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聖夜のお仕事

◇◇◇

「桐香ぁー。イブの仕事なんだが――」

「あ、ダメです。無理です。埋まってます」

 社長の言葉を遮って白田桐香は毅然と断る。


「あぁ?あぁ、どうせ五月といちゃつくんだろ?聖夜ならぬ性夜ってか?何がナニで埋まるってんだよ。わはは、流石に妊娠だけは勘弁してくれよな~。いや、待てよ……?三月の引退に合わせて出産するとしたら……」

「何訳の分かんない事言ってるんですか!そんな事しませんってば!怒りますよ!」

 真っ赤な顔で既に怒気をはらんだ声を上げ、社長はスポーツ新聞を盾代わりにそれを遮断する。

「おぉ、怖。妊娠までは許してやるって言ってるのによぉ」

「……五月くんがいる時に言ったら本気で怒りますからね。本気ですから。忠告はしましたからね」


 冗談では済まなさそうな白田の剣幕に流石の社長も言葉を留め、加熱式喫煙具を咥えて煙を揺らす。タールもニコチンも入っていない、ただメンソールの煙。



 ――そして、十二月二十四日が訪れる。


「桐香ちゃん、雨野さんっ♪今日はよろしくお願いしま~す!」


 都内某所のクリスマスツリーイルミネーションイベント。点灯とその後のちょっとしたトークショーの予定だった。


 深々と頭を下げる濱屋らんを困惑した様子で見つめる五月と白田。

「……よろしくお願い……します?」

「っす。あれ?ダブルブッキングっすか?」

 改めてスケジュール帳を見てみてもやはり間違ってはいない。

「いえいえ♪急ですがうちから頼み込んでお仕事ご一緒にさせてもらったんです!」


「え……えぇ?そんな事言っても先方にも予算ってのがあるんじゃないっすか?二人になれば当然倍……っていうかそちらさんは随分高そうっすけど」

「ロハですっ♪無理言ってお願いしてるんで」


「は……えぇ!?ロハって……無料(タダ)!?」

「ですです」


「タダって……いいんですか?事務所的に」

 白田桐香は心配そうに濱屋のマネージャーの汐崎太郎に問いかけると、汐崎は大きくため息を吐いて苦笑いを浮かべる。

「いやぁ、ははは。勿論本来はダメですよ。ただ、らんちゃんがどうしても白田さんと一緒に仕事がしたいと折れなかったので、何とか無理を言って社長に納得してもらったんですよ」


「そう言うじゃん?でも、ここのギャラ一回分と今うちと桐香ちゃんが共演する宣伝効果考えたら寧ろお釣りが来ると思うけど?社長だってそれをわかってるからオッケー出したんだし。形式上太郎ちゃんを怒鳴りはしたけどね。ごめんね、太郎ちゃん。んふふふ」


 ごめんと言いながらも特に悪びれる様子も無く濱屋らんは笑う。


「タレントの為に怒られるのもマネージャーの仕事のうちですから。それはそうと、そちらの事務所にも話を通してありますので、不安な様なら念の為確認されたら如何でしょうか?」


「……一応聞いてみますね」


 スマホを手に取り社長へと連絡をする。

「はい、こちらこども電話相談室」

「社長。今日のイベント、濱屋さんも一緒って聞いてないんですけど」


 下らない小ネタには触れずに用件のみを簡潔に告げると、社長は電話越しに首を傾げる。

「あれ?言ってなかったか?ん~、……あぁアレだ。言おうとしたぞ。言おうとしたけどお前が遮ったんだよ。イブの仕事なんだがって言いかけたら、イブはナニで埋まってるとか――」

 

 終話。


 赤い顔でスマホを握る白田をフォローするかのように五月が口を開く。

「まぁ多分半分わかってやってるよな、あの人。黙ってた方が面白いって。……すいませんでした、こちらの連絡の行き違いで余計な時間取らせちゃって」


 五月はぺこりと濱屋に頭を下げる。


 白田は『五月くんが謝らなくても』と言いかけて何とか喉元で抑え、申し訳なさそうな表情でぎゅっと手を握る。タレントの為に怒られるのが仕事なら、タレントの為に謝るのもマネージャーの仕事。


「んっふふふ~♪それじゃあお詫びは今夜の予定で手を打ちましょう。ホテルのレストランでディナーをして、それから――」

「ダメに決まってるでしょ!」


 声を上げる白田を後目に濱屋は五月の元に歩み寄る。

「桐香ちゃんには聞いてませーんっ♪雨野さん、どうでしょう?フレンチとお寿司はどちらがお好きですか?」

「へぇ。五月くんの好きな食べ物知らないんだぁ。へぇ。わたしは知ってるけど」

 珍しく勝ち誇った様に濱屋を煽る白田。煽られた濱屋は気にせずにこにこと五月へのアプローチを続ける。

「知らないので教えてください♪好きな食べ物は何ですか?」

「フレンチって食べた事無いからイメージできないんすけど、オムライスとかっすか?」

「オムライスは日本発祥ですね~。食べた事なかったらフレンチの方がいいです?」


 キラキラした瞳でぐいぐいと五月に詰め寄る人気タレントの濱屋らん。歳は五月と白田より一つ下。清純派正統派美少女と言える白田桐香とは大分タイプは異なるものの、明らかに美少女と呼べる濱屋直々の聖夜の誘い。


