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王子の務め

◇◇◇


 全ての人に好かれる人間などきっといない。


 二、三人……もう少し拡げて考えても十人程度の小さなコミュニティであればそれもありうるだろう。だが、二十人三十人、三百人五百人と規模を拡げれば拡げるほどにそれが如何に荒唐無稽なおとぎ話であるかがわかるだろう。


 そして、得てして罵言を吐く人の声は賛辞を述べる人のそれよりも大きいものだ――。



『超かわいいよね☆』

『かわいいてかキレイ』

『両方だよね』

『うちもあんな顔に産まれてればな~』

『露出面積が少ないのになぜか逆にエロい謎』


 就寝前、伊吹こずえの日課は白田桐香の検索だ。エゴサーチをしない白田に世間の評判をいいとこ取りで教えてあげたいからだ。


 写真集の発売以降、白田桐香に対する書き込みは飛躍的に増えたので、SNSのチェックだけでも中々の労力だ。それでも白田桐香が褒められているのを見るのはとても嬉しいので全く苦にはならない。


 SNSチェックをしていると、ピロンとメッセージが鳴る。

『なぁ、塔クリアできねーんだけど』

 白田がCMをしているソシャゲの話。メッセージの主は五月の悪友紙谷(かみや)庵司(あんじ)

『あ、そう。もっと課金したら?』

『しねーよ。あ、良い事思いついた。白田にサインいっぱい書いてもらってそれを売った金で課金しよう。わはは、現代の錬金術だ』


 スマホを見る表情は険しくなり、持つ手にも力が入る。

『カスが。二度と口を開くな、滅べ恥知らず』

『あっ、すいません。嘘です冗談です。二度と言いません』

 

 即座の謝罪に呆れてため息を吐き、ベッドにボスっと倒れこむ。返信はしない。


 口直しにと、再度白田の評判を検索する。写真集のどのページが良いとか、テレビで全く話せないのがかわいいとか。ほとんど全部の感想に激しく同意できる。そしてそれらを眺めながらふと考える。白田桐香はいつ、どうやって仕事をやめるのだろう?と。


 写真集の売れ行きは好調。テレビにもちらほらと顔を出すようになり、世間の認知度も上がっている。ターミナル駅には大きなポスターも貼られている。業界の事はよくわからないけれど、きっと売り出す為にたくさんお金も使っている事だろう。


 本来ならばそれは喜ぶべきことなんだと思う。普通に考えて事務所にプッシュされたくない芸能人などいるはずが無いのだから。皆大なり小なり有名になる為に仕事をしているのだろうから。


 白田桐香は言った。やめるなら社長たちに恩返しをしてからだ、と。思い出して伊吹は首を捻る。何をどうすれば恩を返した事になるのだろう?と。


 そしてスマホの画面をスクロールするが、ある呟きに目が留まる。


『ちなみにこの子小学校の時のあだ名『白ブタ』ね。昔デブだったんだよ』



◇◇◇


「罰として紙谷にはこいつを特定して貰うから」


 翌日の放課後、公園のベンチに足を組んで座る伊吹は白ブタ発言の画面を映したスマホを紙谷に向ける。


「罰って何の罰だよ」

 首を捻る振りをしながら、組まれたスラリと長い足を覗き込む。


『何の』と復唱して伊吹は眉を寄せる。

「桐香をこう呼び始めたのはあんたでしょ?その責任を取ってあんたが探せって事。理解した?」

「まぁ大筋は。別に良いけど、どうやって?」


「それは――」

 少し考えた後で、腕を組んで紙谷を睨む。

「自分で考えなよ」

「思いつかねーんだな?」

 

 伊吹こずえに冷たい視線を送った後でわざとらしく大きくため息をつく。


「ったく、脳筋は脳筋らしく殊勝に知恵を乞えってんだよ」

「なんだと、こら。そこまで言うなら紙谷サンにはいいアイディアがおありなんでしょうねぇ」


 紙谷庵司は腕を組み得意気な笑みを浮かべる。

「まぁな。白田を白ブタって呼ぶって事は、こいつは俺たちと同じ小学校……更に言うと同じ学年って訳だ」

「うん、そんなの分かってるから聞いてんじゃん。それで?」

「それで――」


 紙谷は腕を組んだまま首を傾げ、伊吹こずえは冷ややかに彼を見る。

「思いつかないんじゃん。馬鹿なの?」


「まぁ、待て待て。馬鹿同士罵りあっても何も生まない。三人寄らばなんとやら、ここはもう一人に知恵を借りるとしようぜ」

「えぇ?委員長今日塾だよ」


 そして紙谷がスマホで連絡をして十分程経ち、三人目が到着する。


「呼ばれた来たけどさ、デートの邪魔じゃない?」

 

 整った顔に多少の困惑を浮かべる和久井(わくい)(しゅう)

「あっ、ですよね。今帰しますね。紙谷、お疲れ」


 シッシッと犬を払うように紙谷に手を振る。

「いや、帰っていいなら帰るけどよ。そんじゃ、禊ぎは済んだってことで」

 

 紙谷が踵を返すよりも一瞬早く伊吹こずえは我に返る。

「っと、ダメだ。ダメダメ、あんたがいないと特定できないじゃん。ステイ!」

「犬扱いしてんじゃねぇぞ」


 そんなやりとりの後、伊吹こずえは柊に事情を説明する。SNSで白田桐香を『白ブタ』と呼ぶ呟きがあった事。白田の名誉の為にそれを取り消させたいが、どうしたらいいものかと悩んでいる、と。


「んー。普通にメッセージ送れば?」

「取り消せ!って?」

「消さないとどうなるかわかってんのか!?って?」


 基本発想が近い紙谷と伊吹にクスリとしつつ、柊は首を横に振る。

「いやいや、別に喧嘩腰でなくさ。もっと普通に友好的に。例えば……、『あ、もしかして同小?』とかそんな取っ掛かりでいいと思うよ」


 以前聞いた話だと白田桐香の事を白ブタと呼んでいたのは男子だけのようだった。だが、このつぶやきの主は投稿を遡るとどうやら女子らしい。


 醜いアヒルと思っていた白田桐香がきれいな白鳥へと変貌を遂げた事に対する嫉妬か、それを知っている自身を特別視して欲しいと言う承認欲求か、またはその両方か。


「この話、五月には?」


 柊の問いに伊吹は首を横に振る。

「さっちゃんはさすがに心配すると思って。そもそもこいつが発端ですし」

 そう言って伊吹は紙谷を指差す。


「五月はそうは思ってないよ」

 言い終えて、眉間にしわが寄っていることに気が付いて慌ててニコリと笑顔を作る。


「お姫様を守るのは王子様の努めだろ?」

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