決めたんで
◇◇◇
何であれ数字で表せる物には順位がある。順位とは訳せば多分ランキングだ。
回りくどい言い方になるが、要は売り上げにはランキングがあると言うことで、……あー、まだ回りくどい。つまり、白田桐香ファースト写真集『白雪姫は眠らない』は某社写真集週間売り上げランキングで三週連続一位となり、年間ランキングでも十位に入ったらしい。週を追う毎に売り上げが伸びているので、更なる上位も期待できるでしょう、とコメンテーターか評論家が言っている。
自分で検索したわけでなく、偶々つけ流していたテレビの情報番組で紹介されていて知った。
『写真集、今年間ランキング十位だって』
『えっ、そうなの!?』
『うん。今テレビでやってた』
そう言えば『本日放送!』とかのいつもの事前告知が無いと思ったら本人も知らなかったという事か。確かに本人が出ているわけでもないし、まぁそんなものなのだろう。
これからきっとそういうことももっと増えてくるんだろうな。
何ヶ月か前、バイト先に現れた時とはもう芸能人としての立ち位置は全く違う。にもかかわらず、当の白田は全く以て今まで通りと言うのが逆にすごいと思う。
◇◇◇
秘密特訓――。
柊の彼女の相宮詩子さんが多忙な隙間を縫ってわざわざ付き合ってくれる。
「あれ?柊は?」
「柊くんは来ないって」
「え、なんすかそれ」
放課後、待ち合わせ場所には詩子さんしかおらず柊の姿はない。即座にスマホで問い質そうかと思ったが、付き合って貰う身で催促をするのは如何なものかと思い直してスマホをしまう。
その動作か表情に不満の色が宿っていた様で、詩子さんはクスリと笑い俺の背中をポンポンと叩く。身長的に叩く位置は低い。
「大丈夫。柊くんにもちゃんと考えがあっての事だから」
「いやいや、考えがどうとかは別にいいんすけど。人の彼女と二人きりでなんかこそこそ会ってるって状況がマズいと思うんすけど」
俺の苦言を聞いているのかいないのか、詩子さんは嬉しそうに笑いながらまた俺の背中を叩く。
「五月くんはそう言うだろうって柊くんは言ってたよ。そもそもがさ、あたしは柊くんが大好きで、五月くんは桐香ちゃんが好き。その二人で一緒にいて何か起こると思う?」
「一応訂正しておきますけど、俺一言もそんな事いってないっすからね」
「も~、往生際が悪いねぇ。ほぼ言ってるようなものなのに」
「それはあくまでも詩子さんの想像っすね」
「頑なねぇ。じゃあとりあえずそれはいいとして、別に柊くんのお願いだから受けてる訳じゃないからね?あたしも五月くんとは一度ゆっくり話してみたかったんだよね」
「白田のことは何も話せませんよ」
詩子さんはむっと眉を寄せて三度俺の背を叩く。叩くと言っても本当に軽くポンポンと。
「あたしは五月くんと、って言ったつもりだけど。ほらカメラ準備して。撮りながら話そ」
「はいっ」
木曜日の放課後、一度家に帰ってカメラを持ってからの待ち合わせ。詩子さんは夜勤明けらしく、軽く一眠りして午後に起きたそうだ。隣駅の大きな病院で働いているそうで、患者さんがいる以上夜中だろうと仕事が発生する訳で、ある意味二十四時間営業みたいなものだと気が付く。
「三交代だと眠る時間もばらけるからさぁ、身体もきついんだけどねぇ。でも夜勤はお金いいんだよ」
会話をしながら表情の変化を注視して、時折シャッターを切る。
他人の顔をまじまじと見つめる機会なんてまずないけれど、ファインダー越しであれば不思議と照れが無く顔をまっすぐに見られる。
「そんなにいいんですか」
「うん。多分君がびっくりするくらいには」
「まじすか」
今日の詩子さんは少し大きめの白いニットシャツに黒いパンツ、黒いスニーカーと言う装い。話しながらも時折ポーズを作ったりしてくれる。因みに、撮った写真データは全てコピーを渡す事になっている。
「桐香ちゃんの事は聞かないけど、あたしも柊くんの事は言わないからね?やっぱり本人いないとフェアじゃないもんね、あははっ」
