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白田桐香、電波に乗る

◇◇◇


「……須藤さん、明日誰か替わりに(はい)れたりしませんか?」


 火曜日の放課後、バイトはないがバイト先に向かい、須藤さんに聞いてみる。


 一年近く働いて初めてそう告げる。誰かの替わりに入ることは何度もあったが、特に何の予定もなく風邪をひいたりも特にしない健康体な俺は一度もシフトを飛ばすことは無かった。


「ん?珍しいな。まぁどうにかするよ。風邪か?」

 替わりの人員がそうすぐに見つかるのかどうかは分からないけれど、須藤さんは二つ返事で受けてくれた。余所のバイト先の話だと、露骨に嫌な顔をされたり罰金とかだったりするらしい。


「や、そういう訳じゃ無いんですが」

 そのまま『はい、そうなんです』と言ってゴホッと咳の一つもすればいいのかもしれないけれど、善意で受けてくれた須藤さんに対してそんな嘘で返したくない。正直に言おうとは思うのだが、理由が理由なので少しばかり言葉を濁してしまう。


「ほう。じゃあなんだ?デートか?デートなのか?」

「いや、それも違うんですが」


 須藤さんは特に苛立つ素振りもなく、青二才のシフト飛ばし理由当てクイズに乗ってくれる。

「デートでもない、と。じゃあ桐香ちゃんの発売記念イベントとか?」

「……でもないんですが」

「マジか。じゃあ方向性は合ってるよな?その位教えろよ」

 タバコの灰が少し長めにポロリと落ちる。

「えぇ。方向性はそっちっす」


 短くなったタバコを咥えながら腕を組んで首を傾げる。

「だよなぁ。お前他に用事とか無いもんなぁ。方向性は合ってる、デートではない、発売イベントでもない。となると、……あ、分かった。テレビだ。テレビ出るんだろ?」


「え、嘘でしょ。何で分かるんすか、すげぇ」


 まさかの正解である。


「わはは。すげぇだろ?物書きの洞察力と推理力をなめんなよ」


 得意げに笑いながらタバコに火をつける。須藤さんの謎の名推理のとおり、明日の夕方八時から少しテレビに出るらしいのだ。『本当にちょっとだけど』と白田は言った。八時に放送。バイト上がりは十時。なら家に帰って録画で見れば充分だろう。わかる。他のやつが同じ事を言ったなら俺もそう言う。


 でも、わからない。理屈や道理で言えば間違っている……まで行かないものの少なくとも正しくはない。けれど実際にそうしたいと思ってしまい、須藤さんに伝えるまでしてしまったのだ。正直な話、自分でもよくはわからない。


「……そんな理由で休んで平気ですか?」


 須藤さんは一度長くタバコを吸ったかと思うと、煙を吐きながら首を横に振る。


「いや、ダメだな。そりゃダメだ」

 

 百八十度意見の変わった須藤さんに一瞬困惑する。だが常識的に考えてそうだよな。どこの世界に『テレビが見たいから休みます』と言って『はい、どうぞ』と休ませてくれるバイトがあるというのか。


「あー、やっぱりそうっすよね。聞かなかったことにして――」

 俺の言葉を遮り、須藤さんは口を開く。

「あぁ、勘違いするなよ?『そんな理由』で休むのはダメだって事だ。お前それって言ってみれば桐香ちゃんのせいで仕事休むって事だろ。それ知ったらあの子どう思う?嬉しいか?喜ぶか?」


「……あのー、お言葉ですが須藤さんそんなに白田のこと知らないっすよね?」

 恐る恐る口を挟んでみる。


「知らねぇよ?でもわかるだろ。足繁くお前のバイト先に足を運び、店内で待つわけでなく買い物をしてすぐに店を出る。で、近くの喫茶店で時間を潰したりして、帰りを裏口で待っている、と。それだけあればだいたいどういう性格かわかるわな」


 なるほど、ここでも推理力が発揮されてしまうわけか。


「須藤さんの書いてるのって推理小説ですか?」

「いや?秘密。まぁとにかくだ。そんな理由では休ませねぇ。あいにく俺も明日バイトでな。俺が見たいからお前は家で責任持ってしっかり録画してくれ。わかったな?セットして終わり、じゃないぞ?しっかり撮れてるか自分も見るんだぞ?」


