どちらにせよ弟か
◇◇◇
『今日もお仕事です』
白田桐香公式SNSが無機質に近況を告げる木曜日。
「桐香ちゃんはお仕事みたいだけど、今日は五月くん仕事じゃないの?」
「えぇ。あいつ今日は学校休んで仕事なんで。だから俺は急に休みになりました」
強制的に社長から与えられた休日、どうしようかと暇を持て余しかけていると偶々柊の彼女の詩子さんからお呼びがかかる。
「ところで実際に桐香ちゃんの撮影現場はもう見た?」
「ファッション誌のやつと、CM撮影なら」
歩いたり、座って話したり、時折ポーズを取ってみたり。カメラを持っていると全く意識していない様に見えるほど、詩子さんは撮られ慣れている様に感じる。
「へぇ。どうだった?」
「んー。白田すげぇな、って」
「あはは、率直だねぇ」
卑屈とかでなく、本当に率直な感想。スタジオにいるたくさんの大人、スタジオにいないお偉方、その全てが白田桐香ありきの感覚。そして、カメラの前の白田の存在感。難しい言葉は要らない。ただすげぇ、って思った。
「ただ、正直言えば――」
「言えば?」
詩子さんの復唱にコクリと一度頷いて言葉を続ける。
「加賀美恭也の撮影が見たいっす」
確かに撮影の時の白田はすごい。でも、もっとすごい事を俺は知っているし、それを引き出すのは加賀美恭也だと言うことも知っている。正直、嫉妬も分不相応なライバル視もある。だからこそ、見てみたい。あの写真達がどうやって生み出されるのかを。
詩子さんはなぜか嬉しそうに笑う。
「あと一年と少しだからね。絶対勝つぞ!」
「いやいや、勝ち負けじゃあ……」
と、言いながら考える。
「……いや、勝ち負けっすね。一枚だけで良いんで勝ちます」
「あはは、も~!あたし五月くん大好き!よしよし!」
ペシペシと俺の肩を叩いたかと思うと背伸びして俺の頭をよしよしと撫でてケラケラと笑う。お恥ずかしい話だけど、面と向かって大好きとか言われると照れる。
「そんな事言っていいんですか。柊に言いますよ」
「いいよ~。柊くん嫉妬してくれるかなぁ」
取りあえず写真を一枚パシャリと撮る。
――閑話休題。
「詩子さんの話聞いていいですか?」
「ん?好きになっちゃった?」
「あ、じゃあやっぱ止めます」
「うそうそ、聞いて聞いて」
小さい体でぴょんぴょんと飛び跳ねる姿を見ていると、本当に年上なのか疑わしくなってくる。
「コスプレ始めたきっかけってなんかあるんですか?」
詩子さんは難しい顔をして腕を組み、首を傾げる。
「んー。他に似合う服が無かったから?」
「え、なんすかその理由」
「ほら、あたしってこんなちんちくりんでしょ?背も低いし、足も短いし。んで胸だけはまぁまぁあるじゃん」
「すげぇ、全部同意しづらい」
「昔からおしゃれは好きだったんだけどさー。雑誌に載ってる服とか来てもまぁ似合わない訳ですよ。そりゃそうよねぇ、体型が違うんだから。桐香ちゃんみたいなモデル体型なら似合うような服があたしには似合わないのよ」
なんと相槌を打ったらいいか困っていると、詩子さんはスマホでアニメキャラの画像を出す。
「で、ある日ふと思ったの。この子達の恰好なら似合うんじゃないか、って。あははは~、単純でしょ?ぶっちゃけ看護師になったのもナース服着たかったからって理由も何割かあるし。まぁお陰で柊くんに会えたから大正解だったわけだけど」
「なるほど。色々あるんすね」
「そうだよ~?チビはやせても太ってもチビだからね、うん」
「……そういう話、勿論柊も知ってるんですか?」
「ん?知らないよ?言う訳ないじゃん」
頬杖を突いた詩子さんはケロリと答える。
「余裕ある年上のお姉さんでいたいからねぇ、柊くんの前では」
優しく微笑むその表情につい手は止まってしまう。写真、と思い出した時にはいつものように明るい笑顔に戻っていた。
「ところで、いつになったらあたしは桐香ちゃんに会えるのかな~?」
「あー、白田からも言われてますそれ」
「でしょう?ほら、これあたしの勤務表ね。夜勤明けと休みの日は基本平気だけどこのハートの日はダメ。理由はわかるね?」
なぜか得意げな笑みを向けてくる。
「えぇ、まぁ。じゃあちょっと調整してみます」
「ふふふ~、マネージャーっぽいねぇ」
秋も過ぎて、日が落ちるのはもう大分早くなる。四時半にもなればもう暗い。
菓子休憩を挟んでいると、ピロンとスマホが鳴る。
『お疲れ。今から行ったらお邪魔?』
『んな訳あるか』
『じゃあ行こうかな』
相手はイケメン元ヤンキー和久井柊。今日は確かクラスの友人と遊ぶと言っていたが、もう終えたのだろう。曰く、『柊の青春の邪魔をしたくない』彼女は柊と友人の都合を優先する節がある。
チラリと詩子さんを見ると、何やらにやにやと俺を見ているのでメッセージの相手を勘違いしている事は確実だ。
「あ、気にせずごゆっくりどうぞ。うふふふふ」
勝手に気を使って勝手に含み笑いをしてスナック菓子を二つ三つ頬張る。
「あざっす」
なので、俺も特に誰とは答えないでおく。
恐らく駅前付近で遊んでいたのか、十五分程して柊も公園に到着したようだ。辺りはもう大分暗い。間隔を開けて緑を照らす外灯。
急に柊が来たらびっくりするだろうな、とささやかなサプライズを仕掛けつつカメラを構える。
だが、詩子さんは遠く豆粒の様なサイズの柊を見つける。
「あっ、柊くん!?」
急に立ち上がると全力で柊の元へと駆け出す。
「えへへ、も~どうしたの急に!わかった、あたしに会いたくなっちゃったんでしょ~」
「転びますよー」
「大丈夫~、あっ!」
という間に躓き前のめりになる。足元は暗く、草やら根やらででこぼこだ。だから言ったのに、と思ってもあとの祭り。だが、なんと詩子さんはそのままくるりと前回り受け身を取ると、何事もなかったかのように柊の元へとたどり着く。
「詩子さん。暗い中で走ると転ぶよ」
唖然とする俺とは対照的に柊は何事もなかったかのように詩子さんの服をパンパンと払う。
「うん、転んでも大丈夫だから。でもありがと」
詩子さんも嬉しそうに笑いながら黙って服を払われる。そして、困惑の表情を見せる俺をチラリと見て笑みは得意げな笑みに変わる。
「えーっと、今の受け身は……?」
「ん?前回り受け身。惚れちゃった?」
「いやいや。何故咄嗟にそんなのが出るのかを聞いてるんすけど」
「うん、高校まで柔道やってたからね。黒帯だよ」
「あ、そうっすか」
「なんなら柔道も教えてあげようか?」
言いながら何やら投げ技のような素振りを見せる。
「や、結構です」
「仲良いねぇ」
俺と詩子さんのやりとりを柊は微笑ましく見守る。
「や、仲良いとかでなく師匠と弟子みたいなもんなんで」
「え、そう?あたしは弟みたいなものだと思ってるんだけど」
師弟と姉弟。まぁどちらにせよ弟か。