学芸会
◇◇◇
「なぁ、桐香。今度遊び行こうぜ。俺親父の車借りられるからさ。好きな車とかある?俺もう免許持ってるんだよね、ほら俺って誕生日四月だから」
馴れ馴れしく白田に話し掛けるのは学校屈指のイケメンとされる三年生のモテ男。
「すいませんね、センパイ。事務所の意向でそういったのは全部NGなんですよ。恋愛禁止なんで」
センパイと白田桐香の間に割って入り、ニコニコとお断りをするのは伊吹こずえ。白雪姫を守る騎士。実際には白田の事務所は恋愛禁止ではないが、勿論お断りをする為の方便だ。
センパイは面倒くさそうに眉を寄せると、伊吹を無視してまた白田に話し掛ける。
「写真集あれ沖縄だろ?俺も行った事あるよ。あの空気感は行かなきゃわかんねーよなぁ」
白田はニコニコと愛想笑いを浮かべながらも言葉は発しない。それが彼の自尊心を傷つけたようだった。
「あれ?もしかして芸能人様は俺みたいな一般人と話せない?」
「いっ……いえっ、そんな事は――」
「そう言うウザ絡みは止めて貰っていいですかねぇ」
「あぁ?」
白田を庇う伊吹と睨み合うセンパイ。
折り良く休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、センパイは舌打ちしながら教室を出る。
ハラハラしながら様子を見守っていた周囲もほっと胸をなで下ろす。
「……ごめん、ありがと」
「全然。姫を守るのがわたしの役目だから」
事も無げにケラケラと笑いながら伊吹は席に着く。白田の後ろの席が伊吹の席だ。
「つーか伊吹怖くねぇの?」
「怖いって、何で?」
クラス男子の問いに伊吹は首を傾げる。
「いや、だって先輩だし、男相手だぜ?下手に恨み買ったりしたらさぁ……」
そう思うなら――、と思うがその言葉は飲み込む。一クラスメイトの為に彼がそこまでする義理は無い事は百も承知。
「うん、別に。なったらなったでその時考えるよ。あはは」
「……強ぇなぁ、お前」
子供の頃から言われ慣れている言葉。子供の頃からずっと背の順は一番後ろだったし、ほとんどの男子よりも高かった。
起立、礼と挨拶が終わると、教壇に立つ教師はトントンと教科書の角で机を鳴らした後で白田を見る。
「あー、白田くん。授業が終わったら指導室いいかな。学年主任の等々力先生から何かお話があるようだ」
「え……、はい」
突然のご指名に内心首を傾げながらも返事を返す。
◇◇◇
伊吹と委員長は指導室の外でハラハラしながら白田が出てくるのを待つ。
「……こずえ、あんた部活は?」
「遅れるって言ってある。悪いけど部活行ってる場合じゃないでしょ」
「ひどいエースだなぁ」
「あのね、わたしはエースである前に桐香の親友だから」
入室して五分ほど経つ。
「何の話だろうね。委員長の見立ては?」
委員長は少し眉を寄せてチラリと伊吹を見る。
「そんなの十中八九芸能活動に関してでしょ。学校的には元々が容認と言うより黙認のスタンスだったわけだし」
「……ね、よーにん、ね」
真剣な面もちでコクリと頷く伊吹。
「絶対わかってない顔だな、それ。認めはしないけど見ていない事にする、ってスタンス。ここまで人気出ると思ってなかったんでしょ」
休み時間の度にクラスには人が集まり、SNSでは学校が特定され、時折校門外に出待ちがいたり芸能記者らしき人がいたりする。
「一応校則で明確に芸能活動が禁止されている訳じゃないけど……」
そんなやりとりをしているうちに指導室の扉が開き、白田が退室する。
「桐香!」
「桐ちゃん!どうだった?やっぱり芸能活動の事?」
「あ、うん。えっとね、取りあえず学校としては今の所校則で禁止もされてないから禁止はしないけど、特別扱いもしない、って」
