白田桐香の物語
◇◇◇
「えーっと、桐香ちゃん。週刊誌に載ってたけど、自分白雪姫からシンデレラに改名した方がいいんちゃう?」
「や、……どっちも自分で名乗ってる訳じゃありませんし」
かつて白ブタと呼ばれた白雪姫のシンデレラストーリーは、出演したトークバラエティでも格好の話題のタネになった。
「んで、どうなん?勿論その子はもうバッチリ振り向いてくれてんのやろな?」
「いやー、断れる男子おらんでしょ。高校生男子なんてそんな真っ盛りな。猛獣の檻に鹿肉放り込むようなもんやで」
直球突っ込んだ司会者の質問に白田は困り顔で首を傾げる。
「そう……だといいんですが。告白はしたんですけど、一度振られちゃってるんで」
まさかの返答にスタジオはどよめく。
「あーわかった。相手僧や、僧」
「まぁー、後はガッツリ稼いで札ビラで頬パーンとやったるしかないわな」
「どんな女やねん。相手僧やで?札ビラ効かんやろ」
「あぁー、僧かぁー」
自分から言うことでもないけど、聞かれたら隠さずに答えるスタンス。相手が一般人と言うこともあり、ありがたいことに今の所相手探しは本格化していない様子。
――で、午後十時。いつもの帰り道もまだ何とか続いている。
白田の新しい学校は駅から急行三十分に乗り換え一回。元の学校から考えると割に遠い。
「五月くんは僧なの?」
「違う。無宗教」
何の事を言っているのかは、俺も番組を見たから知っている。白田はニヤニヤと笑みを浮かべながら俺の表情を覗き見る。
「断れる男子おらんでしょ、って」
「そりゃおらんでしょうなぁ。て言うか俺断りましたっけ?」
「ううん、キープされてるだけ」
「……キープって。言葉を選べ、言葉を」
白田は楽しそうにクスクスと笑う。
「ふふ、ごめんごめん」
「ところで、通学は平気?」
「うーん。変装してマスクして乗ってるから今の所は平気だよ。車で送ってくれるって話も出てるんだけど、流石にそこまではと思って」
「送ってくれるならその方がいいと思うんだけどなぁ。稼ぎ頭なんだからその位の待遇受け入れてもさ。何か問題が起こるよりその方が良いだろ」
バイト先のコンビニからうちまでの徒歩十一分。制服の変わった白田との帰り道。
「ご両親は何か言ってる?」
「学業との両立と身の安全」
「学業の方は平気だな。最低でも大学は入れるから」
俺の言葉に白田は眉を寄せる。
「え、わたし今でさえそこまで成績よくないんだけど」
「白田の場合ほぼ間違いなくAO入試とやらで大学受かるから。有名私大でも全然オーケー」
指で丸を作りつつ打算と計算に満ちた発言をしてけらけらと笑うと、白田は不服そうに口を結び、俺をじっとみる。
「なんかズルみたい」
「いやいや、ズルくない。そういう制度があるんだから」
「……ふーん。そっか」
余談ではあるが、鉄道会社の例のスキーのCM。ポスターの盗難が各地で相次いでいるらしい。良くないことなのは間違いないが、それも今の白田の話題性を上げるのに一役買っていると言える。
「あ、五月くん。明日の放課後ってなにか用事ある?」
「いや、特に何も」
勿論即答。基本的にはバイト以外に用事はない。あぁ、たまに詩子さんに呼ばれて写真の練習をする事があるが、明日はそれもない。
「うちの社長がね、明日五月くんに事務所に来て欲しいって」
「え、何で?」
訳の分からないお誘いに間の抜けた声が出てしまう。白田は首を傾げる。
「理由は分からないけど。時間は五月くんの都合が良い時間に合わせるって」
立ち止まり、腕を組んで首を捻る。
白田の事務所とやらは『あの日』の後、一度だけ行った事がある。都内某所の古びた雑居ビルの一室。ラフな服装で、茶色の短髪に無精ひげ。加熱式喫煙具を咥えた愛煙家が社長と呼ばれる人物だった。
