おすそ分けだよ
◇◇◇
「ねぇねぇ、五月くん。五月くんが働いている時間に沢山売り上げが上がったら褒められたり時給が上がったりする?」
週に二回のコンビニバイト中。籠一杯に菓子や飲み物を入れた白田桐香が頓狂な質問を投げかけてくるので思わず眉を顰める。
「そう言ったシステムは当店では適用していない様に存じ上げます。もしよろしければ店長をおよびいたしますので、そちらに直接伺っていただいてもよろしいでしょうか?」
「あっ、無いんだ?そっかぁ……まぁいっか。ふふふふっ」
何だかいつもより上機嫌な気がする。いつもと言っても二、三回しか知らないけれど。
ゴソゴソと鞄から動物柄のエコバッグを取り出し、レジの横で袋に詰める。
『お待ちのお客様こちらのレジへもどうぞ』
余りに購入数が多いので、レジが並ばない様にバイト仲間の瀬良さんが手を上げて隣のレジへと客を誘導してくれる。チラリと意味ありげな目配せをしてきたので、何か勘違いをしている可能性もある。
そしてバイトを上がって外に出ると、案の定と言うか白田がいた。
「お疲れ様~」
「はい、お疲れ様」
やはり上機嫌。酒でも飲んでるんじゃないかと言うテンションだ。
「これ差し入れ。家で皆で食べてね。あっ、夜お菓子食べ過ぎちゃダメだよ?」
そう言ってさっきコンビニで買った大量の菓子や飲み物惣菜パンが入ったエコバッグを差し出してくる。
「や、貰う理由も無いし」
「貰う理由は無いかも知れないけど、あげる理由はあるんだよね。いいから貰ってよ、良い事があったから幸せのお裾分けってやつ」
夜の十時過ぎにニコニコと満面の笑みを浮かべながら動物柄のエコバッグを押し付けてくる。
「へぇ。何だか知らないけどそう言う事なら断るのは野暮ってもんだよな。有難く頂戴するよ」
「どうぞどうぞ~」
エコバッグの中には惣菜パンやおにぎりも入っている。バイトは週二回各五時間。夕方五時から夜十時まで。五時間のアルバイトだと休憩時間は無い。つまり、俺は夕飯はまだ食べていない。
「今食ってもいい?」
「うん、勿論。あげたものだからね。お好きに召し上がれ」
「サンキュー。いただきます」
行儀は悪いかも知れないけれど、ゴミのポイ捨てなんて事は絶対にしないのでどうか見逃して欲しい。
「和久井くんと今度皆で遊びに行こうよって話になってるんだけど、五月くんは聞いてる?」
「あぁ、なんか今日言ってたな。因みにまだ別れてないぞ」
「……あのね、別に私和久井くんが彼女と別れる事を四六時中願ってるわけじゃないんですけど」
「そりゃ失礼」
「手近にカラオケって話も出たんだけど、カラオケだとあんまり話出来ないじゃない?五月くんはどこが良いと思う?」
おにぎりを一つ食べ終わり、アメリカンドッグにも手を伸ばしてみようと思う。このケチャップとマスタードの容器を考えた人って本当の天才だと思う。聞いた話によると二種類のソースが出るこの『ディスペンパック』って日本でしか作られていないらしい。本当かどうかは調べていないけど。正にクールジャパン。
「んー、別にどこでもいいんじゃねぇ?どこでも柊が上手い事回してくれるよ」
俺の言葉がお気に召さなかった様子で白田はムッと眉を寄せて俺の顔を覗き見る。
「あ、なんか他人事」
「そりゃそうだろ。俺別に呼ばれてないし」
「拗ねてるって事?」
「まさか」
「じゃあ誘えば来るって言う事?」
「……とも言っていない」
俺の言葉を無視して白田桐香は言葉を続ける。
「女子はね、私とこずえとこないだの渡貫茉莉花ちゃん。だから男子もあと一人誘ってよ」
「あれ?計算苦手?あと二人じゃないか?」
「そう?和久井くんと五月くん。ほらあと一人でしょ」
指折り数えて得意げな笑みを見せてくる。
「俺は行くなんて言ってないぞ。そもそも誘われてもいないんだし」
白田はやれやれと言った様子で、呆れ顔で首を横に振る。