そして学生の本分は学業にあるので、学校の成績は最低でも従来通りを維持する事。一部父母会役員から扇情的な写真が載る事を危惧する声が上がっているとも言っていた。
「せんじょーてき」
伊吹こずえは委員長を見る。
「情欲をそそる。要は欲情する、って事」
それを聞いて伊吹はプッと噴き出す。
「え、水着ですらないのに?さすがにそれは服着た女で欲情する己の|業を恨みなよって話じゃない?」
「ちょっと、言い方」
と言いながら委員長もクスリと笑う。
「要するに自分達でどうにかしろ、迷惑は掛けるな……って事かな?」
白田もコクリと頷く。
「多分。でも、そうだよね。わたしが勝手にやってるんだから、先生たちに迷惑なんて掛けられないよね」
「ほんっっと、いい子やのう」
◇◇◇
「五月くんはドラマとか見る方?」
「いや、見ない方」
「そっか」
金曜日。今日は五月のバイトも白田の仕事も無い。
五月のバイト先のコンビニから程近い喫茶店。一番奥の人目に付きづらい席が白田桐香の指定席だ。元々毎週月と水の夜にかなりの頻度で訪れている為、既に店主とも見知った中である。
一年程前からしばしば訪れるようになり、日に何度も店を出入りしていた。
『またすぐ戻りますけど、お金だけ先に払っておきます!』
食い逃げと誤解されないように真剣にそう言って店を出る。買い出しの時にたまたま近くのコンビニを外から眺める白田を見て……、正確にはその表情を見て店主は目的を悟る。
――彼女は恋をしているのだ、と。
その後、想い人と思しき男の子と一緒に来店した時には内心拍手を送った。店に置いたマンガ雑誌の表紙が彼女だったのを見つけたときは驚いたものだ。
とにかく、店主は人知れず白田の恋を応援している。奥まった席の周りには観葉植物を更に設置して、極力視線を逸らす様に努める――。
「この席緑増えたな、ジャングルみたい」
「ふふ、ね」
白田はストレートティー、五月はカフェオレ。
「で、話戻すけどドラマ出んの?いつ?」
「えっ!?何でわかったの!?」
「何でも何も大体いつもそう言う前振りがあるからなぁ」
白田は照れくさそうにアイスティーをストローでかき回す。
「……出るっていっても本当にちょっとだから」
「その言い方も前例があるからなぁ」
ちょっとだけ出る、と言いながら三十分丸々出演していたテレビ初出演時の話。
「や、でも今度は本当にちょっとだけなの。セリフも三つしかないし」
逆に言うとセリフが三つあると言うわけだ。
「小学校の時、学芸会ってあっただろ?あの時白田って何か役やってたっけ?」
五月たちの学校では一年おきに学芸会と展覧会が行われる。学芸会は二、四、六年の時だ。
「セリフのある役やったのは二年生の時だけだね。ニワトリB。因みに五月くんが何の役やったのかも全部覚えてるけど、聞く?」
「や、いい」
手のひらを前に出しお断りの意思表示をする五月に白田は得意げな笑みを向ける。
「なんならセリフも全部覚えてたりするけど」
「まじか。こえぇな」
「あ、ごめん。嘘。嘘だから、あはは」
ぎこちない苦笑いを浮かべる。覚えていることは確実だろう。
そして五月も言われて何となく思い出してきた。卒業アルバムにも載っていた、白田の役は空を飛べると信じるニワトリの役。空を飛ぼうとあがき、皆に笑われるニワトリ、あまりカッコいいとも言えないその役には、結局白田一人が手を挙げた。
「じゃあ、次の行事は学芸会……って言ったら失礼か」
白田桐香はクスリと笑う。
「五月くんの役は?」
「俺?俺は――、観客かな」
「ぶっぶー、観客禁止」
白田は人差し指を重ねてバツを作ってクスクスと笑う。