王子と従者と姫と騎士
◇◇◇
「雨野くんってまだいる?」
ホームルームが終わってすぐ後、二年C組の渡貫茉莉花と言う女子がD組を訪れる。
「うん、いるよ。呼ぶ?」
五月の席をちらりと見て友人の和久井柊が答える。
「あー、うん。直接わたしが用があるわけじゃないんだけど、同中の子が会いたいんだって」
「えっ、マジ?……って言うのも失礼か」
「あはは、だね。何かこれから来るみたいだから待っててもらっていい?部活とか無いよね?」
部活は入っておらずバイトは週二回。今日は木曜日なのでバイトの予定も無い。恐らく高い確率で空いているはず。
「多分平気だと思うよ。おーい、五月。ちょっといい?」
ちょいちょいと手招きをして今聞いた話を説明すると、雨野五月は怪訝な表情で手を横に振る。
「え、やだよ。それ絶対なんかの勧誘じゃん。ネットで見た事あるよ」
通常高校生男子であれば食い気味に二つ返事でOKするだろうと安易に考えていた渡貫は一瞬きょとんとした表情になり、和久井柊はくすくすと笑う。草食獣の面目躍如と言った所か。
「でっ……でも、そんな感じの子じゃないんだよ?バレー部で背が高くて明るくてさ」
「なら尚更俺に会いたいだなんてメリットが無いと思うんだよ。つーか勧誘の人って大体明るく元気だろ?」
「でっでっでもでも、もう向かってるみたいだし……」
「それはそちらさんの都合でしょ」
渡貫は困り顔で和久井柊にヒソヒソと耳打ちをする。
「……柊君、何とかしてよ。何なのこの絡みづらい人」
「本人の目の前で耳打ちすんな」
「まぁ面白そうだし折角だから会ってみようよ。何なら僕もご一緒するからさ。怖くないよ、大丈夫大丈夫」
子供をあやす様にニコニコと提案する柊。
「あ、良い事思いついた。俺って事にして紙谷連れて行けよ。きっと喜ぶと思うんだ」
「残念。今日庵司用事があるって帰っちゃったよ。で、どこ連れて行けばいい?」
「うん、着いたら連絡するって」
五月の提案をサラリと無視して話は進む。
◇◇◇
五月達の通う都立珠賀谷高校の正門ほど近く。壁沿いに止めた自転車の傍らでハァハァと大きく荒く肩で息をする伊吹こずえ。
「はぁ……はぁ。ほらね、間に合ったでしょ。現役バレー部の体力なめんな」
授業が終わって即座に自転車に白田を乗せて全力疾走で十五分。息は荒く汗も滝の様に流れる。隣に立つ白田は対照的に汗一つかいていない。
「二人乗りじゃなくバスの方がよかったんじゃないの?」
「ダメダメ。部活サボって来てるんだからトレーニング位しないと」
「変に真面目なんだから。とにかくお疲れ様」
そう言って自販機で飲み物を買って伊吹に手渡す。
「ありがと~。……ぷはーっ、うまいっ!」
飲みながらスマホを確認。たぬたぬこと渡貫茉莉花からメッセージが届いていて、『OK』と書かれたキャラクターのスタンプの後で『着いたら教えて』と続いていた。
「つ、い、た、よ……っと。送信っ」
「……何か緊張して来た」
胸に手を当てて一度深呼吸をする白田桐香。
「そんな事言って一度位来た事あんじゃないの?」
「この時間は初めてだもん」
来た事自体は否定しない様子。
背は高めで滑らかな黒髪と透き通るような白い肌の白田桐香と、白田よりももう少し背が高く、ボーイッシュでありながら歌劇団の男役と言われても納得する様な整った容姿の伊吹こずえ。門の近くで並ぶ二人は他校の制服と言うのを差し引いても目を引く様子で、声を掛けないまでもチラチラと視線を送る生徒は少なくない。
「サイン下さいとか言われないね」
「別に有名な訳じゃ無いからね」
「サインは書けるの?練習するもの?」
「練習しなきゃ書けないからね」
「へぇ」
