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◇◇◇


「雨野さんも桐香ちゃんと同じ学校に転校したんですってね~♪いいなぁ、うちも転校しようかなぁ~」


 テレビ局で情報番組の収録中、たまたま別の収録を終えた濱屋らんと鉢合わせる。正式な名前はわからないが休憩室とか談話室とか、多分そんな感じの場所。

「え、それって結構出回ってる情報なんですか?」

「えぇ、普通に検索すれば出てきますよ。んふふ、学校の誰かの裏アカですかねぇ」


 楽しそうに濱屋さんが見せてきたSNSには俺と白田が昇降路付近で話しているのを遠巻きに撮影した画像が映っている。

「あー……。芸能科あるって言ってもやっぱりこう言うのあるんすね。濱屋さんは学校とかどうなんです?」


 芸能活動をしている高校生、そりゃクラスにはたくさんいるのだけど聞くほど仲が良いわけでもなく、たまたま会った濱屋さんの方が何となく聞きやすい。

「うちは普通の通信ですよ。本当は高校行くつもりもなかったんですけど~、太郎ちゃんが行けってうるさいから♪」

「うるさいって何ですか。芸能活動だけが人生じゃありませんから、らんちゃんのその後の人生を考えたら絶対に高校は行っておいて損は無いはずですよ」

「そんな太郎ちゃんの顔を立てての折衷案が通信制って訳なんですね~。まぁなんだかんだ普通の高校じゃ無理ありますからねぇ。周りはうるさいし、先生もうるさいし。うちも中学の時そうでしたけど、桐香ちゃんも転校前は大変だったみたいですね」


「つーか何でも知ってんすね」

「んふふふ、うちが知ってるのはネットに載ってることだけですよ。経験上完全なデマって訳でなく七割くらいは本当ですよねぇ。騒ぎになって、ご友人が怪我して、責任を感じて辞めたって書いてありましたけど」


「うぇぇ、そんな事まで。俺も一応エゴサとかしてんすけど全然載ってないんですが」

「それは検索力が低いんですよ♪ところで、うち桐香ちゃんのファンなので公式SNSも逐一チェックしてるんですけど、こないだの文芸誌はなんの暗喩なんですか?」


 バナナ豆乳を片手に濱屋らんは首を傾げる。言うか言うまいか少し考える。


「あー、別に匂わせとかでなく普通に読んでるみたいっすよ」

「そうですかぁ。何か含みがあるのかと思ってつい買っちゃいましたけど♪」

「へぇ。読みました?」


 俺の問いかけに濱屋さんはジロリと白い目を向ける。

「敬語じゃなくって良いって前も言いませんでしたっけ?」

「いやいや、いち新米マネージャーがよその事務所の売れっ子様にタメ口きいてたら『何だこいつ』じゃ済まないですよ。白田の顔に泥塗る訳にはいかないんで」


「んふふふ、じゃあ今度一緒に泥パックでもやりに行こうかなぁ♪」


 今日の仕事はもう終わっているようで、濱屋さんと汐崎マネージャーは特に立ち去るでも無く俺と世間話を続ける。


 クリスマスの時の白田の推測だと、濱屋さんはマネージャーの汐崎さんに好意を抱いているらしい。それが何でラジオで俺への好意を思わせる発言に繋がるのか、わざわざ学校にまで来るのかはわからないけれど。


 濱屋さんと汐崎さんが話しているのを眺めていると、濱屋さんが照れ笑いを浮かべる。

「雨野さ~ん、そんなにジッと見つめられたら照れちゃうんですけど♪桐香ちゃんと比べちゃいました?さすがのうちもあの子と比べられちゃうとちょっと分が悪いですよ~。おっと、すいません雨野さん。ちょっと営業してきます。丸山さ~ん、お久しぶりです~♪」