「えっと、それって……」


 大きくタバコ混じりのため息をつく。


「察しの悪いやつだな、みなまで言わせんな。わかったな?4Kだぞ?」


 須藤さんはニヤリと笑う。

「ありがとうございます!」


◇◇◇


 白田曰わく、俺に話をする情報は全て解禁後の情報だそうだ。意外にと言うか流石というかしっかりしていると思う。


『と、言うわけで今日須藤さんに休まされたから俺も見てみようかな』

 当日白田にそう伝える。嘘は言っていない。


 すると、ピロンとスタンプが届く。なんか出っ歯で毛のないネズミ?が驚いているスタンプ。

『本当!?』

『そんな嘘はつかない』

『……ちょっとだけ恥ずかしいね』


 白田の家では普段は遅い父親も仕事を早上がりして皆でテレビを囲むらしい。寿司の出前を取り、良いお酒を開けるのだそうだ。

『寿司いいなぁ』


 因みにうちは特に伝えていない。画面に映るときになったらサプライズで母ちゃんに伝えようとは思っている。

『食べきれないくらいいっぱいだよ。五月くんは何が好き?』

『んー、マグロと玉子とエンガワとイカとアナゴとイクラとウニかなぁ』

『あはは、すっごいスラスラ出るんだね』


 とにかく、白田の家は六十インチオーバーの大画面テレビで、寿司と良いお酒を囲みながら白田桐香のTVデビューを待つようだ。


 ネットの台頭で権威も影響力も落ちたとはいえ、腐ってもテレビである。


「母ちゃんさん、今日の晩御飯なんすか?」

「今日はそうめんにしようかな。チンだけどちくわの天ぷらあるし」

「そりゃごちそうっすね」

「あら、いやみ?」


 そんなやりとりをしているうちに番組が始まる。

『始まったよ!』


 大物お笑い芸人が仕切って、その後ろに沢山の芸人タレント芸能人が座っている。端の方にぎこちなく笑う白田がいた。


『いた』

「母ちゃん、白田がテレビ出てる」

「嘘っ!?本当だ!きゃ~、桐香ちゃん!」


 沢山の人数が出ているので、ほとんど喋ったりはしない。それでもちらほらと画面には移り、時折隣の席の女性とひそひそ話して笑っているのが見えた。


『何話してたの?』

『……えっと、緊張してます、とか』


 結局、三十分の中で白田が発した言葉はトータルで五つ位だった。なるほど、ちょっとだけとはそう言うことか。


「はぁ~、すっかり芸能人ねぇ桐香ちゃん」

 感慨深げに首を横に振る母。気づけばそうめんはのびきってぐずぐずである。


「ちょっと映っただけだろ、大げさな」


 それでも、そのちょっとでも、あれだけ人がいた中で一際目を引いたのは白田だった。ただの知り合いの欲目の線も否定はできないけれど。


 番組も終わり、さて録画チェックでもするかと操作を始めた矢先にピンポンとインターフォンが鳴る。


「五月、出てー」

「へいへい。どちらさまでしょうか?」

 インターフォンの画面を覗くとキャップをかぶった白田の姿。


「あっ!……さっ!五月くんと小学校一緒だった白田と申します」

 畏まった挨拶に思わずニヤリとしてしまう。親父と勘違いしているのだろうか。


「はいはい、俺がその五月くんだよ」

「えっ!?……だって声の感じがなんか違うんだもん。……お父さんかと思った」


 案の定だ。恥ずかしそうにキャップのつばで顔を隠す。


「今開けますんで」


 玄関を開けると、白田は誰にぶつけていいのかわからぬ気恥ずかしさをジッと視線で俺にぶつけてくる。

「もうっ」


「や、俺何もしてませんし」


「……見た?」

「見た。全然ちょっとじゃねーじゃん。三十分丸々じゃん」

「……感想は?」

「んー、実物とも写真とも違う不思議な感じ」

 素直な感想。白田はやはり照れくさそうに笑う。

「そっか」


 そして思い出したように手に持ったでかい包みを差し出してくる。

「あっ、これ!……余り物だけどよかったら」


 差し出された包みの中身は寿司桶。余り物というには手付かずのお高そうな寿司が綺麗に並んでいる。

「え、マジ?」

 マグロも玉子もエンガワもイカもアナゴもイクラもウニも入っている。


 きっとキラキラした視線を桶から白田に移す。

「本当にいいのか?」

「うん、勿論!食べ終わったら玄関に出しておいてね、後で取りにくるから。それじゃ!」


 ひらひらと手を振り、帰って行く白田の後ろ姿はどことなく上機嫌に見えた。





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