ずるいじゃん
◇◇◇
『あのマネージャーさんが例の人?』
スタジオ袖の五月を見てそう言った濱屋らんは白田桐香のどんな反応を想像してそう言ったのだろう?
すでに隠してはいない。地上波では個人情報に配慮して五月の細かな情報は流れていないが、SNSやネットでは特定の動きが出ていて、中には五月の写真や名前が載っているところもある。五月も白田も、公表すると決めた時からそんな事態もリスクも織り込み済みだ。
白田桐香は少し照れながらもコクリと頷く。
「……そう、ですけど」
期待通りの答えにスタジオ前の観覧客たちは歓喜の声を上げ、めいめいに手を上げ飛び跳ねる。
「えぇ~!?やっぱり!?ちょっと近く行ってこよっ。突撃~♪」
ヒラヒラと舞うように席を離れ、スタッフから手渡されたピンマイクを首元につけつつ濱屋はスタジオ袖の五月の下へと向かう。
「えっ!?ちょっと、濱屋さん……!」
慌てて白田も立ち上がり、公開収録にも関わらずテーブルは無人となる。白田も濱屋を追うが、スタッフから渡されたピンマイクを付けるのに手間取り出遅れる。
「こんばんは~♪わぁ~、噂通りカッコいいですね~。イケメン!」
眼前に迫り顔を近づけてくる濱屋に苦笑いを浮かべつつ一歩距離を取る五月。実際には、不細工ではないもののひいき目に見てもイケメンとまではいかない。濱屋の言葉を受けて聴衆たちからは『見たーい!』と声が飛ぶ。
「桐香ちゃんの告白断ったって本当なんですか?」
イエスもノーも下手に答えられないので、困った顔でまるでパントマイムの様に濱屋に席に戻るように促す。
「今彼女いないんですか?桐香ちゃんと同じ年って事はうちの一歳年上ですよね?年下はお嫌いですか?」
答えられない五月をサンドバッグにするようにニコニコと笑顔で畳みかける。触れるほどの近い距離。
困り顔で汐崎太郎マネージャーが割って入る。
「らんちゃん、その辺にしておこうよ。ほら席に戻って戻って」
「え~。だってタイプなんだもん。太郎ちゃんよりずっと若くてかっこいいし~」
「や、ちょっと濱屋さん。……そんな冗談言ってるとみんな誤解しちゃうよ?」
漸く追いついた白田が苦笑いを抑えつつ苦言を呈するが濱屋は耳を貸さずに五月に微笑む。
「……一目惚れって信じますか?」
「濱屋さん!」
もう愛想笑いをする余裕も無い白田。放送事故寸前のやり取りに観衆も聴衆も大盛り上がり。芸能界に入ったのは二年程前。歯に衣着せぬキャラクターながら今までスキャンダルフリーだった彼女の突然のこの発言なのだからそれも当然と言える。
「あー……、すいません。そういった話は収録の後にしません?ほら、みんな待ってますし」
仲裁をする五月の声は濱屋のピンマイクが拾っている。
「了解です♪みんなごめんね~、お楽しみは収録の後でした。それじゃ気を取り直して始めようか、桐香ちゃん」
白田は困惑した表情で袖の五月を見るが、自身の口角に指を当てるジェスチャーをする彼を見て笑顔を思い出す。夢と嘘を売るお仕事。
「もうっ。だから最初から言ってるでしょ」
何事も無いように、あきれ笑いで濱屋を諭す……フリをする。
――結果の話。この日放送されたラジオ番組『+SIX』の生放送は、現代のラジオとしては異例な程の聴取率を記録し、SNS界隈でも大盛り上がりを見せ、『+SIX』『白田桐香』『はまにゃん』『五月マネ』のワードは揃ってトレンド上位に並ぶことになった。
席に戻ってからは驚く程穏便に番組は進み、幾つかの軽い打ち明け話やお勧めダイエット法などのガールズトークが繰り広げられ、大反響のまま番組は幕を下ろす。因みに白田桐香のお勧めダイエットは糖質制限、レコーディングダイエット、ジョギング等の適度な運動の三点セットだった。
「それでは、そろそろお時間となりました♪濱屋らんの『+SIX』今日のゲストは白田桐香ちゃんでした。聴いてくれた皆さんも見に来てくれた皆さんもまた来週この時間にお会いしましょ~。ではでは。んふふふふ」
意味ありげな含み笑いをしながら観衆に手を振り別れの挨拶を告げる。
◇◇◇
収録を終えて宣言通り五月に会いに白田の控室を訪れる濱屋らん。
