閑話 ポンコツ
◇◇◇
「坂田花、中学二年。十三歳です。よろしくお願いします」
都心近くにある大手芸能事務所ヴァルハラプロモーションの自社ビルの一室。汐崎と共に彼の上司に自己紹介をすると、彼は花を値踏みする様に目を見張る。
「ほぉ。いいね。艶やかだ。華がある。十三歳?いいね。汐崎、本当にお前が見つけたのか?」
「はい。見かけたのは偶々でしたが、二週間駅で張り込みましてようやくお話しさせていただきました」
汐崎の返答を聞き、上司は笑いながら彼の背中をバシバシと叩く。
「はははっ、首の皮一枚繋がったじゃないか。よかったな。売れるよ、この子。さて、それじゃあどんな路線で売っていくかの話をしようか。汐崎、下がっていいぞ。お疲れ様」
「え?」
「これからの話はこの子に付けるマネージャーと一緒にするからお前は下がっていいぞと言ったんだ。あぁ、もしかしてお前自分が付くつもりだったか?」
上司は大きくため息をついて呆れたように首を横に振る。
「あのなぁ。お前何人のタレントからNG出されてると思ってるんだ?やれ要領が悪い、やれ融通が利かない。気も利かないしおもしろい話もしない。タレントのマネージャーってのはな、木偶や案山子に出来るものじゃ無いんだよ。それとも何か?お前みたいなポンコツが金の卵を腐らせるのを指をくわえて見てろってのか?」
汐崎太郎は何かを言い掛けて言葉を飲み込む。察しの良い花は二人のやりとりを見て状況や力関係を理解する。
マネージャーとして何人かのタレントからNGを受けた汐崎を退職させる目論見で彼に畑違いのスカウト活動を行わせた、と言うところだろうか。期限内に誰も連れてこれなければよし、仮に連れてきたとしても難癖付けて追い返す算段だったのだろう。
イライラはするが、汐崎の立場を考えて静観していた花だがそろそろ堪忍袋の緒が切れる。
「えーっ、うち太郎ちゃんがマネージャーだって言うから受けたんですけどー?約束違いません?」
「まぁまぁ花ちゃん。うちには彼よりもっと有能なマネージャーも沢山いるから大丈夫だよ。君を売り出す為にベストな人選をするよ」
汐崎は従業員だが、花は大事な商品。当然扱いは全く異なる。
「それは嬉しいんですけど~、……最初から約束が違っちゃうと、これからもこんな事ってあるのかな?って不安になっちゃうって言うか……。やっぱり芸能界って怖いイメージあるし……」
出来るだけ感じ悪くならないように、汐崎の立場が悪くならないようにと気を遣いながら言葉を選ぶ。
「あ……、あぁ!確かに君の言うことももっともだ。何事もやってみないと分からないからね。おじさん教えられちゃったなぁ、あはは」
花の機転の甲斐もあり、ひとまずマネージャーは汐崎のままとなる。
◇◇◇
「太郎ちゃんさぁ~、さっきのおじさんになめられてんの?」
その後、事務所を離れて喫茶店で作戦会議を開く。
「いやぁ、なめられてると言いますか上司ですし、……恥ずかしながら私が仕事出来ないのも事実ですので」
またもや遠慮なくバナナオレとパンケーキを注文しつつ花は太郎にジトリと白い目を向ける。
「あっそぉ。じゃあやっぱり替わって貰おうかなぁ。うちだってどうせやるなら売れたいし~。やっぱりアレも嘘だったのかなぁ?全身全霊とかなんとかって」
「そんな事ありません!」
「なら二度と仕事出来ないなんて言わないでよ。うちが売れれば太郎ちゃんも出世するんでしょ?なら売れるからさ。とりまあのおっさんより偉くなってよね。絶対。約束」
「……はい。お約束します」
迷いのない返事に花は腕を組み満足げに頷く。
「よろしい。じゃあまず何から?芸名?本名ではやりたくないんだけど。苗字も名前も好きくないし」