「もう。当然来ると思ってるから誘ってないだけでしょ。じゃあ来ないの?」
「……とも言っていない。けどこないだも言ったけど知らない人と話すの苦手なんだよ」
我ながら本当に面倒くさいやつだなぁと思う。一人が好きではあるんだけど、決して孤独が好きな訳では無い。誘われたとしても行くかはわからないけれど、誘われないのは何となく辛い。逆の立場で考えると、誘っても来るかどうかわからないやつなんて、どうせ断られるからと次第に誘われなくなっていくものだろう。
そう考えると、柊も紙谷もよく懲りずに誘ってくれると思う。
「正直に言うとさ」
アメリカンドッグも食べ終わり、棒に付いたカリカリした衣を歯で齧っていると白田は照れ臭そうに呟く。
「わたしも知らない人と話すのあんまり得意じゃないんだよね。……だから五月くんも来てくれると助かるなぁ、なんて」
柊と伊吹こずえって子と白田と渡貫。数を合わせるなら他に男子が二人。多分紙谷は確定。なるほど、俺が行かないとすると伊吹こずえしか知り合いがいなくなるわけだ。紙谷も同じ小学校だから知り合いと言えなくも無いけれど、友好的な関係では無かったからノーカウントだろう。
でもまぁ、柊なら人見知りとか関係なく適切な距離で話を回して場を盛り上げてくれると思うんだけど。
「俺だって何回かしか会ってない様なもんじゃないか?」
楽しそうに話していた白田の表情が一瞬固まる。
「あっ、そう言う事言うんだ?ふーん。そう。五月くんは私の事知らない人のカテゴリーに入れるんだ?知らない人と話すの苦手なんだよね?ごめんね、無理させちゃって」
頬を膨らませて明らかに不機嫌そうな白田を見て漸く失言と気が付く己の鈍さが嫌になる。
「ごめん。そんな事ない。たださ……」
「ただ、何?」
「……ずっとまともに話もしてなかったくせに、白田が変わった途端に知り合い面してるみたいで嫌だっただけだ」
「ふぅん」
一言だけ短くそう言うと、白田は暫く無言だった。バイト先のコンビニから家まで歩いて十一分。そろそろ家に着いてしまう。
着いて『しまう』と考えた事に気が付いて、俺はまだ着いて欲しくないと思っている事を自覚した。
「白田の事白ブタって言うのもう止めろよ」
不意に聞き覚えのあるセリフが隣から聞こえて来て、思わずハッと白田の顔を見る。目が合うと、白田は少し照れ臭そうな顔ながら本当に嬉しそうに笑った。
「今日あった良い事ってそれの事」
「ちょ……、お前それ誰から聞いたんだよ!?」
「ふふん、取材のソースを明かすのは信義に反するのでね」
「絶対柊だろ。あの野郎……」
「ねぇねぇ五月くん。ところでさ、私が『変わった』途端に知り合い面って言ってたけど、具体的にどう変わったのか参考までに聞いてもいいかなぁ?」
と、失言がもう一つ含まれていた事を知る。
「そんな事言ったっけ?」
政治家の答弁よろしく華麗に躱そうと試みるが、白田はニヤニヤと含み笑いを浮かべつつ追撃の手を緩めない。
「じゃあ私は聞き間違いか勘違いで怒ってたって事かなぁ?」
そう言われると罪悪感の手前認めざるを得ない。中々の詰め上手だな、畜生。
「あー、言った。言ったな、そう言えば」
「うんうん、だよね。で、何が変わったと思うの?」
「俺門限あるからそろそろ」
「一言じゃん。すぐじゃん。ほらほら~」
表情からして『かわいくなった』とかその類の事を言わせたい事は容易に想像がつく。相手が白田で無くともそんな事面と向かって言えるはずが無かろう。
「あ!」
街灯に伸びる影を見て閃く。
「背が高くなった所だよ。大分伸びたもんな、見違えたよ」
「……絶対嘘。今『あ!』って言ったじゃん。ひらめき系の声じゃん」
答えに納得がいかない様子でジト目を俺に向けるが、解答の義務は果たしたと言ってもいいだろう。
「それじゃ、気を付けて。食べ物サンキューな」
「もうっ。またね」
納得いかないながらもしっかりと別れの挨拶をしてくれる事が少しだけ嬉しかった。