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クリスマスイブ②

◇◇◇


 高級鮨店を出た後は再びタクシーを走らせる。


「タクシー代位はわたしに出させてよ」

「却下。割り勘と言ったはずだ」

「もうっ」


 タクシーは夜景の綺麗な湾岸のルートを通って、遠回りをして俺たちの住む東京都下方面へと向かう。


「ところで五月くん、サンタさんからプレゼントを預かってるんだけど」


 唐突にそう切り出した白田はバッグから綺麗に包装された包みを取り出して俺に差し出してくる。


「メリークリスマス。ふふっ」


 B5サイズ位の大きさのお洒落な包み紙のプレゼントと照れくさそうに笑う白田の横顔を通り過ぎるイルミネーションが淡く照らす。



「あー、俺はサンタから白田のプレゼント預かってないなぁ」

「えっ!?」


 とぼけてそう言うと白田は驚きの声を上げるが、全く嘘はついていない。催促すべきか問い詰めるべきか決めかねた白田がそわそわおろおろしだしたのでカバンをごそごそと探る。いざ渡すとなると相当に気恥ずかしい。


 チラリと白田を見ると、期待に満ちた目で俺を見ている。もし白田が犬だとしたら尻尾はパタパタと激しく動いていることだろう。


 車のエアコンをもう少し下げてほしいな、とか思いながらも意を決してカバンから包みを取り出す。


「どうぞ、つまらないものですが」


 せめてもの照れ隠しにお歳暮を渡すかのようにペコリと頭を下げて両手で手渡す。


「これはご丁寧にありがとうございます」


 と、言いながら俺の両手に触れる白田。絶対にわざと。


「……桐香さん、それじゃありませんよ」

「あれ?違った?」


 手を放さずにクスクスと笑う。


「開けてもいい?」

「えぇ、勿論。期待してくれていい」

「本当?」

「冗談」


 俺のプレゼント包みは白田の物より少し大きい。厚みのあるA4サイズ大の大きさ。だが、包み紙を見るだけで白田のプレゼントとの値段の違いは明確にわかってしまう。でもそんなものはもう今更気にしない。贈り物は金額じゃない。……多分。


 起爆装置の付いた爆弾を解除するように細心の注意を払いながらそぉっと包み紙を解いていく。見ているこっちがドキドキしてくる。


「あっ!」


 急に大きな声が聞こえてきて心臓がギュッとなる。


 包み紙から現れたのはピンク色の生き物のぬいぐるみの顔。やや間の抜けた風な表情と、特徴的な外えら。


「ウーパルーパーだ」


 俺も白田も高校二年。来年は高校三年生。買った後も『もしかして幼い贈り物かもしれない』と自問自答を繰り返した。だが次の瞬間、ようやくその心配が杞憂に過ぎなかった事を知る。


「ふふ、かわいいね。……ありがとう」


 柔らかく微笑む白田。俺は顔を逸らして反対の窓を見る。

「ま……、まぁ喜んでもらえたならよかったよ。親以外の誰かに何かをあげるのなんて初めてだからさ、正直な話……何をあげていいのかすごい迷ったからさ」


「じゃあ迷っている間はずっとわたしの事を考えてたって事?」


「いや、ウーパルーパーの事考えてた」

「もうっ、絶対嘘」


 俺は白田から顔を背けて窓を見ている。それにはもう一つ理由がある。きっと時間の問題。


「あれ?」


 何かに気が付いた白田がごそごそと包み紙を開く音。俺は素知らぬ顔で窓の外を見続けているが、悪事がバレる直前の子供の心境で内心ドキドキだ。


「ねぇ、五月くん」


「なんですか、桐香さん」


「これは?」


「さぁ?俺は何も知りませんよ」


「嘘。いいからこっち見てよ」


 白田に促されて、油の切れたロボットの様にぎこちなく身体の向きを変える。すると、目の前には白田が掲げるウーパルーパー。然程大きい物では無い。白田が両手で掲げたウーパルーパーの首には細い銀色のチェーンが光り、その真ん中には小さな丸い輪が付いている。


「見ましたが」


「見ましたが、じゃないでしょ。見て」


 白田は嬉しさを堪えきれないと言った様子でぬいぐるみを俺に見せる。ぬいぐるみの首についた銀色の輪を見せる。偶々偶然白田の指にちょうど合いそうな大きさだ。

「ねぇ、五月くん。これって、……指輪?」


「……まぁ、確かに、そう見えるな」

 改めて指摘されるとかなり照れる。


 初めて白田にあげるプレゼント。何がいいかと考えて、結局一番王道と思われる指輪を選んでしまった。もしかしたら重いかもな、と思いぬいぐるみをメインっぽく見せる小細工を弄する。どの指にしたらいいのか、調べても考えてもわからなかったので先生と師匠に相談した結果、左手の小指にする事にした。サイズは沢入さんに協力してもらった。


 正直な話、まったく高価なものじゃない。予算は限られている。だからその分全力で選んだ。


「ごめんね、ちょっと借りるね」

 申し訳なさそうにぬいぐるみに声をかけて、指輪を外す。そしてリングを迷わず左手の薬指に嵌めようとする。


「あれ?サイズが……」


 困惑した様子で首を傾げる白田に向けて、呆れ顔で手を横に振る。


「いやいや、桐香さん。指が違うんじゃないですかね」


 俺の指摘を受けても白田は嬉しそうに笑う。

「ふふふ、冗談。ごめんね」

 最初から分かっていたようで、左手の小指に指輪を嵌めると手を俺に向ける。


「どう?」

 石も何もついていないシンプルなシルバーリング。有名ブランドとかではないが、滑らかな曲線が何となく白田に似合いそうだと思って買った。


「悪くない。言っておくけど人前とか撮影中に付けるのは止めろよな。要らぬ考察を招くことになるぞ」

「うん、分かってるって。俺以外に見せるなって事でしょ?」


 嬉しそうに軽口を叩く白田桐香さん。あんまり嬉しそうなので乗ってみることにする。

「まぁ、有り体に言うとそうかもね」


 白田は何秒か無言で俺を見たかと思うと、ぬいぐるみを抱いてプイっとそっぽを向く。

「ふぅん」


 車はいつの間にか二十三区を抜けている。


 白田はしばらくの間そっぽを向いていたが、ガラス越しに目が合うとクスリと微笑みそっと左手を伸ばしてくる。左手はもぞもぞと俺の右手を探す動きをして、やがて目的地に到達する。車内ではあるが、白田の手は少しひんやりとしていた。


「ところで五月くん。わたしのプレゼントはいつ開けるの?」


「あれ?サンタさんからじゃなかったっけ?」


「ううん、それは冗談。実はわたしからでした」


 実はもなにも最初からそんな事はわかっている。


「片手だと開けられないんすけど」


 俺の言葉に反応して白田の左手はギュッ俺の手を強く握る。


「あ、じゃあ後でいいよ。中身はね手帳です。来年の手帳。ちょっといいやつなんだ」


 元々謙遜体質である白田の『ちょっといいやつ』。中身は家に帰ってのお楽しみと言ったところか。



 スケジュール帳は四月始まりのものらしい。四月から始まって三月で終わる。俺と白田の芸能生活が終わる頃、そのスケジュール帳も役割を終えると言う訳か。


「一年間お仕事頑張って、いつかお爺さんとお婆さんになった時に一緒に読み返そうね」


 遠いいつかを思い描いて白田は嬉しそうに口元を緩めた。


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