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白雪姫と七人力の小人

◇◇◇


「……俺これからバイトなんだけど」


 毎週月水の夕方五時から夜十時まではコンビニバイト。今の時刻は夕方四時半だ。


「あぁ?お前はバイトと白田とどっちが大事だっつーんだ?」


「面倒くさい質問するんじゃねぇ。……白田がどうとかは関係ねぇけど、せっかく来たんだから用件くらいは聞いてやる。で、なんでそこで白田の名前が出てくるんだ?」


 俺の問いに紙谷は勝ち誇ったかの様にニヤリと笑う。


 大至急、と紙谷に呼ばれた公園には紙谷の他に柊と伊吹こずえ。時計を見ると四時三十三分。


「……で、白田がどうかしたのか?」


 ニヤリと笑うだけの紙谷に問い直すのは癪だったので柊に問う。


「君らの同級生がSNSで白田さんの事を『白ブタ』って呼んでるってさ」


 さすが柊。余計な煽りも茶化しも無く、端的に的確に情報を伝えてくれる。こういうところで紙谷との違いが表れるというわけだ。


「あー、そうか」


 思わず大きくため息をついてしまう。名もわからぬ同窓生の愚行に。『かつての』と切り捨てられぬ己の弱さと愚かさに。


「だからその不届き者を特定してギャフンと言わせてやろうと思うんだけど」


 そう言って伊吹こずえはパンと手のひらを拳で叩く。


「なるほど。それは止めとこうぜ」


「えっ?」


 俺の言葉に伊吹は驚きの声を上げ、紙谷も意外そうな顔をする。時刻は午後四時四十分。そろそろ出ないとまずい時間。


「ちょっとマジで時間無いからもう行くぞ。何て言うか……」


 いい言葉が浮かばずに何度か頭を掻いてみるがそんな事で浮かべば苦労はしない。チラリと柊を見ると、他の二人とは違い困惑の表情など無く俺の言葉を待っているように見える。


 白田はこれからもっともっと活躍するだろう。今よりもっと多くの人たちの目に触れる事が増えれば、称賛ばかりでは無くなるだろう。俺だってどの芸能人が嫌いだなんだくらいは言った事があるし、恥ずかしながら今の今までそれを見聞きしたその人たちがどう思うのかなんて考えもしなかった。


 その同級生に『白ブタ』発言を撤回させたところで、一度ネットに出た情報が消えるはずはないしいつかまた誰かが言うだろう。もしかすると、卒アルとかを写真週刊誌に売ったりするかもしれない。そんなのを気にしてイタチごっこで疲弊するなんてまっぴらごめんだし、そんなことで俺の罪が消える筈もない。


 過去は消えないんだから。


「だから――」


 思わず自分の内心に対する『だから』を呟いてしまう。俺以外の誰にも意味の伝わらない『だから』。でも構わずに言葉を続ける。正直な話、時間もマジで無い。


「消すよりも乗り越えたいんだよ」


 三人はシンと静まり返る。それもそうだ、言葉が繋がっていないんだから意味が分かる訳が無い。どこかの政治家が演説を読み飛ばしたみたいに。社会派。


「五月。そろそろ時間ヤバいんじゃない?」


 柊が時計を指さして俺を促す。

「あ、あぁ。そうだな。マジでヤバい。とにかく、その件は俺に任せてくれ。頼んだ!」


 言い残して足早に公園を出てバイト先に向かう。


「頑張って」


 柊がどことなく満足気に微笑みながらひらひらと手を振るのが視界の端に映る。


◇◇◇


「君、五分前行動って知ってる?」


 何とか汗だくでバイト先に駆け込んで、着替え終わると四時五十七分。バイトリーダーの須藤さんがニコニコしながらもチクリと苦言を呈する。

「……すいませんでした」


『いつもはちゃんと来てるじゃないですか』とか、『始業時間には間に合ってる』だとかそんな事を言うつもりも無い。ペコリと頭を下げると須藤さんは笑いながら俺の背中をバシバシと叩く。

「わはは、冗談だよ。いつもはちゃんと来てんだ。遅れてねぇし問題ないだろ。息整えたら出てこい。レジの店員がふーふー言って汗かいてたらキモイからな」


「……あざっす」


 お言葉に甘えて飲み物を飲みながら少し息を整える。毎週月と水はバイトの日。このところ毎回バイト上がりに白田は来るので今日もきっと来ることだろう。それだけ仕事が入って忙しいという事か。


 雑誌に載って、写真集を出して、テレビに出る。次は?レギュラー番組を持ったり、ドラマに出たり、映画に出る。主演をする。あ、CDとかも出す可能性はあるのか。


 半自動で来店の挨拶をしながら品出しをしつつそんなことを考える。眠らない白雪姫の、シンデレラストーリー。まさかハリウッドまではいかないだろうけれど、今想像した範囲までは十分あり得る……と言ったら身内びいきが過ぎるだろうか?


