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古い映画で見た逃避行のような

◇◇◇

『さてどこ行きたい?』

『えっとね、水族館』

『まだ暑いしな。了解』


 結局、次の週末に水族館に行くことにした。電車を一度乗り換えて都心の方の水族館へと向かう。


 白田の服装は何度か見た私服の印象とはガラッと変わるストリートスタイルだった。前と同様にキャップこそ被ってはいるものの、大きめのTシャツにスカートではなく少し幅の広めのカーゴパンツ、靴もスポーティなスニーカーだ。


 赤茶色の(ふち)が目立つ伊達メガネをかけた白田は気恥ずかしそうに五月の反応を伺う。


「……変かな?」

「いや?全然変じゃない。つーか割に似合うとすら思うんだけど」

「本当!?……えへへ、この服……というか上から下まで全部こずえが貸してくれたんだよ。リュックも」

「あー、言われてみればぽいな。似合いそう」


 似合う、という単語に対抗心を燃やしてしまったのか白田はムッと頬を膨らませて五月を見る。

「そうやって誰にでも似合うって言うんだ?」

「言うと思うか?」

 五月の問いかけに白田は首を横に振る。

「だろ?じゃあさっそく出発だ」

「うんっ」


 準特急で三十分、そこで一度乗り換えて目的の駅に向かう。


「あ」

「マジか」


 私鉄から乗り換えたターミナル駅。ホームの向こう側に掲げられた大広告を見て二人は小さく驚きの声を上げる事になる。


 そこにはリンゴを手に持つ白田の姿。真っすぐとこちらを見つめてくるその視線は神秘的なものさえ感じさせる。


 チラリと隣の白田を見ると、白田も同様に五月を見ていて照れ臭そうに笑う。


「……すごいね」

「何で他人事っぽいんだよ」


「ん~、そう言われてもいまいち実感が無いと言いますか。あっ、写真撮ってもいい?五月くんと『白田桐香』の」


 他人事の様にそう呼んで、五月にカメラを向ける。五月の向こうには『白田桐香』の大看板。

「別に構わないけど。折角だしな」

「ふふ、ありがと」


 パシャリとシャッターを切り、五月と看板を写真に収める。


「姫さんも撮ってやろうか?」

「……え、じゃあ折角だから」


 自身の広告を背に恥ずかしそうにピースをする白田。まもなく電車がホームに到着する旨を知らせる放送のすぐ後にパシャリとシャッター音が鳴る。


◇◇◇


「大丈夫?電車酔い?」


 電車に揺られながら難しい顔をしてスマホを眺める五月に、白田桐香は心配そうに声をかける。


「いや、そういうのじゃない」


 スマホの画面に映るのは先ほどホームで撮った白田と看板の写真。


「じゃあなに?」

「んー、当たり前なんだけどさ。全然違うな、って」


 五月の言葉を受けて白田はカーゴパンツを少しつまんでみせる。

「服装?」

「いや――」


 言うか言うまいか少し考えたが、今更飲み込んでもしょうがないので口に出すことにする。

「写真が。俺が撮ったのと全然違うなって」


 白田桐香は少し驚いた顔をしたかと思うと、少し微笑んで小声で囁く。

「……加賀美さんが撮った写真と、って事?」


「……そうだよ。いや、重ねて言うけどさ。当たり前なのはわかるんだよ。俺は素人だしスマホだし、相手はプロだしいいカメラだろうし、きっとパソコンで修正とかしてるんだろうしさ。違うのはわかるんだよ。でも何て言うか……。上手く適当な言葉がはまらないんだけど」


 白田は恐る恐ると手を上げる。

「あのー、五月くん。多分わたしそれわかるよ」


「何でわかるんだよ」


「わかるよ。わたしもよくあるもん。それね、きっと嫉妬だよ?」

「え?」

 

 電車に揺られながら腕を組んで考えてみる。


 眉を寄せて首を傾げる五月をにこにこと白田は眺める。通過する駅にも一つ、白田桐香の大看板が見えたが五月の目には入っていない様子。


 一駅、二駅と過ぎた頃。五月は眉を寄せたまま白田を見る。


 五月がじっと自身を見たまま言葉を発しないので、白田はニコニコとしたまま五月の気持ちの整理を待つ。


 五月はまた視線を宙に戻して『うーん』と唸る。そのうちに電車は二人の目的地に着く。


 駅から十分少し歩いて、水族館の入った高層ビルを目指す。大通りでなく、人が少ない道を歩く。


 ふと、五月は立ち止まり周囲を見渡す。近くに人がいないことを確認してからおもむろに呟く。

「そうか。嫉妬か」


『いやいや』とか『違う』とか『そんなはずない』とか『俺なんかが』とか。電車で指摘されてからそれらの言葉が一通り頭を駆け巡ったあと、認めてみるとその言葉は驚くほどストンと腑に落ちた。


 何に対する嫉妬か?加賀美恭也の才能に対する嫉妬か?否、白田桐香に対する嫉妬だ。


 では何故嫉妬するのか?と考えて初めて漠然と抱いていたものの、罪悪感で蓋をしていた感情の正体に気が付いた。


 五月は傍らで微笑む白田を見る。


 そして感情の正体を確信する。

「あのさ。写真撮ってもいいか?」


 突然の唐突な申し出であったが、白田は躊躇わずにコクリと頷く。

「うん、もちろん」


 そして辺りも気にせずに白田桐香は帽子と眼鏡を取る。帽子から解かれた艶やかな長い黒髪を手で撫でる。残暑の厳しい都心のビル街に生ぬるい風が吹く。


 五月はスマホを白田に向ける。スマホ越しに目が合うと照れくさそうにクスリと笑う。


「撮った?」

「いや、まだ」 

「はーやーくーっ」


 スマホカメラを通して白田を見る。直接その目で白田桐香を見る。どちらも同じ白田桐香だ。……だが、それだと写真の意味はない。


 記録すると言う意味では意味のある事だろうけれど、加賀美恭也の写真は別の地平だと素人目にもわかる。陳腐で使い古された言葉で言えば、一瞬を切り取る……とでもいうのだろうか。


「白田」


 名を呼んだ後で少し考える。考えて口を開く。


「……何年も探していた、初恋の人を見つけた顔、で」


 自分で言って恥ずかしくなるような、普通であれば一生使わないような言葉。


 その言葉を聞いた白田はムッとふてくされた様な、照れくさい様な、少し嬉しい様な、頬を赤らめつつも様々な感情の混じった顔でスマホを持った五月を指差す。


「もう見つけてるよ」


 パシャリ、とスマホのシャッターがなる。


 そこに映る白田の表情は、どの写真集にも存在しない顔だ。


「撮った?見せて見せて」

 犬であればパタパタと動く尻尾が見えるかのように白田は五月に駆け寄るが、五月は少し口角を上げつつスマホをしまう。


「いつかな。行こうぜ、水族館」


 写真は見たいが、何となく五月が嬉しそうなので白田も少し嬉しくなる。

「うん、行こっ」


 そのまま少し歩いたところで、帽子と眼鏡を付けていないことを思い出して慌てて装着して水族館に向かう。


 いつか古い映画で見たような、逃避行のような二人の旅。


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