門から出る生徒達を眺めつつそんなやり取りをしていると、四人連れの少し柄の悪そうな一団が近づいてくるのが見える。
「あー、めんどっぽいのが来ましたよ姫」
男達をチラリと見ながら小さくため息を吐く伊吹に苦笑いを向けつつ、宥める様に肩をポンポンと叩く。
「穏便にね、穏便に」
「なぁ、君ら何やってんの?誰か待ってるなら呼んでこようか?」
「何年?つーか君らどこ高?ってかかわいすぎねぇ?モデルとかやってねぇ?」
「モウクルンデヘイキデース。ゴシンセツニドウモ」
モデルじゃねぇ、グラビアだ!と謎の啖呵を切りそうになるがグッと飲み込みつつ、すんと無関心な表情でスマホをいじりながら抑揚無く答える伊吹。
その態度にカチンと来た様子で、一人の男が顔をしかめて声を上げる。
「お前には言ってねぇよ。そっちのかわいい子に言ってんだよデカ女」
伊吹からすればよくある罵倒ナンバーワンの単語。勿論それは逆鱗だ。
「は?チビの僻みにしか聞こえねぇんですけど。骨延長手術でもして出直して来な」
相手は大体平均身長辺りなので、伊吹の方が少し高い。
「……っんだと、このブスが!」
と、その言葉は今度は白田の逆鱗に触れる。盾になるかのように自身と男達の間に立つ伊吹をグイっと押しのけて男を睨む。
「この子がブスに見えるなら眼科の受診をしたらどうですか?」
「あはは。じゃあどの道病院には行く必要があるわけだね。保険証持ってる?」
ケラケラと場に不釣り合いな笑い声をあげる伊吹に男達の苛立ちは頂点に達する。
「てめぇ……女だからって殴られないとでも思ってんのか!?」
「お待たせ」
遠巻きに下校中の生徒達が見守る中、涼しい顔で和久井柊が歩み寄る。
「あれ?先輩方どうしたんです?」
「……和久井」
和久井柊の姿を見て四人の表情が変わる。
「すいませんね、僕の連れなんですけど何か失礼ありました?」
「いや、……別に。校門で他校の女待たせてんじゃねぇよ」
「あはは、気を付けますね」
捨て台詞とも言えない様な言葉を残して男達は門を後にする。途中不満げにペッと唾を吐きつつ立ち去る。
「……柊君カッコいい~」
一連のやり取りを離れた場所で見ていた渡貫が感嘆の声を上げる。
「あいつああ見えて元ヤンだからな?元バスケ部だし。バスケがしたいです的なやつだから」
「へぇ~、カッコいい~」
「あ、そう」
「ごめんね、待たせちゃって」
余計なトラブルを起こさせてしまい、申し訳なさそうに柊は伊吹に微笑みかける。
「いえっ……、あの……全然……待ってないデス。今来たところなので……」
伊吹の態度はコロリと変わり、白田を盾にするように身を隠して顔を赤くしてもごもごと口ごもる。そして言い終えると勢いよく背中越しにヒソヒソと内緒話を始める。
「……ちょっと桐香サン?マジで王子様じゃないっすか。面食いにも程がありますって」
「や、知らない人だけど。助けてくれてありがとうございます」
白田はペコリと頭を下げる。『お待たせ』の言葉と、王子然としたその容姿から和久井柊が白田の『王子様』と誤信していた伊吹こずえは短く気の抜けた声を上げる。
「へ?」
「こずえー、連れてきたよー。……ったく、人の学校で問題起こさないでよね~」
「んんん?」
同じ中学校だった茉莉花に伴われて迷惑そうに五月も来る。五月も伊吹の隣にいる白田に気が付く。
「あれ?……白田」
「あはは、偶然だね。五月くん」
伊吹こずえは困惑した様子で首を傾げて人差し指で小さく五月を指さす。
「こっち?」
「……ちょっとこずえ」
「王子って言うより……」
こずえよりも背が高く明るい髪のイケメンと、その隣の見るからに陰の者とわかる五月を無意識に見比べると、ぼそりと一言正直な感想が口を突いて出てしまう。
「……従者?」
バシッと勢いよく背中を叩く音が響く。