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白田桐香と電子の海

◇◇◇

『おはようございます』

『いい天気です』

『いただきます』

『おいしそう』

『おやすみなさい』


 まるでbotか定型文の様に無機質なつぶやき群。何かと種明かしをすると、二日前に開設された白田桐香公式SNSのつぶやきだ。


『あれってさ、時間で自動的に送信されるようになってんの?』

 気になったので聞いてみると、首を傾げたチンアナゴのスタンプが返ってくる。

『自分で打ってるよ?』

『あ、そうなんだ。あまりの無機質さに自動送信かと思った』

『……だって、何を送ればいいかわかんないんだもん』


 古い考えかもしれないけれど、SNSって言うと何だか危険で物騒なイメージしかない。炎上とか特定とかストーカーとかステマとか。ピースサインを拡大してゲットした指紋を使ってスマホの指紋認証を突破したり、瞳に写った背景や人物を割り出したり、遠くに見える二つの建物の距離から現在地を割り出したり。

 

 もちろんデメリットばかりでなくメリットもあるから芸能人は皆やっている訳で、ファンとの距離感だとか販促など、非常に有用らしい。ネット調べ。


 流石にその辺りのノウハウはある程度業界に蓄積されていっているようで、教科書くらいの厚さのSNSマニュアルを見せてくれた。勿論コンプラ意識の高い白田は、中身など見せずに表紙だけだ。


 フォロワーの数って言うのはバトルマンガで言うところの戦闘力のようなものらしい。フォロワー数五の俺を銃を持った農民とすると、白田は既に戦闘民族並だ。


『悪口とか来たらどうすんの?』

『うーん、そうだよねぇ。五月くんに言えばいい?』

『俺に言ってどうすんだよ』

『そしたら『そんなことない』って言ってくれればいいから』


 ベッドにごろりと寝転がったまま足で一度ボフッと布団を蹴る。


 正直心配だし、不安だ。元々天邪鬼気味な俺が言うのもなんだけど、ジャンルを問わず人気のあるものを腐したい人間ってのは一定数いるわけで、分母が増えれば分子も増えるわけで、人の嫌がることをすることに命を懸けている人もいるわけだ。そんな魑魅魍魎が蠢くネットの海に、『はーい、ここですよ』と手を挙げる意味なんてどこにあるの?って思ってしまうわけだ。


 それでも、白田がやるというなら見守ってやりたいと思う。失敗する前から失敗を恐れて何もしないなんてのはとても正解とは思えないから。何というか、親ってこんな気持ちなのかなと思ってしまう。


『任せとけ』


 と、安請け合いしておく。


『五月くんもアカウントフォローしてくれてるよね』

『まぁ付き合い程度にな。一応言っておくけど俺のフォローは絶対するなよ。絶対な』

『うん、絶対』


◇◇◇

「桐香ちゃ~ん、公式もうちょっとだけ人間味出ないかなぁ?」


 都内某所にある小さな芸能プロダクション。訪れた白田は早速社長秘書兼マネージャーの沢入に苦言を呈される。

「えっ、人間味無いですか!?」


「まぁ、ねぇな。そしてちょっとウケてるのがまたわからん」


 話に割って入った社長の言うように、SNS上の白田はテレビでぎこちなく話すイメージと合致するようでファン的にはありのようだった。


「私的にはもっと恋人に送るみたいな感じもありかな~って思うんだよね~。あっ、恋人いる?桐香ちゃん」


「えっ。や、まだ……」

 唐突な質問に言葉に詰まる。

「山田?」

 意地悪く聞き返す社長に首を横に振る。

「いや、まだ……ですけど」


 その返事を聞いて社長の目がキランと光る。

「ほう、『まだ』って事は『もうじき』って事だな?まさか加賀美じゃないだろうな」

「えっ、嘘っ!スキャンダル~」

「何言ってるんですか!そんなはずありません!加賀美さんに失礼だし、わたしには――」


 と、そこで熱くなってしまったことに気が付き言葉を止める。社長はニヤニヤしながら加熱式喫煙具を口に運ぶ。ニコチンもタールも入っていない。ただメンソールの煙を吸っているだけだ。


「まぁ加賀美は冗談として、彼氏が出来たら一応教えてくれよ。相手が業界内なら根回しもあるし、商品の品質管理も仕事のうちだからな、ははは」

「はいはい、言い方言い方」


 白田はきょとんとした顔で社長を見る。白田が何を考えているか丸わかりの社長は得意気に口角を上げる。


「恋愛禁止、って思ってたか?」


 コクリと白田は頷く。


「まぁ夢を売る商売でもあるわけだし、言ってみれば嘘を売る商売でもあるわけだ。禁止にしてファンが恋人って言わせんのがいいって時代もあった。んで、今は良くも悪くもこいつの時代」


 社長はスマホを手に取る。

「幸か不幸かこいつのおかげで芸能人ってのは昔より身近な存在になった訳だ。芸能人に限らず有名人全般だな、昔ぁ好きな食べ物一つ調べるのだって大変だったんだ。やれどの雑誌のインタビューに載っていたとか、深夜のラジオで言っていたとかな。今は調べりゃすぐわかるし、自分自身で発信もする。だから昔より幻想の入る余地が少ないんだな」


 腕を組んで首を捻り、言葉を選ぶ。

「憧れから共感……って感じか?あぁ、話が長くなった。要するに、真面目な恋愛なら止めねぇよ、って事だ。ちゃらついた業界人に遊ばれるようなら止めてやるけどな。はは」


「……いいんですか?」

「あくまでも、うちはな。で、相手は誰なんだ?」


「……秘密です」

「まぁまぁ、じゃあ二択だ!業界人かそれ以外か!沢入、お茶!桐香サンの口が滑りやすくなるように良いやつな!」

「はいはい、只今!」


「ほら、桐香!どっちだ?」

「それ以外、ですけど」


「まぁ賢明だな。歳は?年上か年下か?」

「嫌です。もう答えません」


 顔を赤くした白田はぷいっとそっぽを向く。


「はいはい。同学年、っと」

「えっ!?なんでわかるんですか!?」


 見事に社長の鎌掛けに見事に引っかかり、驚きの声を上げる。社長は顎に手をやりながら楽しそうにニヤニヤ笑う。


「ははぁ、同学年かぁ。いいなぁ~、甘酸っぺぇ」

「……もうなにも答えませんから」


 キッと社長を睨み白田は宣言する。

「この仕事、彼氏はなんて?」

「彼氏じゃありません」


 宣言の効果は瞬時に失われる。

「じゃあなんて呼べばいいんだよ。同級生くんか?」

 白田も首を捻る。

「同級生……」

 言葉の印象から同じ学校の時に使う印象を受ける。白田桐香と五月は学校が違うのだから、どう言えばいいのだろうと考える。考えて、幼なじみとかかなぁと思い至るが、また答えそうになっている自分に気が付きまた社長を睨む。


 彼氏ではなく、同級生でも無い。かと言って友人と言う訳でもない。五月に聞いたらなんと答えるだろう?と想像すると、少しだけ口元が緩む。


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