おとぎ話の続き
◇◇◇
白田桐香は学校を辞めた。正確には芸能科のある学校へと転校した。十月の途中。高校二年の二学期の途中。
来月は修学旅行で北海道に行くはずだった。
「桐香の新しい学校は修学旅行どこに行くのー?」
だだっ広い公園の池の畔、年季の入った木のテーブルを白田たちと囲みながら伊吹こずえが問いかける。足を組んでベンチに座り、テーブルの上にパーティ開きで置かれたスナック菓子に手を伸ばしつつ平静を装って問いかける。
「うん、オーストラリアだったって。もう終わってるみたい」
「へぇー、そう。そりゃ残念だねぇ。あと一ヶ月うちにいれば北海道いけたのにねー」
「北海道はこないだCMの撮影で行ったよ、一泊だけど」
「へっえーっ、さすが芸能人様っすね。うちら庶民は精々北海道楽しんで来ますねーっ」
頬杖を突いてわざと露悪的に、出来るだけ嫌みに伊吹は言い放つ。
だが、彼女がそんな事を言う人間では無いことは白田桐香も百も承知だ。
「お土産買ってきてね」
ニコニコと微笑みながらそう告げると、ムッと伊吹こずえの眉が寄る。
「やだ。絶対買ってこない。あと一ヶ月くらいいればいいじゃん。ね、いいんちょもそう思うでしょ?」
話を振られて委員長も困惑顔。
「そうは思うけど、桐ちゃんが自分で決めたんだもの。勿論尊重するわ」
「薄情。綺麗事。偽善者。そんなのいいからお涙頂戴でも何でも引き留めればいいじゃん」
「引き留めるもなにももう転校してるじゃない」
「そこを何とかするのがあんたの役目でしょーが」
自分で言っていて支離滅裂な無理難題だと伊吹本人も百も承知だ。それでもやはり納得できない。
自分の至らなさで白田が転校してしまったとの自責の念は今でも消えない。
「仕事、辞めればいいじゃん」
写真集は今や年間売り上げの第二位に位置して、CMも話題沸騰中。そんな旬真っ盛りとも言える彼女に向けられる不釣り合いな言葉。
「望みは叶ったんでしょ?ならいいじゃん。辞めて普通の高校生活を送ったってさ。……もし辞めてもちょっかい出してくる変なのがいたら、絶対わたしが守るから――」
言いながら伊吹の目からはポロポロと涙が零れ、それを袖でグイッと拭いながら言葉を続ける。
「だから一緒に卒業しようよぉ」
顔をクシャクシャにして、まるで駄々をこねる子供の様に人目をはばからず伊吹は泣く。
「ありがとう」
入学してから一年半と少し。隣のクラスだったにも関わらず、入学してすぐに声を掛けてくれて友達になってくれた。オーディションを受けるキッカケにもなり、本格的な活動を始めた後には周囲の色々な物から守ってくれた。身を挺してガラスからも守ってくれた。
全て貰ってばっかりだ。
「こずえは優しいから、一緒にいたら……もし何かあっても本当にまた守ってくれると思うの。でもね、いつもいつも守って貰ってるだけじゃ、いつか友達だなんて思えなくなっちゃうんじゃないかって。だから対等に……、ううん、いつかわたしが守れるように!強くなりたいって思ったんだ」
だから、離れる選択をした。
伊吹はふーっと一度息を吐き、委員長から渡されたハンカチで目元を拭うと、ジッと白田を見て人差し指を立てる。
「じゃあ一つ条件がある」
「……何であんたが条件出すの?」
そもそも既に転校の手続き自体終えている。それでも白田桐香はコクリと頷く。
「何でも」
「桐香のファンクラブ、作ったら会員番号一番は絶対わたしに頂戴。さっちゃんでも委員長でもなく、絶対わたしに。入学式の日に、わたしが見つけたんだから。……すごい綺麗な子がいるなって。芸能人かなって。だから絶対にわたしに頂戴ね!」
「……勿論!約束する!あの日声を掛けて貰って、……本当に嬉しかったんだからぁ」
それから先は言葉にならなかった――。
◇◇◇
毎週月と水はコンビニバイトの日。今日は水曜日なので、バイトの日。
コンビニには季節毎に様々な季節限定商品が並ぶ。所謂限定商法というもので、無くなる前に買って下さいねと購買欲を促すとかそんな感じ。詳しくはないけどそんな感じ。
雑誌棚に並ぶ週刊誌。漫画誌でなくスクープとかゴシップの類が載るその雑誌の表紙には白田桐香の文字が踊る。
ページをめくると見出しはこうだ。『白ブタから白雪姫へのシンデレラストーリー』。
内容は、脚色無しに大体そのままありのまま。昔太っていた白田桐香は想いを寄せながら疎遠になってしまったとある男子に振り向いて貰うために、ダイエットして芸能界を目指した、という内容。厳密には芸能界を目指したわけでなく漫画誌のグラビアを目指した訳なのだが、出版社の違いがどうとかでぼかされている感じだろうか。
とにかく大体そのままだ。それに加えて高校卒業を以て芸能活動を終了するとも書かれている。
白田の事務所の社長にもありのままを話し、当然許可を貰っての雑誌掲載だ。
隠しているからこそ人は気になり、暴こうとするわけで、予め公開しておけばそれはエンタメの一つとして世の中に認知されるだろう、との社長の見込み。
そしてエンタメとして消費される。
嫉妬や心ないファンから『想い人』に向けて、何か不利益があるかもしれない。
それでもいいと思った。
関わる人達みんなが百パーセント満足できる結果なんてきっとおとぎ話にしか有り得ない。
だから俺も、白田も、事務所も、ファンも、友人たちも。勝手かもしれないけど皆が少しずつ不利益を被りながら、出来ればそれより少しでも多く良いことを返せればいいなと思う。そして俺と白田はゆっくりと前に進もう。
そんな打算と計算の現実の話。
おとぎ話の続き。