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午前一時のシンデレラ

◇◇◇


『開いてるよ。わたししかいないから』


 インターフォンを押すと、白田からのメッセージが届く。


『開いてるって……。入っていいのか?』


 玄関先で暫く待っても返事は来なかった。何分か……スマホの履歴によると四分待っても返信は無い。


 何と送るか考えて、ウーパールーパーのスタンプを送る。いくら何でもここで尻尾を巻いて帰るような腑抜けではない。


 洒落たデザインの門を開き、玄関の扉へと歩を進める。きちんと手入れされた花壇の隅に、小学校の時に持って帰った朝顔の鉢が見えた。名前は知らないが、そこにも花が一輪植えられていた。


 玄関の扉に手をかけ、一瞬間を置いた後に引くと、白田の言うように鍵はかかっておらず、扉は開く。


「お邪魔します」


 扉を開くと、当たり前だがそこは白田の家だった。


 ここを訪れるのは小学三年以来だからもう八年も経つのか。


 最新のゲームや、話題のおもちゃ。あの頃白田はそれらを大概持っていて、いつも『パパが買って来ちゃうんだ』と少し迷惑そうに呆れ笑いを浮かべていた。


 八年経っても勿論白田の部屋は覚えている。


 三階建ての一軒家、階段を上りきって一番奥。真っ白い扉の部屋だ。


 八年後、こんな形で来ることになるなんてあの頃は夢にも思わなかった。


 コンコン、とノックをする。

「白田。入るぞ」


 返事は無いが扉を開ける。


 八年前とはベッドも机も何もかも変わっていたが、そこは紛れもなく白田の部屋だった。


 パステル調のしっかりと折り目の付いたカーテンは隙間なく閉ざされていて、明かりも付いていない室内は暗いが、廊下から入る明かりからベッドの布団が盛り上がっているのが分かる。


「白田」


 返事はないがベッドに近付く。


 何か声を掛けようと思った。


 何を言えばいいんだろう。ベッドサイドに立つと、布団の塊が呼吸のリズムで微かに揺れるのがわかった。そのまま見下ろすのが嫌だからベッドにもたれて座る。


「白田」


 また名前を呼んでしまう。


 無責任に大丈夫なんて言いたくない。白田は悪くないなんてのも何の救いになる。


「……体調、平気か?」


 結局辛うじて口を出た言葉はそんな当たり障りの無い物だった。


「閉めて。眩しいから」


 背中越しにぼそりと声が聞こえる。

「あ、あぁ。悪い」


 立ち上がり、白い扉を閉めると部屋は真っ暗になる。それと同時に、部屋はしんと静けさを増す。


「ありがとう」

 再びベッドを背に座ると暗闇から声がする。


「ごめん、白田。……正直な話、何を言ったらいいのかわからない」


「ううん、来てくれて嬉しい」


 布団の擦れる音がしたかと思うと、ギッとマットレスのバネが軋む音がする。


 ベッドに寄りかかる俺の肩にぎゅっと両手が回される。その手は震えていた。


「……本当は、ただずっとこうしたかっただけなのに」


 どこから間違えちゃったんだろう、と白田桐香は呟いた。


「覚えてる?小学校一年生のプール」


 暗闇の中、頭のすぐ後ろから白田の声がする。耳の辺りに吐息がかかるくらいの距離。


「パンツ?」


 衣着せぬ言葉に白田は少しだけクスリと笑った。

「覚えてるんだ。嬉しいような恥ずかしいような……。絶対覚えてないと思ったのに」


 俺の肩を抱く白田の腕にぎゅっと力が入る。

「あの日から今までずっとずっと好きでした。また五月くんと仲良くなりたくて……その為に頑張ってダイエットして、オーディションに応募して、五月くんの読んでる雑誌に載れるように頑張りました」


 声は揺れる。きっと白田は泣いている。


「そ……そうすれば、少しはわたしの事を特別だと思ってくれると思って。目的は果たしたのに、それでも少しでもかわいいって思ってほしくって……、そんなずるいことを考えてたから、こずえは――」


 途中から声は嗚咽混じりになる。


「本当、魔法みたいに色々なことが上手くいったから、……勘違いしちゃったんだ。白雪姫だとか言われて、皆にちやほやされて。でも、きっともう魔法は解けちゃったんだよね。こずえにどう償えばいいのかわかんないよ……」


 俺は白田の手に触れる。布団に入っているのにひんやりと冷たい。一度息を吸って、吐く。吸った空気からは白田の髪の匂いがした。


 白田の手に触れる。


 白田の冷たい手に俺の手の温度を移すようにギュッと握る。


 そして手を身体から離す。

「ウジウジうるさいな。離れろ白ブタ」


  

「え……」

 声に反応して白田の手が一度ピクリと動き、拒否するように手は再び俺の身体を覆おうとする。


 だが、俺はその手をもぐいと引き離す。

「だから止めろって白ブタ。くっつくな」


 小学三年の途中から今日まで、クラスの男子たちが白田を白ブタと揶揄する中で俺は一度もそう呼ばなかった。『あっち行け』とか『ついてくるな』と拒絶はした。きっと、白田の好意にも薄々気が付いていながら。


 言い出しっぺは紙谷だった。俺は一度も呼ばなかった。多分、白田もそれを知っている。


 情けない話なんだけど、同罪だと言いながらきっとそれは小さな俺の卑小でちっぽけな拠り所だったんだと思う。恐らく、白田も同様に。


 それはもう壊れた。


「白ブタ」


 口にする度にあばらの隙間から刃物で貫かれるような錯覚にとらわれる。


「……もう言わないでよぉ」

 

 白田は泣きながら、俺を後ろから抱きしめる。


 その手につっと涙が伝ってしまい、俺も泣いている事を白田に悟られる。


「……泣いてるの?」


 ズッと一度鼻をすする。涙は止まらない。部屋が暗くてよかった。


「泣いてないよ」


「泣かないで」


 もぞりとベッドの上を動き、白田と俺の触れる面積はさらに増える。


 にわかには信じがたい話だけれど、白田は俺の為に芸能界に入り、雑誌のグラビアを目指したらしい。


 そんな目的でそんな厳しい世界を目指す人間がどの位いるのだろう。どれほどの努力が必要だったのだろう。


 白ブタ、と呼び呼ばれた事で壊れてしまった俺と白田の関係を再び繋ぎとめるために白田は必死に頑張ったんだ。


 その傷を抉る。


 子供だましかもしれない。言葉遊びかもしれない。傷の舐め合いかもしれないし、心の傷は見えはしない。


 だからこそ、消えない傷を付けて同じ罪を背負う。そして一緒に前に進もう。そんな独りよがりな決意だ。



「白田。前に言ったよな?初恋は呪いだって」


 白田はコクリと頷き、俺は言葉を続ける。


「それ半分間違ってる。初恋が呪いなんじゃなくって、叶わない初恋が呪いなんだ」


「……それが、どうかしたの?」


「だから俺が解くよ。呪いも、魔法も、全部」


 振り返るとそこには白田がいる。暗闇の中でもわかるくらいの距離で。白田の頬に手で触れると頬はやはり涙で濡れていた。


 頬に手で触れ、間近で見る白田の顔は泣き顔でもやはり綺麗だった。


 何秒かそのままお互いの顔を見つめた後で、白田はギュっと目を瞑る。


 暗闇の中、顔と顔が触れ合う。


 ――呪いも魔法も全て解けたら、後に何が残るだろう?


 多分、きっと現実だ。






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