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九月の終わりの夜の話

◇◇◇


 毎週月曜水曜はコンビニバイト。夕方五時から夜の十時まで。ここ最近はその両日共にバイト上がりに白田が来る。白田がうちの店に来るときは大概あいつも仕事終わりだ。毎週買っている少年漫画誌の次回予告にまたもや白田の姿を見つけたので、本格的に仕事が増えてきたということだろう。


「お疲れ様でーす」

「お疲れ」

 

 いつも通り裏の従業員口の前で待っていた白田はいつもより上機嫌に手を上げて挨拶をしてきたので、俺も小さく手を上げて挨拶を返す。


「ねぇねぇ、和久井くんの彼女さんどんな人だった?かわいかった?きれいだった?」

「そう聞かれて俺が『うん』って言うと思う?」

「ううん、思わない」

 今日も白田は髪は二つに結わえた伊達眼鏡スタイル。


「SNSのアカウント名聞いたから直接見たら早いよ。UPA(ウパ)子って名前。ウーパルーパーのウパだって」

「えっ、もう名前だけで絶対かわいいじゃんそれ。う、ぱ、こ……」


 早速スマホで検索を始める白田。時刻は夜十時過ぎ。暗がりでの歩きスマホは危ないぞ、――と言おうとしたその瞬間、僅かな段差につま先をつっかけた白田は『あっ』と短い声を上げてバランスを崩す。下はアスファルト、転べば最低擦り傷は免れない。



 スローモーションに見えた。だが意外に冷静に身体は動いて、咄嗟に行く手を遮るように手を広げる。白田はそのままぼふっと俺の胸の辺りで止まる。

 

「あっ……、ありがと。ごめん」


 バイト先のコンビニからうちまで徒歩十一分。その途中の暗い道の端の方で、手は浮かせているものの白田を抱きとめるような形になる。傍から見たら一発でスキャンダル案件だ。


「……歩きスマホは危ないから止めろよな。よし、そろそろ離れましょうか」


 俺から押しのけるのもどうにも具合が悪いのでソフトにそう促すが、白田は全くの無反応。


「白田さん?」


 無反応。


 九月の終わり近く、夜十時過ぎ。衣替えは十月からなので、今はまだ半袖。普段であれば少し肌寒いような頃合い。白田が触れる胸の辺りにドキドキと響く鼓動が俺の物なのか白田の物なのかはよくわからない。


 そして折り悪くカツカツと後ろから靴音が聞こえる。


 一定のリズムで確実にこちらに近づいてくる靴音と、次第に速度を上げる鼓動の変拍子(へんびょうし)的なリズムが身体から冷や汗を生み出す。

 

 靴音は近づいてくる。


 何のことはない。誰かが後ろから通り過ぎるだけの話だ。俺は別に何も悪いことをしている訳じゃないし、まだ誰もが白田の事を知っているわけじゃない。それに変装だってしている。


 そう自分に言い聞かせてみる。白田は相変わらず何の反応もない。足音は更に近付いてきている。今グイっと突き放したら逆に視線を集めるんじゃないか?


 心臓の音は(とど)まる事無く速くなる。


 足音はもうすぐ後ろだ。


 俺は白田を隠すように、抱きしめるように手で覆う。数歩離れた距離を会社帰りと思しき若い男性が通り過ぎる。心臓の音はまるで踏切の警告音の様に響き、男性の通過を待つ。彼は通り過ぎざまにチラリとこちらを見るが、すぐに視線をスマホに戻してそのまま歩き去っていった。


 足音が遠くなり、男性も角を曲がる。


 一安心と言える。


「よし、白田。今のうちに離れろ」


 白田はまだ顔も上げずにいたが、白い街灯に照らされた黒い髪の隙間から覗く耳は真っ赤っかだ。


「耳赤いぞ」


 指摘すると漸く顔を上げて、恨みがましい視線を俺に向けてくる。


「そりゃ赤くもなりますよ。振っておいて抱きしめてくるんですから」


「なんで敬語。大体抱きしめてはいないだろ。そう見えるようにふわっと両手を回しただけなんだから」


 振っておいて、と言う文言には触れないでおく。


「へぇ。五月くん的にはノーカウントかぁ。わたしなんてこんなにドキドキしてるのに」


「わかったからそろそろ離れようぜ。いつまた人が来るかわからないだろ」


「もうっ」


 口を膨らませながら漸く白田は俺から離れる。


「五月くん、知ってた?うちの事務所恋愛禁止じゃないんだって」


 俺の反応を探るように微笑みながら白田は言う。会話のキャッチボール。ボールをポンと俺に投げ渡して、返ってくるのを待つ。


「へぇ、知らなかった」


 そんな事言われて『へぇ、そうなんだ!じゃあ!』なんてなるほど節操無しでは無い。そもそも事務所が良くても世間様はそうでは無いだろう。歌も出している某俳優が結婚した時なんて事務所の株価が下がったと聞いたことがある。


 俺の返答は当然ながら白田の期待するものではなく、不満げな視線を俺に送りつつ口を尖らせる。


「別にいいもん。待ってるって言ったのわたしだから」


「すいませんね。お待たせしちゃって」


「適当な返事~」


「それよりUPA子さんの方はどうなったんでしたっけ?」

 話題を変えようとスマホを指さすと白田はハッと思い出したようにスマホを見る。

「あっ、そうだった」


 今度はちゃんと立ち止まってスマホを操作する。失敗を繰り返さない白田桐香さん。


 画面にはUPA子さんのアカウント。アニメやゲームのキャラに扮した少女……に見えるが二十二歳の現役ナースの姿。


「わぁっ、かわいいっ!これもっ!これもっ!」

「ちょっ……、白田。声でかい」

「あ、ごめん。だってすごくかわいいんだもん」


 そのまま何枚か眺めて疑問が浮かんだようで首を傾げる。

「あれ?そう言えば二十二歳……って言ってなかったっけ?」

「うんうん。その人がそうだよ」

「うそっ」

 気持ちはわかる。どう見ても俺たちより年下に見えるもんな。

「……えぇ~」

 驚きか感嘆の声を上げながら次の画像を見る。少し露出の高めの衣装を着てポーズを取る詩子さんの姿。身長は小さいが胸は意外とあるようだ。


 そんな事を思っていると、白田はチラリと視線を俺に向けてくる。

「どこを見てるのかなぁ」

「いやいや、どことかないから。写真全体を見てるだけだから」


「わっ……、わたしも着てみようかなぁ」

 恥ずかしそうに、ぼそりと一言白田は呟いた。


 そろそろ流石に夏とは言えない、九月の終わりの夜の話。



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