眠れぬ森の白雪姫
◇◇◇
「えっ!?ついに王子様のバイト先に行ったの!?」
「ちょちょちょっと、こずえ!声が大きいよ!」
友人である伊吹こずえの驚きの声を白田桐香は慌てて制止する。場所は教室、周りにクラスメイトもたくさんいる中で大きな声で話して欲しい話題ではない。
「……それに何よ、その王子様って」
キッと伊吹を睨みながら、口を尖らせて小声で咎める。
「ん?白雪姫の想い人だから王子様。あはは、上手いでしょ」
白田のグラビアに付けられていたキャッチコピーの『白雪姫は眠らない』からの引用に自画自賛をしてケラケラと笑う。
「だ……誰も想い人だなんて言って無いんですけど」
「まぁまぁいいじゃん。それに下手に固有名詞出すよりいいでしょ。もし知ってる人に聞かれてもばれないじゃん」
なるほど、確かにと白田は腕を組み考えてみる。
「んー、まぁ……無しではない……かなぁ。でも王子『様』はちょっとやり過ぎなんじゃない?」
「じゃあ王子か王子くんか八王子とか?呼び名は好きにしたらいいから早く続きを教えてよ。かっこよくなってたの?」
白田は毅然と首を横に振る。
「ううん、五月くんは昔から格好いいよ」
「うっぎゃあー、ちょっとは控えなよ。ていうか思いっきり名前言ってるじゃん。何が想い人なんて言ってないよ。アホか。もう連絡先交換くらいはした?それとももう遊ぶ約束したとか?」
沈黙で答える白田に伊吹こずえは呆れ顔で首を捻る。
「まさかどっちもまだなんてことはないよねぇ?」
「や、そのまさかと言いますか――。あっ、ほら先生来たよ!席に戻って戻って!」
「まだ話は終わってないからね?たっぷり続きを話してもらうから」
白田を指さして捨て台詞の様にそう言いながら伊吹こずえは席に戻る。窓際の一番前が彼女の席。
中学高校とバレーをやっている為か、背は白田よりも少し高い。ボーイッシュな短い髪に少し日焼けした肌。白田とは高校からの付き合いだ。
教師が入室し、号令の後授業が始まる――。
◇◇◇
少年漫画誌の平均購読年齢が三十歳を過ぎたとしても、やはりメインターゲットは少年であり、小中とは異なり高校にもなると雑誌を学校に持ってきて回し読みをしたりするようになるものだ。
白田桐香の学校でもそれは例外ではなく、彼女がグラビアを飾った週刊少年誌も例外ではない。
その整った容姿と穏やかな性格から元々男子人気も高かった白田であるが、雑誌のグラビアを飾った事でその人気は更に高まりを見せる。
「白田さん、俺五冊買っちゃったよ」
「ありがと~。アンケート出してくれると嬉しいな~」
「マジでビビったよ、コンビニで立ち読みしようとしたら表紙が白田なんだもん。思わず違う立ち読みに……」
ピピーと笛の音が鳴る。
「はーい、下ネタはアウトでーす。委員長そいつ出禁にして~」
「オッケー。お帰りはこちらー」
「え?今何かあった?ねぇ、こずえ」
伊吹と委員長と呼ばれた女子を中心に白田に群がる男子たちの整理を行っている様だ。
面倒や迷惑とも思うが、同級生の女子がグラビアを飾るなどと言う現象は余り起こり得る事でも無いので心情は理解はできる。
「ちゃんとルールを守らないと厳しく制限すると先生からお達しを受けてますからね~。質問や行動はしっかりと相手の気持ちを考えるようにしてくださーい」
ご意見・要望の中ではやはり『なぜ水着じゃないのか?』と言ったものが多いようだ。それでもほとんどの男子は世間話の範囲と言うか、雑誌の感想や驚きを伝えるだけに留まる。
「で、肝心の王子くんはなんて言ってたの?」
昼休み、園芸部の花壇の横で昼食を広げながら議題が再開される。
言うか言うまいか逡巡した後で、やや顔を赤らめつつ白田はぼそりと呟く。元の肌が白い為、赤くなるとすぐにわかる。
「……水着じゃないんだ?って」
その言葉を聞いて伊吹こずえは頭を押さえて大仰に天を仰ぐ。
「あー、王子っ。所詮王子も男の子か」
「ちょっと。所詮とかって言わないでよ」
ムッと頬を膨らませる白田の機嫌を取るように、彼女の口に卵焼きを近づける。
「ごめんごめん。でもまぁ男子高校生なら健全な反応でよかったね。次はリクエスト通り水着のグラビアにしたら?」
「うーん……。あ、卵焼きおいしい」
「ふはははは。でしょう?ママから聞いてあたしが作りました」
「へぇ、すごいすごい」
「で、王子くんは今日はバイト何だっけ?」
「ううん、今日は違うはず。毎週月と水だけだよ」
「怖っ、恐怖ストーカー女」
「叩くよ?」
と、言い終えた時にはすでに肩をぼすっと叩いている。
「まぁまぁ。『眠らない白雪姫』こと白田桐香サンにストーキングされて嫌がる男子もおりますまい」
「すごいね。まだ言うんだ」
「じゃあ今日王子様見に行こうよ。あたしが連絡先聞いてあげるよ」
「えっ、やだ」
即座に断りの声を上げる白田にジッと白い目を向ける伊吹こずえ。
「じゃあ自分で聞けんのかよぉ。おうおう」
「それは勿論……聞ける……けど、さぁ」
とは言う物の、考える。
偶然や仕事帰りを装いバイト先に行ったとして、週に二回帰り道の十分程度の接触しか持てないのは事実だ。
不意に閃いた様子でパンと手を叩き、キラキラした目を伊吹に向ける。
「私も同じ店で働いたらどうかな!?」
「基本発想がストーカー気質なんだよなぁ」
「あ、また言った!じゃあこずえはもっといいアイディアあるって言うの?」
「うん。普通にあるけど。王子様学校どこだっけ?」
「珠賀谷だよ。都立珠賀谷高校。二年C組。出席番号二番」
呆れ顔を白田に向けながらスマホをすいすい操作する。
「そんなの調べるなら連絡先も調べられると思うんだよなぁ。もしかして知ってはいる?」
「えっ」
白田桐香の返事を待たずにスマホのイヤホンを付けて通話を始める。
「あ、もしもしー?あたし。ちょっと聞きたいんだけどさ、うちらの中学で誰か珠賀谷行って無かったっけ?……あー、たぬたぬか。連絡先わかる?これから行っていいか聞いといて。って言うか行くから。うん、よろしくー」
通話を終えると伊吹こずえはニコリと微笑む。
「珠賀谷に同中の子がいるから今日会いに行ってくるから」
「えっ、一人で!?」
「そうなのよ。知らない学校に一人で行くの怖いよね~。誰かついて来てくれないかな~」
わざとらしく、白々しい口振りで白田の反応を待つ。白田は照れ臭そうに笑い小さく手を上げた。
「……しょうがないなぁ」