申し訳なさそうにか、照れくさそうにか、けらけらと笑う。
場所は先日と同じ公園。駅から近くて広くて適度に人がいない。故にちょうどいい。
「あっ!そうだ、桐香ちゃんと言えば!」
急に大きな声を出したので思わずパシャリとシャッターを切る。
「何すか急にでかい声――」
「UPA子フォローしてくれたんだよ!白田桐香公式!」
社交辞令でなく本当に嬉しそうに詩子さんは目をきらきらと輝かせる。
「あー、こないだ俺がアカウント見せたからか。かわいいかわいい連呼してましたよ」
「あははっ、もーやだなぁ!芸能人にかわいいだなんてそんなもうっ!」
改めて他人の表情を見て、喜びにもいろんな種類の顔があるんだなと知る。
会話をして、シャッターを切る。シャッターを切って、会話をする。夜勤明けにも関わらず嫌な顔一つせずに意味があるかすらわからない謎の特訓には付き合ってくれる。『何でこんなのに付き合ってくれるんですか?』なんて野暮なことは聞かない。
何の理由が有りや無しや、手伝ってくれている事実は変わらない。それならば俺のするべき事は余計な事を考える事でなく、撮りたい写真を撮れるように近付ける事だ。
一時間程カメラを構えた後、小休止。せめてものお礼の飲み物とちょっとしたお菓子を広げる。お菓子に手を伸ばし、二つつまんでパクリと頬張る詩子さん。
「最初に会った時さ、あたしのこと柊くんの彼女っぽくないなって思ったでしょ?」
「えっ。……そんな事、んー、いや、正直……ちょっと」
「あはは、ごめん。別に怒ってるとか根に持ってるとかじゃなくてただ聞いただけだから。まぁよく言われるし慣れっこではあるし。皆もっとキレイめな年上お姉さんを想像するみたいだね~」
そこまで言って詩子さんは少し困ったように眉を寄せ、申し訳無さそうに小さく手を上げる。
「あ、ごめん。ここからは愚痴混じりなんだけどいい?」
もちろんコクリと頷く。王様の耳はロバの耳からもわかるように、秘密も愚痴も穴に向かって話すだけである程度スッキリするものだ。相手が俺とはいえ人型ならもう少し効果はあるだろう。
「『っぽくないね』ってことはさぁ、裏を返せば柊くんには似合わないって言われてる訳なんだよね。あ、これ五月くん批判じゃないから。本当皆に言われるから」
和久井柊は男の俺から見てもイケメンで、運動神経もいいし人当たりもいい。中学の時は荒れていた事もあったが、今は温和で人当たりのいい長身のイケメンだ。
「それにこんななりして、歳だって随分上でしょ?あたしと一緒にいると柊くんは同じ高校生との恋愛が出来ないわけだし、一度しかない青春の邪魔にしかなってない自覚はあるの。いい大人が高校生相手にさ」
詩子さんは困り顔のまま数秒考えたかと思うと微かにほほ笑む。
「でも好きなんだよね。本当に困ってるんだけど、自分から身を引けないんだ」
「引かなくていいでしょ。柊だって馬鹿じゃないんだし、迷惑だと思ったら自分から言うよ。そんなんで勝手に身を引かれたら誰を恨めばいいのかわからなくてどうしようもない」
何となく、鏡に映った誰かを見ているような気がして、つい少しだけ言葉の端が強くなってしまう。
一瞬驚いて目を丸くした詩子さんはクスリと笑う。
「そうだよね。あのね、すごく失礼な話なんだけど柊くんから二人の話を聞いた時、『五月くんって子は大変だなぁ』って思ったの。だって相手は芸能人でしょ?柊くんクラスのイケメンなら釣り合うかもしれないけど、生半可な子じゃ難しいよねぇって」
傍から聞けば確かに失礼な話。だが事実そうだ。俺も苦笑して応える。
「まぁでも間違ってないっすよ。俺もそう思います」
詩子さんは机に置かれたカメラをチラリと見てからまっすぐに俺を見る。
「でも身を引かないんでしょ?」
間を置かずにコクリと頷く。
「えぇ。決めたんで」
俺の言葉に満足した様子の詩子さんはまるで『乾杯』でもするかのようにのみかけのペットボトルを掲げる。
「いい返事!応援してるからね」
「あざっす」
何でだろう、いつもより少しだけ素直に話せた気がする。