 室内に入ってきた局の関係者と思しき人物の元に駆け寄って行く。


 濱屋らんが離れたのを見計らって、汐崎さんは申し訳なさそうにペコリと頭を下げる。


「何ペコっすか?何か謝られる事あります?」

「えぇ、幾つもあると思いますが……。ラジオの件や、学校の件、後はクリスマスのブッキングもでしょうか。雨野さんと白田さんのお二人には本当にご迷惑をお掛けしてしまって申し訳無く思っております」


「実際実害があった訳じゃないんで別にいいっすよ。こっちも話題にさせて貰ってますし。あ、でもああ言う出待ち的なのはマジで止めて下さいね。注目されるの苦手なんで」


 俺の言葉に恐縮した様子で汐崎さんは何度か頭を下げると、少し離れた場所で関係者と楽しげに談笑する濱屋さんの方をちらりと見る。


「……本当は私がもっと強く止めるべきなのかもしれませんが。こちらの話で申し訳ないのですが、こんなに楽しそうならんちゃんを見るのが初めてだったので……」


 汐崎はまだ濱屋さんが戻って来ないことを確認すると、険しい顔で何かを考え、やがて意を決したとばかりに口を開く。


「恥を忍んでお伺いしたいのですが……!」


 恐らく俺より一回り程年齢は上だろうと思われる汐崎さんは、そんなことは関係ないとばかりに真剣な表情でじっと俺を見据え、その気迫みたいなものに若干気おされながらもこくりと頷く。

「え、えぇ。俺に分かることであれば」


 苦渋という名の汁があるとして、それにたっぷりと浸したタオルを捩じって捩じって最後の一滴までぎゅっと絞るように、汐崎さんは言葉を絞り出す。

「……雨野さんがらんちゃんの気持ちに応えてくださる可能性は、どのくらい……ありますでしょうか!?」


 あまりにも直球な質問。俺にそんなスキルがあるかどうかは置いておいて、かわすのもいなすのも誤魔化すのも汐崎さんの本気に対して不誠実に感じられた。


「すいません。無いです」


 きっと俺も苦い顔をしていたことと思う。苦い虫を嚙み潰して、苦くて渋い汁を飲み干したような顔。


「……ありがとうございます。恥ずかしながら、私自身こういった経験があまりありませんでして……、優しく断られた方がいいのか厳しく突き放された方がいいのか、どちらがいいのか全くわかりません。ですが、どうか……。雨野さんもお忙しいのは重々承知の上で厚かましいお願いをさせていただきたく思うのですが、どうか、らんちゃんの気持ちに真剣にご対応下さい。何卒どうか、どうかよろしくお願いします」


 そう言って汐崎さんは深く長く頭を下げる。


 俺はコクリと頷いたけど、頭を下げている汐崎さんには伝わらない事に気が付いたのは何秒か経っての事だった。


「何してんの~?」

 

 その間に間にか局関係者とのやり取りを終えて濱屋さんが戻ってきていた。後から考えてみたら、自分のマネージャーが若造に深々と頭を下げているのを見たら戻ってくるのも当たり前か。


「えっ!あっ!ららららんちゃん!何も!何もしてないよ!」

 声に反応してバッと頭を上げた汐崎さんが驚き上ずった声を上げる。

「へぇ♪まぁ、太郎ちゃんの様子を見れば大体何の話をしていたのかはわかるけど」


 濱屋さんは汐崎さんの顔を覗き込もうとするが、汐崎さんは見抜かれぬように慌てて顔を逸らす。そして標的を変えたとばかりに今度は俺を見て含みありげな、得意げな笑みを見せる。


「うちは叶わぬ恋をすぐ諦める様なかわいい性格してませんからね♪」


「……俺それなんて答えりゃいいんですか」


 白田の推測を聞いた後だと、その言葉は俺に向けられた言葉で無いように聞こえる不思議。


「んふふ、『かわいいのは顔だけかよ~』とかどうでしょう?」


「言えるわけないでしょ、そんなん」


「も~、照れ屋さんですねぇ♪」


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