学校でのトラブルや、白田が芸能界を志した理由などを洗いざらい話し、俺と白田の決めた方向性に一応納得して賛同してくれた。
「……一応聞くけどさ、あの人ヤクザとかじゃないよな?」
「多分違うと思うけど……」
正直な話、呼ばれる心当たりは幾らでもある。
白田桐香と言うこれから幾らでも金を生めそうな金の卵。勝手にそれに賞味期限をつけた俺の存在なんて本来疎ましくてしょうがない筈だ。
「白田も行く感じ?」
恥ずかしい話だけど既に心臓の鼓動が速い。
「うん。呼ばれてはいないけど、五月くんが行くなら行こうかなって。仕事も入ってないし」
「……了解、って伝えておいて」
白田も同席するならそうおかしな話にはならないはず。そして幾ら何でも命までは取らないはず。
◇◇◇
翌日、夕方五時に白田と事務所を訪れる。なけなしのバイト代から一応手土産を持参する。
「おーう、桐香。お疲れさん」
室内に入るとスポーツ新聞を眺めていた社長が顔を上げる。
「呼びつけたみたいで悪かったね、雨野くん」
視線を俺にやりニッと口角を上げる。
「いえ、そんな事ありません。沢山お世話になって、沢山ご迷惑を掛けていますので。これ、よかったら皆さんで召し上がって下さい」
頭を下げて手土産を渡す。
「あぁ、こりゃご丁寧にどうも。さて、早速で悪いんだけど少しお話してもいいかい?ちょっとこっちの部屋で」
右手で促された別室。俺と白田が向かおうとすると、白田は制止される。
「おっと待った。桐香、お前はダメだ。男同士の話だから茶でも飲んで待ってろ。おーい、沢入お茶。今貰った菓子もな」
「……何でですか?」
「何ででも、だ」
理屈にならない理屈を堂々と述べる社長の薄笑いを見て、手のひらに汗が滲んでくる。
何となくいつもと違う空気を察した白田はその場に立ち止まり抗議の視線を社長に送り続ける。
何秒か黙って社長を睨んだ後で『嫌です』と短く答える。
「あー、じゃあいいや。無理にする話でもねぇし。そんじゃ雨野くん。この話は無かったって事で。いやぁ、残念だなぁ。いい話なのに」
へらへらと笑いながら社長は加熱式喫煙具を一吸いする。液体を加熱して煙にするタイプのようだ。タバコの臭いはしないが、白い煙を口から吐き出す。
「だから何なんですか。内容を言って下さいってば」
「いやいやいや。別に何も。まぁせっかくだから雨野くんの持ってきてくれた菓子でも食って帰ればいいんじゃねぇかな」
白田はじっと抗議の視線で社長を睨む。
「社長が呼んだんですよ」
「それは悪いと思ってるさ。何なら足代くらいはお包みしますぜ、白雪姫様」
語気を強めて社長と対峙する白田が何となく物珍しくて、ついそのまま眺めてしまうが、そんなことをしている場合でもない。
「白田、ちょっと待っててくれる?」
多分白田は俺を守ろうとしてくれているのだろう。トントンと肩を叩いてそう告げると驚いた顔で俺を見る。
「でも五月くん……」
「大丈夫だって。それじゃ、お願いします」
社長はニヤリと笑い喫煙具を一旦しまうと、別室へと俺を促した。
室内は応接室のようで、古びた雑居ビルとはいえ、この一室は比較的綺麗に保たれていた。防音もしっかりとしているようで、さっきまで聞こえた車の音などももう聞こえない。
社長は室内に入るとカシャリと扉を施錠する。
「さて、まず最初に言っておく」
ソファにどかりと腰を下ろした社長は入り口の扉を手で示す。
「その扉は今施錠してある。だがこれは外から入られない為であり、君を閉じこめる意図では無い。サムターンを回せば容易に扉は開く。よって、これは監禁ではない。いいね?」
不穏な前置きにゴクリと唾を飲む。
ラフなシャツの首元にチラリとタトゥーが覗く。
『それじゃあ話をしようか。お前らのお伽話のお返しに、大人の現実の話を――」