近付く聖なる夜の鐘
◇◇◇
「五月くん、二十四日のご予定は?」
白田に聞かれてスケジュール帳をパラパラと捲る。スマホのスケジュールアプリも使ってはみたが、何となく紙の方が使いやすいし、アナログな方がセキュリティ的に安全そうだから。
「んー、今のところ確定している仕事はツリー点灯とトークイベントかな。その辺りで入りそうな日付未確定のオファー自体はいくつかあるけど、今はとりあえずそんな感じ」
「ふぅん、そっか」
媒体問わず白田桐香に対する仕事のオファーはとにかく多い。一年間の期間限定な活動な訳で、メディアとしても旬の内に使い倒したいのが本音だろう。だが社長の意向もあり仕事は大分選んでいる。露出しすぎて安売り感が出ないように、白田の意思と擦り合わせをしながら意外にも丁寧に仕事を選んでいるのだ。
「じゃあその日はそれ以外お仕事入れないで下さいね、雨野マネージャー」
「了解。社長にも伝えとくよ」
至極当たり前の事を言ったつもりだったが、白田は手のひらを俺に向けて制止する。
「や、別にわざわざ社長には言わなくていいから」
手のひらを俺に向けたまま抗議の視線を送り続ける白田。
「でもさ、社長だって仕事――」
「くっ……クリスマス!」
俺の言葉を遮って声を上げた白田は、自分が思うよりも大きな声を出してしまった事に頬を赤らめつつ目を伏せる。手のひらはまだ俺に向いたままだ。
「……クリスマス、だから。……その日は空けておいて下さい」
そこまで言わせて漸く理解する己の察しの悪さよ。俺はコクリと頷く他無かった。
今は十二月。二十四日はクリスマスイブだ。
◇◇◇
「クリスマスは師匠とどっか行くの?」
「あはは、師匠って誰?」
「そんなの言わなくても詩子さんに決まってんだろ」
バイト代も出たので、日頃のお礼を兼ねてパックのジュースを奢る。
「言わなくてもわかるってのはあらぬすれ違いを招くからやめた方がいいと思うよ。ジュースありがと」
「で、クリスマスどっか行くの?」
「う~ん、どこ行っても混んでるしねぇ。ケーキ取りにいって帰りにどこかでイルミネーション眺めて家で食べる感じかな。年末は詩子さん忙しいし」
「あぁ、みんな餅食って喉に詰まらせるもんな」
一人納得して頷く俺を見て柊は不思議そうに首を傾げる。
「いや?こみっくまーけっと?コスプレして写真撮るんだ。すごい人が来るみたいだよ、写真でしか見たことないけど」
「あー、それか。所謂コミケってやつか。すげぇなぁ、師匠。アクティブだなぁ。柊は行かねぇの?」
「うん、人多いし。僕が行くと詩子さんも純粋に楽しめないかもだろ。で、話を戻すけど。クリスマスの話を振ってきたって事は、君らもどこかに行くわけだ?」
どことなく嬉しそうに柊は笑う。
「……夕方まで仕事だから、多分その後にちょっとだけな」
「へぇ。どこに行くの?」
「それは白田が考えてるから秘密なんだとさ」
「てことは、相談はプレゼントどうするかって事か」
「え、なんでわかんの」
まさかの図星に僅かながら同様を隠せない。柊は長い指を一本ずつ数えながら得意げに笑う。
「まぁわかるでしょ。どこに行くか、何をあげるか、どうやって二人きりになるかのどれかだろうからね」
「最後の一個は余計だよ」
「あれ?二人きりになりたくないの?」
「そもそもまだ付き合ってもいねぇっつの」
「あはは、そうだったね。まだ、ね」
「一々強調しなくていい」
で、何となくメディアに踊らされている感を感じつつも、クリスマスプレゼントを買いに街へと出ることになる。
思えば誰かに何かを贈るのなんていつ以来だろう?
俺一人では入ることすら憚られる洒落た雑貨屋でガラス製の用途不明物を手に取る。何やら視線を感じると思ったが、女性の視線の先は俺でなく柊だ。まぁ当然。
「何かアドバイスある?」
「あげたいものより喜ぶもの」
わかるようなわからないような。
「因みに先生は師匠に何をあげるんですかね」
「あ、先生は僕?今年はケーキだね。お高いやつ」
「ケーキ?」
思わぬ返答に思わず眉を寄せる。クリスマスケーキがクリスマスプレゼントだなんて。子供の頃にそんなこと言われたら発狂する自信がある。
「一応確認するけど、ケーキがプレゼントって事でいいんだよな?」
「うん、そうだよ。今言ったと思うけど普通のケーキよりお高いやつ。ワンホール一万八千円」
「たけぇっ!普通二、三千円くらいじゃねぇの!?」
店内にも関わらず驚きの声を上げてしまい恥ずかしくなる。
「……あのな、柊。値段が十倍高いからって十倍うまい訳じゃないと思うんだ。百円のチョコは十円チョコの十倍おいしくはないだろ?いや、たしかにおいしいはおいしいけど」
「そんなのわかってるよ。普段だったら絶対食べないから特別なんじゃないか」
「そういうものっすか」
腕を組んで首を傾げて苦い顔をする。
柊曰く、物は壊れたりなくしたりしてしまうかもしれないけど、一緒に特別な何かを食べたと言う記憶や思い出は消えない。だから物より記憶というか体験というか。とにかく共有できるものがいいそうだ。
「でも記憶喪失になるかもしれねぇじゃん」
何となく格好のいい言葉に抵抗してみたくなり、我ながら下らない事を言ってしまう。
すると柊はクスリと笑う。
「そしたらもう一度一緒に食べるよ」
こりゃモテるわけだよなぁと一人納得してしまう。でもそんな恋愛有段者の行いを俺の如きトーシローが真似できるわけもない。
「……んー、やっぱり無難に物にするわ」
「いいと思うよ。本人に直接聞いてみれば?何か欲しいものある?って」
初手から最終手段。何となく気恥ずかしい。欲しいものを聞くということはプレゼントをあげるということだ。俺が。白田に。
「勝手な想像だけど、何をあげても喜んでくれると思うよ」
自信過剰かもしれないけれど、それは俺も同意する。極端な話、何の変哲もないシャーペンをあげても喜びそうな気さえする。けど、だからと言って適当なものをあげていい理由にはならない……と思う。
ううむ、と無意識に唸りつつ考えてみる。例えば白田から『欲しいものある?』と聞かれたら俺は何と答えるだろう。生憎このところ忙しかったり色々ありすぎて欲しいものってすぐには思い浮かばない。自分で買うのが現実的でないお高いものであれば、まぁ欲しいと言えば欲しいものはある。だが、俺が冗談で言ったとしてもマジで買って来そうな凄みが白田にはある。
『クリスマスプレゼント、何が欲しい?』
意を決して聞いてみる。
割といつもそうなのだが、あまり間を置かず返信が来る。
『言ったら絶対くれる?』
『あ、やっぱキャンセルで。お楽しみに』
ちょっと予想とは違った返事が来たので、いったん打ち切る事にする。やっぱり自分で考えるか。