「そうですか?私は良い名前だと思いますが。因みに何月生まれですか?」
「ん?十月~」
「ははぁ。となると『花』とは秋桜か金木犀でしょうか?きっと綺麗に咲いていたのでしょうねぇ」
勝手に一人想像しながら汐崎は納得した様に何度か頷く。
「ば……馬鹿じゃないの?そんな良い話じゃないの。本当は男の子が欲しかったから名前を考える気も起きなかったの!お婆ちゃんだってそう言ってたんだから!」
珍しく語気を強める花に少し驚いた顔をしたが、空気が読めないのか読んだ上でなのかニコリと微笑む。
「でも私はそう思いましたよ」
ついうっかり涙腺が緩みそうになり慌てて目元を拭う。
「太郎ちゃん、好きな花は?」
「好きな花……。ふむ、パッとすぐには浮かびませんが~……」
少し考えて、ピッと人差し指を立てる。
「胡蝶蘭は好きかもしれません。開店祝いや、出演祝い受賞祝い。とにかくお祝いと言えば胡蝶蘭と言う印象がありますから」
「ふーん、そう。……別に聞いてないけど」
「あれ?今聞きましたよね?」
その日、その喫茶店で彼女の芸名は『濱屋らん』に決まった。全く由来のない芸名では味気ないと二人で遅くまで話し合った。パンケーキのお皿はもう一枚増えた。『さ、か、た、は、な』とあ行が順番に並んでいる事に汐崎が気付き、その流れから『は、ま、や、ら、わ』わをんに変えて『はまやらん』となった。
「んでさ、肝心のお仕事なんだけど。うち顔だけで食っていけるほどかわいいって訳ではないし、グラビアするほど胸とかも無い訳じゃん?トーク主体の仕事になるのかな~って認識なんだけど、その辺りどうなの?もしかしてきわどいビキニとか着せてくる感じ?」
「私は女優路線もありだと思いますよ?先程の事務所でのやり取り……普段と全然雰囲気違いましたからね。咄嗟にあれだけのことができる肝の座り方といい、とても十三歳とは思えません」
「んふふふ、それはほめ言葉でいいんだよね?ま、考えとく~」
「そうだ。最後に一つ、……ある意味一番大事なことをお伝えしないといけません」
「一番大事なら一番最初に言いなよ」
坂田花改め濱屋らんの言う言葉はもっともだ。その一番大事な条件が噛み合わなければ、今まで話した全てが無駄になる可能性があるのだから。
「申し訳ありません!ごもっともです」
「はいはい、いいから。続けて?」
「当事務所はですね、芸能界の中でも最も恋愛スキャンダルに厳しい事務所だと言うことです。らんさん、ここだけの話今交際している男性もしくは女性またはそれ以外の性別の方はいらっしゃいますか?」
ひそひそ声で性的少数者にも配慮した質問を投げかけ、濱屋は小さく首を横に振り、汐崎太郎は安堵の息を吐く。
「それはよかった。特にですね、業界関係者の恋愛にうるさいです。ですので、共演者と恋仲になりそれが露見してしまうと……高い確率で相手の方に不利益が及びます」
同じ事務所なら確実に別れさせられる。余所の事務所であれば仕事が干される。『その俳優使うならうちのタレント出さないから』と業界最大手の力をフルに使った嫌がらせをする。仕事を干されている最中に薬物や過去の犯罪行為が『偶然』露見する事も少なくない。
「ですので、恋愛にはお気をつけて下さい。もっとも、するなとは言いません。あなたはまだ十三歳の中学二年生ですから。もしそう言うことがあったら教えて下さいね?不肖汐崎太郎が全力でお守りしますから」
トンと自身の胸を叩く汐崎太郎。
「りょうか~い♪善処する~」
出会ってまだ日も浅い。年齢も十以上離れている。それでも、もうこの頃には薄ぼんやりと自身の気持ちに気が付いていた。
残念だけど、相手はあなたじゃ守れないのに。
そう思った事を覚えているから。