終わりと始まりの季節だから
◇◇◇
「そっか、寂しくなるね」
「小中高と続いた腐れ縁もここで終わりか。まぁ元気でやれよ」
二年修了を以て白田と同じ学校に転校する旨を伝えると、俺の数少ない友人の和久井柊と紙谷庵司はカラオケでお別れ会を開いてくれた。別に歌うわけでは無いけど、ファミレスだと自由に話せない内容もあるかもなので、個室で防音のカラオケボックスになった次第。
「急で悪いなぁ」
「別に何も変わんねぇけどな。つーかお前が女の尻追っかけて転校までするとは思わなかったぜ」
「庵司、言い方。でも芸能人じゃないのに芸能科って入れるものなの?」
柊の疑問も至極もっともだ。俺も自分で言いだしておいてなんだが、只の思いつきなのでそこまで深く考えていなかった。通信制とか夜間とか他にも選択肢はあったのかもしれないけど、……正直な話、ほんの少しでも白田と学校生活を送りたいという潜在意識がなかったとは言えない。潜在的な事なのでわからないけれど。
結局所属している芸能事務所の所属証明だとかそんな書類が必要らしくて、芸能活動をしていなくても構わないそうだ。言われてみれば事務所に所属はしているものの全く仕事が無かったり、デビューまでみっちりレッスンをしたりの場合はどうするの?って感じか。何となく裏口入学的なうしろめたさはあるものの、そんな事で尻込みはしていられない。前に進むと決めたんだから。この一年間だけは白田と同じ速度で、同じ方向へ。
それにしても、予め書類を取り寄せて記入まで済ませていた社長の先見性には驚く他無い。
「事務所の証明があればオッケーみたい。つーか柊さ、社長から詩子さんスカウトして来いって言われたんだけどどうなの?詩子さん的に」
「ん~、僕もありだと思うんだけどねぇ。テレビや雑誌で詩子さん見てみたいし」
柊は腕を組み、首を傾げながら考える。
「マジか。柊の彼女も芸能界デビューかよ。じゃあ俺にも誰か芸能人紹介してもらわないと不公平が過ぎるよな!特に五月ははまにゃんと二股かけてやがるし」
「かーけーてーねぇ。とにかく、師匠の意志が最優先だけどもしやりたい気持ちがあるならチャンスだと思うからそれとなく聞いてみてくれよ」
「いやいや。僕が聞いたら詩子さんやるって言っちゃいそうだから。聞くなら五月が聞きなよ」
「すげぇ自信だな」
紙谷の言葉に柊はクスリとほほ笑み首を横に振る。
「自信じゃないよ、わかってるだけ」
カラオケはフリータイムのフリードリンク。フードは好きなものを頼んでいいと言われ、遠慮するのもなんだから言葉通り好きなものを頼む。
俺達は来月から高校三年。高校生活ももう最後の一年だ。
進学とか、就職とか、またはそれ以外の選択肢とか。正直な話、今のところ俺には一年後にやりたい事なんて特には無い。特に無いから決められないからきっと大学に行くのだと思う。今のところ全く想像もつかない。大学に行き?卒業して、それからどこかに就職するのだろう。起業なんて柄でも無いし、何か特別な才能があるわけでもない。今の俺に何か特別なものがあるとしたら、白田桐香の近くにいると言う事だけだろう。白田と小学校が同じで無ければ、白田があの日コンビニで声を掛けてくれなければ、何の変哲もない中の下辺りの無気力な高校生だったんだから。
別に今生の別れというわけでも無いので、フリータイムが終わるまで何でもない話を三人でして、普通に駅で別れる。
「じゃあな」
挨拶に手を上げた紙谷が中々手を下ろさないので数秒そのまま眺めてしまうが、もしかしてと思い俺も右手を上げると正解だったようで紙谷は俺の右掌にパンと掌を合わせて二ッと笑う。
