鏡に映った誰かとわたし
◇◇◇
「おぉ、マジで売ってんな」
今日は白田桐香ファースト写真集『白雪姫は眠らない』の発売日。
放課後、紙谷庵司と和久井柊と共に隣駅の大きな本屋へと赴いた。売り場面積は地域最大級らしいこの書店で、白田の写真集はデンと表紙が見えるように陳列されていた。人気コミックのようにガツンと平積みされているわけではないけど、今週発売の写真集群の中では優遇された陳列をされているように思う。
「ひーふーみーっと。五月は?」
一冊三千円近くする写真集を三つ手に取り、スナック菓子でも差し出すかのようにもう一冊俺に向けてくる。
「や、俺はいい」
「あぁ、ムッツリーニさんは電子版でしたっけ?」
「……うるせぇ」
「柊は?」
「ん?もう頼んでるから届いてると思うよ」
「はいはい、便利ですねー。その便利さが街から本屋さんを消していくんだよなぁ。んじゃレジ行ってくる
わ」
そう言って特に恥ずかしがる様子も無く紙谷はレジへと向かう。レジは少し混んでいて何人か並んでいたが全くお構いなしだ。
陳列された白田の写真集にチラリと目をやると、柊がスマホでパシャリと写真を撮った。
「白田に送るのか?」
「いや?君に。撮りたくても撮らないだろ、どうせ。はい、送信」
ピロンと写真が送られてくる。
「……別に撮りたくはねぇよ」
「まぁお邪魔なら消してよ」
「わははは、見ろ見ろ。店舗特典で白田桐香のサイン入りオフショットフォトカード貰ったぞ。三枚!見せてやんねぇけどな!見たけりゃお前らも買えよ」
そう言ってわざとらしく貰った写真をチラリと見る。
「あ、そう。別に良いけど」
柊はスンとした顔でスマホを操作する。何か文字を打ってやり取りをしたかと思うと、チラリと俺を見る。
「もう建物に入るってさ」
誰が、とは聞かなくてもわかった。伊吹こずえと、白田。もしかしたら委員長もいるかもしれない。もっとも、あの子は俺にとってなんの委員長でもないけれど。
それから三分もしないうちに三人は書店に現れた。予想通り白田と伊吹こずえと委員長だ。白田はここ最近と同様に髪を二つおさげにして眼鏡をかけている。
「こんにちは~、皆もやっぱり来たんだ。やっぱり大きいところに来るよね~」
「一応なんですけど、彼女のことは『姫』で統一お願いしますね」
変装した白田を手で示して委員長がそう告げる。現状、人気爆発で誰もが知っていると言うわけでもないが、出来る限りの配慮をと言うことらしい。
「姫、あっちに売ってましたよ」
俺が売り場を指さすと白田は何かを言いたそうにジッと俺を見る。
「……見た?」
「売り場?」
「ううん、本」
「や、まだ。たぶんもう家には届いてる」
「そっか」
白田の写真集が並んでいるのを見て、伊吹こずえも委員長も喜び写真に収めていた。
「お兄さん、これ売れてます?」
「ちょっ……、こずえ!」
白田の制止を振り切り伊吹は男性の店員に声をかける。声をかけられた書店員さんはチラリと伊吹の持つ本を見てからニコリと人当たりの良さそうな笑顔を見せる。
「えぇ、新人の方の写真集にしてはかなり売れていると思いますよ?先程三冊買われた方もいらっしゃいましたし」
「ですか~。ありがとうございまっす!」
ペコリと頭を下げてニコニコと白田のもとへと戻ってくる。
「売れてるってさ。三冊買った人もいるって」
「……止めてってば、もう」
「三冊買ったのは紙谷な」
「嘘っ。じゃあわたし五冊は買わなきゃじゃん」
「一冊でいいってば!」
書店内ではお静かに。
結局白田に止められながらも伊吹こずえは五冊買いを決行したのだった。三千円×五冊。
それから少しの間、少し離れたところから本が売れるか観察する。新人の写真集にしては売れている、というだけで馬鹿売れと言うわけではない。ネット調べでは二万冊も売れればヒットと言えると書かれていた。コミックと比べれば少なく思えるが、よく考えると単価が高い。
「あっ、見てる」
二十代前半の男性が写真集の前辺りで立ち止まる。
「……どうですかね、紙谷隊員。クロですか?シロですか?」
「何ごっこ?」
「あー、クロですね。手に取った。舐めるように表紙を眺め~の、レジに~、はい向かいました」
「おいコラ、やらしい言い方すんな」
「さぁて、彼は家に帰ってあれで何をするのか……」
「見るだけに決まってんだろ、姫の前でそういう言い方やめろこら」
神谷と伊吹の漫才のようなやり取りを白田も柊も委員長も微笑ましく見守る。
◇◇◇
先日の白田桐香テレビデビュー。三十分番組の中で口を開いたのは僅かに五回くらいのその番組は彼女の評判をさらに押し上げることになったらしい。俺は白田の事を調べないし関連する記事を見ることも一切しないが、伊吹と委員長が言っていた。
彼女らが言うには、居並ぶ新人タレント達が『目立とう』『爪痕を残そう』と躍起になって我先に自分の話をしようと足掻く中で、あれだけの美人が自己主張をせずに画面の端にちょこんと座っているのが逆に異質に映った様子だった。かといって余裕の表れという訳でもなく、いざ話を振られてみるとあわあわびくびくとまるで場慣れしていないところが見た目とのギャップで受けたようだった。
押してダメなら引いてみろということか?世の中何が受けるかわからないが、確かなことは白田の容姿はあの中でも一つ抜けていたと言うことだろう。
「そんじゃ、気を付けてな」
「うん、また」
皆と別れて、白田の家の前で別れる。もしかしたら、こんな時間ももう無くなるのかもしれない。多くの人が挑み望む芸能界に対して甘くみているとお叱りを受けるかもしれないけど、多分白田はこの写真集で更に飛躍すると思う。
今よりもっと人気になって、話題になって、同級生たちから情報も漏れて、家バレとかもするかもしれない。
そんな中、例え俺の様な隠者とはいえ一緒に帰るなどという行為は要らぬ誤解を招くだろう。スキャンダル一つで失墜した芸能人など腐るほどいる。
白田はこんなに変わろうと頑張っている。それを俺が邪魔するなんてことは絶対にあってはならない。
と、なると。ゆくゆくは――、と想像してため息をついてしまう。
「わっ」
その直後、後ろから白田の声がして思わずビクッと身じろぐ。
「うわっ、白田!?」
「ふふ、前はバレちゃったけど今日は成功だね。リベンジ成功!」
そう言って白田は笑いガッツポーズをする。
どうやら別れた後も後ろをついてきていたようで、考え事をしていたせいもあり不覚にも気が付かなかった。
「五月くんも本買ってくれたんだよね?」
「まぁ、付き合い程度にな」
白田は言うか言うまいか少し考えた後で、言い辛そうに口を開く。
「あのね、実はわたしもまだ中身見てないんだけど……、もしよかったら一緒に見せて貰えたらな~って」
え、と声が出る。
事前に貰えたりするものかと思ったが、実際には違うのだろうか?それとも例えば一人で見るのが怖いとか……。
生意気にもスキャンダルの事も頭に浮かんだ。
断ることもできたはず。でも、いつかこんな時間も来なくなってしまうかもしれないと思ったら、断ることはできなかった。
「……母ちゃん六時まで仕事だぞ」
その返事で答えを理解した白田は嬉しそうにコクリと頷く。
「うん、ありがとう!」