっぱり削ってもらわないとダメじゃん。あっ、オッケーだって」
「なんだそりゃ」
白田が見せてきたメッセージ画面には『桐香ちゃんに演じてもらえるなら全然削るわ。オッケーオッケー』と軽い返事。
「つーか結構連絡してる感じ?元同僚の俺を差し置いて」
「うん、嫉妬する?やめた方がいい?」
「そんな訳ねぇだろ。寧ろ著名人の心構えでも伝えてあげてくれ。炎上知らずのSNS術とか。つーか大丈夫なのかな?バイトとかできんのかな?あの人抜けるとマジで店回らないと思うんだけど」
「聞いてみよっか?」
言いながらポチポチとスマホを操作してメッセージを送る。
『お仕事平気ですか?五月くんが心配してますよ』
「おい、一言多いぞ」
俺の苦言も意に介さず、白田さんは心配そうに見つめるミーアキャットのスタンプを添える。
『こりゃお気遣いどうも。まぁー、マスコミが来るわで仕事にならねぇな。オーナーからも暫く休めって言われちまった。賞金無かったら詰んでたぞ』
「休んで平気なの?」
「平気じゃないにしても無理なものは無理だろうからなぁ。加賀美さんの宣伝力ヤバすぎだろ」
単純に俺と白田に頼まれたからなのか?旧友の成功を後押しする気持ちなのか?はたまた別の意図があるのか。どちらにせよ、須藤さんの本は発売前に大ヒットが確約されたという訳だ。それは多分、良いことなのだろう。
「ところで白田、須藤さんに加賀美さんの事……聞いてみた?」
「や、聞けてない。聞いて平気だと思う……?」
困った顔の白田。俺も困った顔で首を傾げる。
「どうだろうな。自分から言わないって事はそういう事なんだと思うけど」
「だよね、わたしもそう思う」
「逆に加賀美さんに聞いてみるのはどうだ?結構仲良さげだし、白田」
「ん?嫉妬?」
「……あー、そうだよ。嫉妬嫉妬」
半分やけっぱちで答えると、白田は嬉しそうにクスクスと笑い俺の背中をポンポンと叩く。
「ふふっ、珍しく素直だね。心配しなくてもわたしが好きな人くらい知ってるでしょ?」
妙に余裕ぶったその態度に白い目を向けつつ反撃を試みる。
「あれ?誰なんでしたっけ?俺の知ってる人ですか、白田さん」
余裕の笑みはむっとした顔に変わる。
「雨野五月って言う人なんですけど、知りません?雨野マネージャー。あっ、同じ苗字ですね、偶然」
「あぁ、すごい偶然ですね。某サイトだと雨野姓は全国に約二百七十人らしいので結構少ないんですよ」
「もうっ、意地悪」
そんなやり取りをしているうちに動物さん達の準備が整い、収録は始まった。