「頑張れ。応援してるぜ、二人とも」
「バカじゃねぇの、……別に今生の別れでも無いのに」
不覚にも涙腺が弛んでしまう。
進路が同じ訳じゃないんだから、離れるのがただ一年早まっただけなのに。
◇◇◇
数日後、事務所に移動中白田桐香公式SNSの通知が鳴り、見ると珍しく白田が本の紹介をしていた。栞を挟んだお堅そうな文芸誌に『読書です』とメッセージが添えられている。白田桐香公式SNSに投稿される写真には白田本人は余り登場しない。白田は自撮りが苦手だから誰かに撮ってもらわないといけないからだ。そして俺は白田の写真は『まだ』撮らないと決めていて、白田もそれを何となく分かっているから俺に写真は頼まない。だから必然的に物や風景の写真が多い。ファンはそれらと無機質な文章から白田桐香の感情や今を想像する訓練を受けているのだ。ファンは間違いなく栞の位置から白田の意図を察する事だろう。
因みに公式でのお薦めの類はCMの仕事受けている会社と競合するものでなければ大体問題無いようだ。例えば清涼飲料のCMをやっているのに他社飲料をお薦めするのはマズイとかそんな感じ。その辺の線引きは俺も白田も沢入さんから習っている。
話は戻って今回の投稿。
何と言うか、何となくもうわかってしまう。何で白田が先に知ってるのか?とか疑問も浮かぶと言えば浮かぶが、そんな事より嬉しさで胸の辺りからぞわぞわと何やら湧き上がってくる感じがする。俺の文才ではその程度の事しか言えないが、物書きならどうなのだろう?
普段白田が読まない文芸誌。もう答えは一つだ。
同じ雑誌の電子版を即ポチり目次を眺める。するとやはりあった。胸は熱く、指先は冷たい。
――新人賞受賞作、全文掲載。須藤拓馬著、『残月』。
「マジか……」
同姓同名の可能性だってあるかもしれない。だが、白田が匂わせている以上それはないだろう。
須藤拓馬。俺の元バイト先の上司、バイトリーダーの須藤さんの事だ。
電車の中なので、心の中で大きく叫ぶ。『おめでとうございます!』、と。
◇◇◇
意外、と言ったら失礼だけど須藤さんの著作『残月』は恋愛を交えた青春小説だった。高校生の男女二組がそれぞれの夢や恋に捕らわれ囚われもがきながら大人になっていく。まるで永遠に続くかと思われた彼ら彼女らの関係は絡んだ糸を力一杯解こうとした結果、千切れて二度と交わらなくなる。
夢が破れても、誰もいなくなっても、夜が明けて日が昇っても未練がましく空に残る残月の様に消えてはくれない。良くも悪くも、夢も恋もまだ燻っている。
青春が終わっても、主役じゃなくても、破れた夢と叶わなかった恋を抱えて主人公は生きていく。
ざっくりそんな話だ。
「あのさ、何で白田知ってんの?」
「ん?何でも何も須藤さん本人から聞いたんだもん」
知らなかったのだが、白田と須藤さんはバイト先最寄りの喫茶店でしばしば居合わせていたようで、その際に連絡先も交換していたようだった。
「……もしかして、ダメだった?」
申し訳無さそうに白田が俺を見るので、俺は首を横に振る。
「いや?全く。つーか俺も一応連絡先位は知ってるんだけどなぁ。俺には教えてくれねーんだ」
わざと拗ねたように言ってみる。
「うん、男同士だと言い辛いって。そう言うもの?」
「んー、わかるようなわからないような」
白田的にはもっとはっきりと宣伝したかったらしいけど、須藤さんに止められたので今回の公式SNS程度の匂わせに留めたようだった。
「お祝い持って行かなきゃね」
「だな。万年筆とか?」
「須藤さんパソコンで書いてたよ?」
「あー、今はそうか。じゃあどうするかなぁ……」