「いや、すいません。今日はこの後白田と予定があるので、また今度皆で行きましょう」


 ごまかしもはぐらかしもせず、正直に断りを入れる。申し訳なさそうな表情は演技では無い。彼女が自身に向けている好意は真意で無いとは思いつつも、やはりキッパリと断るのは心苦しい。


「先約があるならしょうがないですよねぇ」


 肩を落とし小さくため息を吐いたかと思うと、クルリと周り汐崎を見る。

「でももう予約しちゃったし~……」


 顎に指を当てて首を傾げると、思いついた様にパンと手を叩き声を上げる。

「そうだ、太郎ちゃん!今日の予定は?」


「はい。白田さんとのツリーイベントの後、テレビ収録が一本です。今日は二十二時までしっかり入っています」

「んふふふ、売れっ子は大変ね♪でも、そうじゃなくってその後の話。お店もう予約しちゃってるんだけどなぁ~。イブにキャンセルは不味いよね。うちに一人で行けって言うの?クリスマスに?仕事の後の予定は?あるの?無いの?」


 汐崎太郎は一瞬きょとんとした顔をした後で手帳を閉じる。

「特には……ありませんが。コンビニでケーキと焼き鳥でも買って家で食べようかなと」


「はぁ~、それなら折角だから一緒に高級フレンチでケーキとターキーにしよっか。よかったね~、雨野さんが断ってくれて♪んふふ」


 楽しそうにクスクスと笑う濱屋らん。その表情を見て、白田の中で一つの疑問がストンと腑に落ちた。



 そして日没が近づく頃ツリーの点灯イベントが始まる。濱屋らんの出演の情報は登場まで伏せられていた為、彼女の登場とともにイベント会場は割れるような歓声が地面を揺らす事となる。


 この日は恋愛話は封印し、クリスマスに因んだエピソードを交えつつやり取りを行う。

「桐香ちゃん知ってた?オーストラリアのサンタさんって水着なんだよ♪」

「えっ……!?……そ、そんなウソには騙されないから」


 困惑した表情で答える白田に会場からはクスクスと笑いがこぼれる。

「本当だよ?だってオーストラリアって南半球だから今夏なんだもん」


 真偽が分からず白田は会場の皆に問い掛ける。

「えっと、本当に……?」


 話すのがあまり得意でない白田桐香。濱屋らんは彼女を貶すでもいじるでもなく、彼女の持ち味が活きる様に会話を回す。舞台袖で見る五月も感心した様子だ。

 

 結果、イベントは大盛況のまま終幕を迎える。

「桐香さん、濱屋さんお疲れ様でした」

「お疲れ様♪桐香ちゃん、楽しかったね~」

「楽しかったかはともかく濱屋さんもお疲れ様」

「うわぁ、塩辛っ♪」


「らんちゃん、次の現場時間ヤバいよ。急ごう。それでは、慌ただしくて申し訳ありませんがお先に失礼いたします」

「オッケ~。ではではお二人共、良いクリスマスを♪じゃあね~」


 会場スタッフに付き添われ、二人は足早に駐車場へと向かう。

 

「……よく働くなぁ、流石売れっ子」

「夜十時まで仕事で、その後は五月くんが断った食事。午前中も観賞魚雑誌の取材だったんだって」


「へぇ。朝からずっと仕事か。つーかマジでレストラン予約してたんだな……」


 白田はチラリと五月の表情を覗き見る。

「五月くんが断るのは濱屋さんわかってたと思うよ」

「じゃあ何で予約なんて?」

「多分だけど……、そうすれば汐崎さんを誘う口実になるからじゃない?」


 白田の推理に五月は一瞬キョトンとした表情を見せるが、少し考えてから納得したように何度か頷いた。


「……あー、そういう事?だから今日朝からずっと仕事入れてるって事か?」

「そうすればずっと一緒だからね」


 推理するには材料がまだ足りない。それでも恋愛禁止の彼女の事務所で、タレントがマネージャーと恋仲になるなどは言語道断あってはならない事なのだ。彼女が汐崎マネージャーに想いを寄せたとして、それは叶うはずのない想いなのだ。


 暫く無言で二人のことを考えていると、白田が服の裾を引く。


「デート中に他の子のこと考えてる?」

 隣を見るとわざとらしく頬を膨らませる白田桐香。


「え?もうデート?」

 白田はコクリと頷く。

「そう。もうお仕事終わったでしょ?だからここからはプライベートだもん。クリスマスデート。嫌?」


 自分で言っておいて照れくさそうに白田は笑う。

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