 今日も雑誌棚にはたくさんの雑誌が並び、その表紙を様々な美男美女が飾る。正直な話、その誰と比べても白田は引けを取らない……と、思う。


 で、ふと思う。出来る出来ないはあるかもしれないけれど、白田の最終目標はどこにあるのだろう?と。


 で、さらに思う。白田は何故芸能界に入ったのだろう?と。あの容姿からすれば全然納得できる話なんだけど、性格的にはあんまりそういうタイプじゃ無さそうだと思うのだが、例えば伊吹さんが応募したとかもありうる線なのだろうか?それとも無難にスカウトとか。


 まぁ考えて答えが出るわけでもない。気になるなら本人に聞けばいいだけの話だ、うん。


 そして夜十時の少し前、やはり白田は現れる。


「いらっしゃいませー」


 いつも通り髪を二つに結った眼鏡スタイル。チラリとこちらを見てきたので目が合う。


 店内をくるりと一回りして、カフェオレとストレートティーとプロテインバーみたいなものをレジへと持ってくる。俺のいるレジでなく須藤さんのレジへ。


 さすがというべきか須藤さんは表情も変えずに白田の接客をする。まさか変装で気が付いていないってことはないだろうと思うんだけど。



「お疲れ様」


 裏口を出ると白田が待っていた。

「お疲れ」


「ふふ、びっくりした?」

 ニヤニヤと悪戯そうな笑みを浮かべながら俺にカフェオレを差し出してくる。

「お、あざす。びっくりって……、あぁレジの話?別にどのレジ並んだっていいだろ。そんなのでいちいちびっくりしたりはしない」


 至極まっとうな俺の返答に白田はむっと頬を膨らませる。

「別にいいんだけど。嫉妬したりするかなとか思ってないし」


「あのさ、自分のレジに並ばないくらいで嫉妬する人間についてどう思う?」

「ん?情熱的だな、って」

「……情熱的でなくて申し訳ないっすねぇ。じゃあ仮に白田がコンビニでバイトしてたとするぞ?そこに白田の好きなやつが来たとして、自分のレジじゃないところに並んだらどう思う?」

「わかってて聞いてるでしょ」

「いや、確信はなかった。ははは」


 バイト先のコンビニからうちまで徒歩十一分。毎週月水は大体一緒に家に帰る。


 別に俺と白田は付き合っている訳ではないけれど、当たり前の様に一緒に帰る。夜も遅いし、女性の一人歩きは危ないし、白田桐香は芸能人だし。


「あぁ、そういえば。差し支えなければ聞いてみたいことがあるんだけど」

「うん。じゃあ先攻五月くんでいいよ」

「なんだよ先攻って」

「言葉通りだけど。先五月くんで、次わたし」

 白田の指は俺を指して、次に自身を指す。

「ターン制バトルかよ」


「よくわかんないけど五月くんが言うなら多分そう。ふふふふ、さぁどんどん聞いてみて」

 白田は自信ありげに不敵な笑みを浮かべてくる。


「あー、じゃあ遠慮なく。白田的には芸能界でどこまで行きたいの?映画?大河?ハリウッド?」

「えっ!?えーっとね、それは……」

 案の定というか、初手から考え込んでしまう。十歩分くらい考えたかと思うと、苦々しい顔で人差し指を一本立ててくる。

「……パスで」

「パス有りなのかよ」

「じゃあ次わたしね。五月くんの――」

 嬉々として反転攻勢をかけようとする白田。意地が悪いようだけど、白田の言葉に回答を被せる。

「パスで」

「あ、ひどい。もうっ」


 そんなやり取りをするうちに今日も家に着く。


 別れ際、白田はいつもの様に少し名残惜しそうにしながらも笑顔で手を振り別れる。


 白田家の玄関が閉まるとほぼ間を置かずにピロンとスタンプが届く。

 日によって『お疲れ様』だったり『ありがとう』だったり。因みに今日は『ごきげんよう』と気取る赤い眼のカエル。


 正直な話――、ありがとうはこっちの台詞だと思う。


 転生もタイムリープもしていないのにやり直す機会をくれた。


 気が付くと拳を握っていた。


 白田桐香が白雪姫だとしても、俺は王子様なんかじゃなくていい。


 うろ覚えだけど、毒リンゴを食べて、きっと苦しんで眠りに落ちた白雪姫を、良いところで颯爽と現れて救う王子様なんかじゃなくていい。


 右往左往と心配しながら、側に寄りそう小人でいい。なんなら一人で七役だ。


 そんな事を考えながら歩いて、空を見上げると月はメルヘンチックな三日月型をしていて、それとは全く関係ないんだけど、俺はきっと白田のことが好きなんだなと思った。

 



 

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モタモタしてるうちに白田ちゃんは芸能界の食い物に……ならないか
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