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閑話 ガラクタ

◇◇◇


「芸能界に興味はありませんか?」


 サラリーマン風の男が名刺を差し出してそう言ったのは彼女が中学二年に上がってすぐの事だった。


「興味なーし」


 少女は彼に訝しげなジト目を向けながら差し出された名刺を拒否する。


 少女の名前は坂田花。中学二年。肩より少し伸びた髪は中学二年にして既に金髪に近い明るい茶色でスカートの丈も短い。年齢より少し大人びた印象を受ける。


「あ、失礼いたしました。確かに名刺だけなら幾らでも偽造できますからね。ではこうしましょう。あなたのそのお手持ちのスマートフォンで弊社を検索していただいて、その電話番号に電話をして『今汐崎太郎にスカウトを受けている』旨お伝え下さい。その後私が電話を代われば――」


 名刺に記された会社名は芸能界に興味が無くとも名前くらいは聞いたことのある程の大手事務所。


「あー、はいはい。なるほどねぇ。えっと、番号は~1、1、0……っと」


 手に持ったスマホで検索するかと見せかけて即座に110番通報を実施する。

「えっ?止めて下さい!不審者ではありません!会社に聞いていただければ確認出来ますので!」


「はいはい、じゃあねー不審者さん」


 ヒラヒラと手を振りながら少女は立ち去る。



 その次の日も駅の近くで男の姿を見つけたので遠回りをして帰る。その次の日も、次の日も。


「ねぇ、最近駅の近くに不審者が出るんだって」

「知ってる。普通のサラリーマンっぽいんでしょ?」


 一週間も経つ頃には学校でも話題になる。


「結局そいつって何してんの?痴漢?盗撮?」


「ううん、ただキョロキョロしてるだけ。だから警察も何も出来ないんだって」


「へー。変なの」


 クラスに特に仲のいい子はいない。必要に応じてたまに会話くらいはするが、ただそれだけ。そもそもこの歳でこの髪の色。気軽に仲良くと言うのも無理はあるし、彼女自体がそれを望んでいる。


「……私坂田さんと初めて話した」

「ね、怖いよね。て言うかあの髪の色。先生注意とかしないのかな」

「不公平だよね。あれじゃない?もしかして先生と――」


 その場を離れればすぐに始まる悪口大会。自分達の立ち位置が不安定なこの年代特有かもしれないし、大人になっても変わらないかもしれない。


 そう言うのが嫌で小六の時に髪を染めた。初めから言われるものと思えば気にもならない。


 髪について親は何も言わない。


 見た目はともかく、学校の成績が良ければいいのだろう。きっとあまり自分に興味は無いのだろうと子供ながらに分かっている。或いはそれは期待に応えられなかった自分が悪いのかもしれないとも思う。


 不妊治療の末に産まれた歳遅い子供。両親は男の子が欲しかったらしいと無遠慮な祖母から聞いた。


 そんなフィルターを通してみると、『花』と言う名前はなんとおざなりな響きに聞こえるものか。



 ある雨の日、花は駅へ赴く。動機の大半は怖いもの見たさだろう。毎日下校時刻頃に駅前に現れるその不審者は、誰に声をかけるでもなくキョロキョロと何かを……誰かを捜しているそうだ。


 駅に着くと、やはり彼はそこにいた。


 雨が降っているので皆が傘を差している。なので顔がわかりづらい。彼は噂通り誰かを捜しているような素振りを見せていたが、ピタリと足を止める。


 目の前に現れた金髪の少女を見て深々と頭を下げる。


「お久しぶりです!覚えてらっしゃいますか?ヴァルハラプロモーションの汐崎太郎です。今名刺を……」


 傘を持ちながらなので名刺入れを出すのに苦労していると花はスマホを取り出してどこかに電話を掛ける。

「あっ!不審者ではありません!ほら、免許証もあります!」

 頻繁に職務質問をされたため、首から免許証を提げている。


 花は何やら電話で話したかと思うと、スマホを太郎に差し出す。

「ん。逮捕だって」


「えぇ……」

 恐る恐るスマホを受け取る。


「……はい、お電話代わらせていただきました。あっ、はい!汐崎です。はい。今スカウト中でして……。はい。申し訳ありません。では、代わります」


 電話の相手は110番ではなく汐崎の会社だった。最初に会ったときの提案通り、会社に在籍の確認をする為の電話だった。

 

「あー、そう言えばお腹空いたなぁ」


 電話を切ると花はおもむろに呟き、汐崎太郎をちらりとみる。意図を理解した汐崎はまた深々と頭を下げる。


「ありがとうございます!」


 多分、理由なんて無い。強いて言えば、毎日退屈だったからだろう。


◇◇◇


 訪れたファミリーレストラン。遠慮なく幾つも注文をして、五月雨式にテーブルを埋める。


 エビドリア、シーザーサラダ、ドリンクバーにパンケーキ。元々食べても太りづらい体質。


 食事をしている間汐崎は何も言わずに、就活学生の様に背筋を伸ばして椅子に座る。


「おにーさんスカウトなの?」

「いえ、本業はタレントのマネージャーです」

 

「へぇー。なのにスカウトもするんだ。大変だね」

「それには少し事情もあるのですが……、仕事ですから。苦にはなりません」


「へぇー。すごいすごい。一日何人くらい声掛けるの?」


 花の質問を受けて汐崎はきょとんとした顔をする。

「掛けませんよ?」


「え?スカウトなのに声掛けないの?とんち?」

「いえいえ。別に誰でもいいから声を掛けている訳ではありませんから。坂田さんにしか声は掛けていませんよ」


「……へ、へぇ」

 照れもせずさも当たり前といった風に汐崎は答え、逆に花が少し照れてしまう。


「二週間前、初めて駅でひと目見かけたときに確信しましたよ。この子は華がある。絶対来る!って。だからずっと探していたんです。本当にまたお会いできて良かった」


「ふーん、そう。まるで一目惚れだね」


 照れ隠しに打って出た反撃の一手。汐崎太郎は少し考えるように間を空けると、初めて照れくさそうに笑う。

「恥ずかしながらその通りかもしれませんね。本当に毎日坂田さんの事を考えていました」


 それはあくまでも仕事の話。


 予期せぬ反撃を食らい、花はジンジャーエールのストローに口を付ける。シュワシュワと炭酸の泡が口の中で弾けて消える。


「……で、うちはどうすればいいの?」


「どう、と申されますと?」


「申されますと?じゃなくて。うちをスカウトするんじゃないの?しないの?」


「もちろんします!させていただきます!」


 汐崎は立ち上がり、花に向かい深々とお辞儀をする。

「誠心誠意、全身全霊を尽くして花さんのサポートをさせていただきます。どうぞよろしくお願いします!」

「よろ~。とりま乾杯でもしよっか」


 テレビにも芸能界にもそれほど興味はなかった。それでも、沢山の人達の中で自分だけを探してくれたのが嬉しかった。


 ほんの少しだけ、価値のある人間になれたような気がした。

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