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秘密の特訓

◇◇◇


 一年間貯めたバイト代のほとんどを使ってカメラを買った。


 貯金の残高は三桁だ。


 ほとんどの人から見れば何を馬鹿なことをと思うだろう。せっかく貯めたのに勿体ないとか、もっとましなことに使えばいいとか。


「へぇ~、五月くんは大胆だねぇ。ご両親はなんて?」

 カメラを手に持つ俺の周りをうろうろしながら柊の彼女の詩子(うたこ)さんは何故か嬉しそうに笑う。

「自分で稼いだお金なんだから好きに使え、って」

「良いご両親だね~。と言うか五月くんが信用されてるってことかな?」

「多分両方だと思うよ」

「そっか。さすが柊くん!」

「僕を誉めてどうすんの」


 恥ずかしい話だけど、実は少し手は震えているし手汗もかいている。うん十万円と言う高校生らしからぬ高額な買い物をしたそれが両手の中にあるのだ。きっと落としたら一巻の終わりだ。


「滑らせて落としたりしないようにね。レンズは傷いっちゃうともうだめだから」

 表情から俺の心情を察して詩子さんは言う。

「気を付けます」


 馬鹿な事をしているのは十分わかっているんだけれど、二人は一言もそんな事は言わなかった。今更言われたところで何も揺るぎはしないけど、やっぱり少し……いや、結構嬉しかった。


 待ち合わせた隣駅から少し歩いて、ニュータウン造成時に建てられたシンボル的建造物に隣接した公園へと向かう。駅から真っ直ぐ伸びる階段は中々気持ちが良い。

 上りきった辺りで振り返ると眼下に駅や商業ビルが見える。空は秋晴れ。


「さて、撮ろっか」

「うっす。後でお礼するんで」


 服で手のひらをゴシゴシと拭いて、ズシリと重いカメラを持つ。そしてそのまま手近な木にレンズを向けると後ろから呆れ声が聞こえてくる。


「ちょいちょい、五月くん。君の撮りたい桐香ちゃんって実は樹の精霊かなにか?」


 突然の意味不明な質問に思わず眉を寄せて振り返る。

「何言ってんすか急に」

 もしかして所謂(いわゆる)『不思議ちゃん』系なのかと思ってしまうが、その疑念はすぐに晴れる事になる。


「違うでしょうが。人でしょ。そして君は何が撮りたいの?スタイル?構図?違うでしょーがっ」


 詩子さんは腰に手を当てて、ピッとまっすぐに俺を指さす。


「心でしょ。いい?撮りたい写真より良い写真なんて一生撮れないんだからね。どんな写真を撮りたいか。まず一番大事なのはそれだから。技術とか知識なんて嫌でも後から付いてくるんだから」


 精神論、と一言で切り捨てるのは簡単だ。でもその前時代的に聞こえる精神論は不思議な説得力を以て俺の胸に響く。


「……なるほど」


 詩子さんはチラリと柊を見上げる。隣を見ても顔は見えないので、必然見上げる形になる身長差。

「柊くん、いいかな?」

「もちろん」


 何の事かもわからぬやり取り。それでも柊は二つ返事で頷く。


「さて!柊くんのお許しも出たし、早速始めるよ!自称人気レイヤーの詩子さんが直々に特訓してあげるからね!」


 拾った枝を用いて魔法少女の様なポーズを取ったかと思うと、急に心配そうな顔をして俺に問いかける。


「……あ、もしかして『俺のカメラは桐香しか撮らねぇ!』とかそういうのある?あったら差し出がましい事言ってごめん」


「いや、もちろんそんな事無い……っすけど。本当にいいんですか?」

「ヌードはさすがにダメだからね!柊くんヤキモチ焼いちゃうからね!」

「何言ってんすか、本当」


 俺たちのやりとりを楽しそうに眺める和久井柊。

「面白い人でしょ」


◇◇◇


 自称、と自虐的に言ってはいたものの、実際に詩子さんは結構な人気コスプレイヤーのようだった。流石に芸能人の白田程では無いが、一般人では到底太刀打ちできない戦闘力(フォロワー数)を誇る。


 アカウント名はUPA(ウパ)子。

「UPAってなんすか?」

「ん?ウーパルーパーのウパ。かわいいじゃん」

 何となく白田の送る動物スタンプを思い出した。確か初めて送ってきたスタンプはウーパルーパーじゃなかったか?


 そう思ってメッセージを遡ると、やはりウーパルーパーだった。

 沢山のメッセージを遡った。再会して数ヶ月。それだけ沢山のやり取りをしたと言うことだ。それはただ文字を交わしただけかもしれない。もしかしたら何かが近づいたかもしれない。


 文字や言葉と言う物は、どれだけ正確に気持ちを伝えられるのだろう?かつて『あっちに行け』と白田を突き放したこの俺が、この口で何かを言ったとしてそれは白田に伝わるのだろうか?


 そして実際にSNSに上げている写真を幾つか見せて貰うと、アニメやゲームのキャラに扮した詩子さんがそこにいた。中にはそれなりに露出度の高い服もある。

「……えーっと、柊的にはこれはOKなの?」

「何で?かわいいじゃん」

 柊はサラリと答えるが、詩子さんは照れながら柊の背中をバシバシと叩く。

「あはは、もー!柊くん正直なんだから!好き!」


 つい、パシャリと一枚写真を撮る。


「あとで頂戴ね~」

「オッケーっす」


 それからしばらくの間写真を撮りまくる。ポーズを取る詩子さんを撮り、笑う柊を撮り、お喋りする二人を撮る。端から見たらどう思われるかなんて意外に気にならなかった。


 カタログでスペック見て、実際に持った感じではそれほどの重さに感じなかったが、いざ構えてずっと撮っていると中々に響く重さ。筋トレをしていてよかったと素直に思う。


 バイトといい筋トレといい、何が役に立つかわからないな。そういう意味では一年前の自分に感謝だ。


 おやつ時、一旦小休止をしていると折りよくピロンとスマホがなる。


『三時です』

 メッセージではなく、白田桐香公式SNSのつぶやきの通知だ。最早自動送信というより時報だろ。ファンは本当にこれでいいのか?だが瞬く間にいいねが溜まる。ならきっとこれでいいのだろう。


 そしてさほど間を置かずピロンと音が鳴り、今度は白田からのメッセージ。

『お疲れさま!今日もいい天気だね。わたしは今仕事だけど、五月くんはなにしてる?』


 どう答えようか一瞬考えるが、すぐに入力を始める。

『俺は秘密特訓中。柊と彼女の詩子さんと』

 偽り無く真っ直ぐ直球だ。

『特訓!?』

『そ。秘密のな。いつか絶対に成果を見せてやるから楽しみに待ってろよな』


少し間を置いてメッセージが届く。

『楽しみに待ってるね』


 スタンプも無く、ただ一言そう返ってくる。


 不思議と白田がどんな顔をしているかは想像ができた。


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