灰かぶり
◇◇◇
「白田さん、大分感じ違くない?前の方がよかったなぁー」
「明らかにカモフラージュだろ。でも逆に地味なあの子が眼鏡を外せば……って感じでいいよな~」
白田桐香は通学から帰宅までを変装を基本として過ごすことにした。変装といってもそうたいしたものでなく、眼鏡をかけて、髪を二つに纏めているだけだ。それでも誌面を飾る黒髪長髪のイメージとは少し離れ、印象的な目に眼鏡でワンクッション置くことで少なくとも見知らぬ人から即座に白田桐香とバレることは無くなった。
「俺写真集三冊買うから写真一緒に撮ってくれない?」
「すいませんねー。そういうオプションは行ってないんですよねー」
白田でなく伊吹こずえが迷惑そうに答える。何らかの見返りを求める行為は全て断ることにしている。サイン、握手、写真、連絡先の交換などなど。勿論こずえの独断と言うことはなく、白田と委員長と三人で相談して、一応事務所にも確認を取って決めた事だ。
「えぇー?白田さん、ダメ?」
伊吹はとりつく島もなしと判断して白田を拝み倒しに掛かるが、当然伊吹がシャットアウトだ。
「だからダメだっての」
「なんだよ、けちくせーな」
不満を吐き捨てながら男子生徒は去っていく。
――そして休み時間、園芸部の花壇を眺めるベンチにて昼食をとる三人。
「ねぇ、こずえ。……少しくらいいいんじゃないの?」
心配そうな顔をした白田は小声で伊吹に問い掛けるが、彼女は毅然と首を横に振る。
「ダメだよ。桐香は性格的に『少しくらい』ってのは無理でしょ。求める人全員にするでしょ?さすがに腱鞘炎になるっての」
確かに自分でも容易に想像がついた。元々頼まれ事を断りづらいタイプだ。
「で、桐香サンが肘を痛めてまで書いたそのサインちゃん達はどうなると思う?七割方フリマアプリに並ぶわけですよ」
「えぇ!?……流石にそれはないよね?」
「いやいや、あるでしょ。しかも本人がサインしてるとこの写真とか付けたら確実に良い値で売れますよ。良い値でイイネ!ですよ」
良い笑顔で親指を出してくる伊吹を委員長は白い目で見る。
「……あんた何言ってんの?でも、桐ちゃん。こずえの言うことも一理あるよ。それで止めたら止めたで『前はしてくれた』とか『あの子だけずるい』とか言われてちゃうんだから。だから全員にしないのが正解だよ、きっと」
伊吹も委員長もまるで自分の事のように調べ、考えてくれる。白田はそれをとてもうれしく思うと同時に少し心配にもなる。
「……でもこずえばっかり悪く思われちゃうんじゃん」
「わたし?別にいいんじゃん?適材適所って言葉もあるし、あんまり関係ない人たちにどう思われてもわたし全然気にならないしね。あっはっは」
軽く笑ってポンポンと白田の頭を軽く叩く。
「それより、姫はわたしのことなんか気にしている場合なのかな?基本変装はしておくとしてさ、……今までみたいに気軽にさっちゃんと会って平気なの?あ、分かってると思うけど、会うの止めろって訳じゃないからね。どっちが優先かなんてわかってるから」
芸能人の熱愛報道。興味のあるなしに拘わらず今まで腐るほど耳にしてきたスキャンダル。清純派を売りにしていればいるほど、意外性があり耳目を集めるだろう。
元々、白田桐香は華やかな芸能界に憧れて足を踏み入れたわけではない。雨野五月とまた昔のように繋がりたい一心で、自分に自信を付け、少しでも興味を持ってもらえるようにと考えた苦肉の策だった。
そしてそれは想像以上に上手くいってしまった。
それにより五月と会えないなんて事になってしまったら元も子もない。
少しの沈黙の後で委員長が手のひらを上げて口を開く。
「こずえばっかりに嫌な役させるのもアレだし、桐ちゃんから言い辛いかもしれないから言わせて貰うね?……もう止めてもいいんじゃない?お仕事」
あまりに突っ込んだ発言に伊吹は驚き口が開いてしまう。白田は申し訳無さそうに笑う。
「……今は無理だよ。お仕事一杯貰って、たくさんの人達が関わって、みんな喜んでくれてるんだもん」
黄金の羽を持つガチョウがいた。捕まえたが手が離れなくなる。それを助けようと掴んだ人も手が離れなくなる。その次も、その次も、その次も――。そんな寓話とよく似た話。
「まだ社長にも恩返しできてないしね。だからもう少し頑張る。もう少し頑張って、ちゃんと社長たちに恩返しをして、……止めるならそれからだよ」
望んでから一年も経たずに雑誌のグラビアという舞台に導いてくれた。来年だったら受験がある。それこそ最短距離で導いてくれたからこそ、学校は違えど五月と高校生活が送れるのだ。感謝してもしきれない。だから最低限の恩も返さずに止めるわけにはいかない。
「……いい子だねぇ」
「なら一つ提案。しばらくの間、どこかに遊びに行くときは最低四人にした方がいいと思う。グループで遊べばあらぬ誤解も招かないと思うの。まぁ、誤解でもなんでもないけどさ」
「おっ、いいんちょ名案。つまり、桐香とさっちゃんとわたしと柊くんって事だね。ダブルデートかぁ、えへへへ」
自分で言って自分で照れる伊吹こずえ。
「……あんたねぇ。和久井くんは彼女いるんでしょ?」
「……わかってまぁ~す」
二学期になり、白田桐香の周りは騒がしさを増してきた。高校生世代にはウェブCMの方が目にする機会も多く、それに加えて写真週刊誌に載った事が箔付けになったようだった。
サインも写真も握手も求められる機会がぐっと増えた。学校にいる間は伊吹がことごとくそれを遮る。白田にヘイトを集めるわけにはいかないので、わざと感じ悪く断る。そうすれば自然と白田がフォローをしてくれるので、彼女の評判は下がらない。
これから写真集の発売を控え、それに合わせて遂にテレビ出演も決まった。
きっとこれからもっと忙しくなるだろう。
もしかしたら、中々五月と会えなくなるかもしれない。
「……ちょっと二人に相談なんだけど」
言い辛そうに白田桐香は呟き、伊吹も委員長もその表情で内容を察する。
「おう、どんとこい」
「何でも聞いて」
多くの人々が自身を評価してくれるようになった。友人達が助けてくれるようになった。前より少しは自分にも価値があるのではないかと思えるようになった。
自信過剰かもしれないけれど……五月に嫌われてはいないだろうと思う。
もっと仕事を頑張ってからの方がいいだろうか?受験が終わってからの方がいいだろうか?何度も考えた結果、きっといつにしたって言い訳は付いてしまうことに気が付いた。
今のままの関係もとても楽しく幸せだ。いつまでも続けばいいと思う反面、もう一歩先にと欲張りな気持ちも生まれてしまう。
「五月くんに告白しようと思うの」
そう言って白田桐香は顔を赤く染めた。