「ちょっと~。そこどいてくれない?」
控室の前では白田桐香が手を広げて通せんぼをしている。
「嫌です。雨野さんはもう帰りました」
「うわぁ♪雑なウソ吐くね~。帰ったならいいじゃん。中でガールズトークの続きしようよ」
「嫌です。わたしももう帰ります」
「うん、じゃあ帰っていいよ。お疲れ♪また呼ぶね」
通路にしゃがみ込みながらひらひらと白田に手を振り別れの挨拶を告げる。
白田もムッと頬を膨らませてその場にしゃがみ込み、濱屋を睨むようにじっと見る。
「お?お?もしかして喧嘩売ってる?」
何故か嬉しそうな濱屋らん。白田は扉の前に膝を抱えて座りながら、じっと濱屋を見据え続け、ぼそりと口を開く。
「……本気、なんですか?」
「だったらどうなの?『わたしの男取るな』って?んっふふふ」
自信に満ちた挑発的な笑みを受けて、白田は自信なさげに眉を寄せる。
「それは……、わたしが決める事じゃないので。……決めるのは五月くんだから」
「じゃあどきなよ。言ってることめちゃくちゃじゃん、あんた」
「やだ」
子供が駄々をこねる様に言い放ち、また濱屋を睨む。するとピロンとスマホが鳴る。五月からのメッセージと着信だけは他と音が違うのですぐにわかる。スマホを取り出して画面を見ると、如何にも渋々ながらも扉の前を退く。
キィと扉が開いてへらへらとした愛想笑いと共に雨野五月が現れる。
「いやぁ濱屋さん、あんまりうちの白田を苛めないで下さいよ。冗談通じないんでなんでも真に受けちゃうんですから。ていうかラジオめちゃくちゃバズってますけど、作戦すげぇっすね」
「んふふふ、別に冗談でも作戦でもありませんけど~?」
立ち上がると五月に歩み寄る。身長は高一女子の平均身長ほどなので、五月と比べると割に差がある。
五月の横に立つ白田はギュッと五月のスーツの裾を掴み、自信なさげな表情で濱屋を見ている。濱屋はチラリと白田に送った視線を五月に戻すとニッコリと満面の笑顔を見せて五月の両手を取る。
「五月さん、今度――」
「らんちゃん!トイレに行くって言ったじゃないですか!まさか本当に白田さんのところに来てるなんて!あぁ、もうっ!すいませんすいませんすいません!」
タイミングよく濱屋のマネージャーの汐崎太郎が血相を変えて走ってくる。そして到着するなりぺこぺこと二人に頭を下げる。
「白田さん、本当に今日はお疲れ様でした!重ねてご迷惑をお掛けした事をお詫び申し上げます。懲りずにまたご一緒させていただけたら幸甚であります」
汐崎が頭を下げるのを見て困り顔の濱屋。
「太郎ちゃんが謝る事じゃないでしょ~」
「いやいや、そうは行きません。タレントを守るのがマネージャーの務めですから。本当にもう。こう見えて根はいい子ですから、是非これからも仲良くしていただければと思います」
「はーい、いい子です♪邪魔が入っちゃったので今日は大人しく帰りますね。行くよ、太郎ちゃん」
汐崎マネの服を引くと、五月に向かって手を振る。
「では、また♪」
二人が立ち去り、白田はどっと疲れを感じて大きくため息をつく。
「……ちょうどよくマネージャーさんが来てくれて助かった」
「そうだな、都合よく来てくれて助かったな」
そう言って五月はスマホの画面を白田に見せる。そこには汐崎マネの携帯番号。
――そして白田の控室を離れる濱屋と汐崎。
「それにしてもらんちゃん。好みのタイプとか、ひとめぼれとかさ、社長かなり怒ってるよ。うち恋愛関係表に出すのはちょっと……さぁ」
自身の控室に戻り、両手で耳を塞ぎながら汐崎からの小言を受ける濱屋。塞いではいるが、まぁ普通に聞こえる。
「別にいいじゃん。本気で言ってないんだし。あの子を困らせたかっただけだもん。んふふふ、見た?あの顔」
特に反省の様子もない濱屋に汐崎も困り顔だ。
「歳は白田さんが上だけどこの業界ではらんちゃんの方が先輩なんだからさ、いじめないでかわいがってあげなよ。ね?」
「んん~、それは無理」
「無理!?何で!?」
「だってさぁ――」
少し考えた素振りを見せた後で、ちらりと一度横目で汐崎を見る。
「……ずるいじゃん、あの子だけ」
一言呟くと照れ隠しの様に座る椅子をくるりと一度回した。