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クリスマスイブ①

◇◇◇


「五月くん、ここのお店すっごくおいしいんだって。ふふ、楽しみだね」


「え、あ、はい。そうっすね」


 タクシーでやってきたのは都内某所にある個室の隠れ家風高級鮨店。明らかに敷居が高そうな店構えに気圧されておかしな返事をしてしまう。正直な話、回らないお鮨屋さんって初めてだが、そんな事レベルの話ではない。


 俺と白田の、一応デートと呼べるだろうクリスマス。念の為財布に多めにお金を入れてきたが、この店で無くなりそうな予感。基本的には割り勘なのだが、それでも足りるかどうか。


 お鮨やさんなのか料亭なのかわからない店内を案内され、個室へと通される。お品書きを開くと金額など野暮とばかりに何も記されていない。


「えーっと、……じゃあ玉子とかっぱ巻きとかんぴょうと、あとは――」

「もうっ、好きなの頼んでいいのに。マグロと玉子とエンガワとイカとアナゴとウニとイクラでいい?他は?茶碗蒸しとかは?」


「え、そんな回転鮨みたいな注文して平気?金額的にもマナー的にも」


「んー、マナーに関しては詳しくわからないけど……、カウンターとかだと緊張するし、気にせず楽しく食べてほしいから個室のお店にしたんだ。電話で聞いたら食べたいものを頼んで下さって構いませんよって言ってくれたよ?」


「そうか。……確かに折角こんな高級そうなお店に来たのに好きなもの何も頼まないってのもアレだよな」


 白田が色々気を配って考えたくれたのに、財布の中身ばかり気にしていては申し訳ない。腹をくくって高級鮨を楽しむことに決めた。お金はまた稼げばいい。


「あ、五月くん。念の為断っておくけど――」

 俺を安心させる様にニコリと微笑み、白田は言葉を続ける。


「今日はお金の心配しなくていいからね」

 

 バトルマンガであれば敵軍団を一人で滅ぼしそうな程の頼もしいオーラが見えた気がしたが、すぐに気のせいだと気が付き首を横に振る。

「いや、そう言う訳にはいかないだろ。当然俺も半分出すから」

 財布には入っていなくても口座にはまだ入っている。足りる。はず。

「大丈夫だよ」

「ダメだ」

「今日だけ」

「ダメ」


 そもそも俺が不安そうにお品書きを眺めていたところにも原因があるんだよなと思い至り、今度は逆に白田を安心させるようにニッと笑いお品書きを差し出す。

「とにかく頼もうぜ。大丈夫、俺意外と貯めこんでるから。ところで白田は何のネタが好きなんだ?」


 白田はまだ何かを言いたそうだったが、しばらくじっと俺を見た後で観念したようにコクリと頷いた。

「うん、わかった」


 因みに白田は玉子とエビとホタテが特に好きだそうだ。


 カウンターであれば一貫ずつ握って出てくるのだろうけど、個室という都合上頼んだ分がまとめて運ばれてくる。


 白田のお鮨は玉子とエビとホタテが一貫ずつ。


 きっと食べる順番とかも色々あるのだろうけれど、今日は個室。職人の技術には敬意を払いつつも、単純に味自体を楽しませてもらう事にする。マナーに関しては沢入さんに今度聞いておこう。


「いただきます」


 手を合わせ、玉子を口に運ぶ。


「……!?」

 パクリと一口。今まで何百も食べただろう玉子とは明らかに一線を画する味に言葉が詰まる。本当においしいものを食べた時には『うまい』の一言も出てこないのだと知る。


 言葉よりも先に視線を白田に向けると、白田もキラキラとした瞳を俺に向けていた。


 口元を手で隠してもぐもぐと咀嚼する白田。食べ終わるとお互いにお茶を一口飲む。お茶もなんとまぁうまい。


 お茶で一息ついたところでようやく俺たちは言葉を取り戻す。


「おいしいね!」

「あぁ。すっげぇうまいな。明らかに違うのはわかるんだけど、何が違うんだろうな?」


 材料の産地とか品質とか職人の腕なんだろうけれど、どう違ってどうおいしいのかを言葉にする(すべ)を俺は持たない。

 

「おいしいね。来てよかったね、ふふ」


 白田は本当に嬉しそうに、楽しそうに笑い、もう一口お茶を飲む。


「どんどん食べよ」


 俺の皿にはまだ沢山のお鮨達、白田のお皿にはエビとホタテと玉子が三分の二。


 そんなのでお腹一杯になんてなるわけない。


 ――もっと食べねぇの?


 そんな言葉、頭に浮かんだだけで十分恥だ。


 実際にどうかはわからないが、曰く白田は太りやすいそうだ。その為に食事も制限してしっかり運動をしてスタイルを維持している。そんな努力をしている白田に向かって『もっと食べねぇの?』だなんて言えるはずがない。重ねて言うが思うだけで恥ずべき事だ。


 だけど、それはそれとして気にせず俺は次の一貫を食べる。俺の皿にはまだ沢山載っている。白田が食べないからと言って俺も食べなければ白田はどう思うだろうか。多分、気にしてもっと注文して、にこにこと食べるだろう。で、きっと夜その分走るのだ。


 だから俺は気にせず食べる。


「あのさ、白田」


「なに?五月くん」


 余計な一言かもしれない。


「鮨、すげぇうまいな」

「ね。一杯食べてね。もし足りなかったら追加で頼むから」


 きっと白田は我慢するのが当たり前になっているんだろう。我慢する事よりも、昔に戻ってしまう事の方が遥かに怖いのだろうから。


 白田は子供の時は食いしん坊だった。


 家に遊びに行くといつも高級そうなお菓子を出してくれて楽しそうに食べていた。うちで出る賞味期限ぎりぎりの特売大福も粉で手を真っ白にして食べていた。


 白ブタと呼ばれないように痩せて綺麗になり、芸能人になり、それを維持するために今は小食だ。


 小学校を過ぎて、中学、高校になり、春からはもう高校三年。小学生から高校三年。白田でなくても見た目に気を配り、食事に気を遣う様に変わるだろう。誰だっていつまでも子供じゃない。だから本当に余計な一言だろうし、勝手な一言だと思う。


「来年、仕事が全部終わったら今度は一緒に腹一杯食べような」

 ホタテに箸を伸ばしていた白田は少し驚いた顔をしたかと思うと、クスリと笑う。


「また太っちゃうよ。そしたら責任取ってくれる?」


 冗談半分に、照れ笑いをしながら白田は言う。


 俺はコクリと頷く。間も置かない。躊躇いも無い。

「うん、取るよ」

「え」


 白田の箸からポロリとホタテが落ちる。


「ホタテ落ちたぞ、白田」

 何事も無かった様に指摘をすると、白田は慌てて机に落ちたホタテを箸で取ろうとする。だが、あまりの動揺に手が震えて上手く掴めない。


「え、あー、……あのさ、五月くん。今何て言ったかよく聞こえなかったからもう一度言ってもらえる?」


「来年な。それよりホタテ取れないなら取ってやろうか?」

「ホタテは自分で取るから!いいから五月くんは何を取るって言ったのか教えてよ!」

「聞こえてんじゃん。来年な、ははは」



 

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