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白雪姫のシンデレラストーリー

◇◇◇


 すでに流れているソシャゲのウェブCMに続いて写真週刊誌、アイドル雑誌、ファッション誌。夏休みの終わりが近付くにつれ、白田が秘密にしていた仕事の成果が続々と世に出始めた。


 そして、待望のファースト写真集が九月の中頃にリリースされる、と白田が載った各紙に記されていた。


 毎回『本日発売だよ!』のメッセージが来て載っていることを知る。日付が変わるとほぼ同時にメッセージが来て、深夜にコンビニに買いに行く。アイドル雑誌はコンビニで売っておらず、自分で買うのも気が引けた為、ポチる事にする。


『白田さんはアイドルなんですか?』


 念の為一応聞いてみると、首を傾げるチンアナゴのスタンプが返ってくる。

『や、アイドル雑誌に載られてるんでそう思った次第で』

『あ、それはね。違うの。アイドルじゃないのに社長が……』


 白田が教えてくれた情報が全部だとしたら、一応今まで載ったやつは全て目を通しているつもりだ。ちなみに、電子版で買うとページ数が多かったりするのでその場合は両方買っている。そこだけ切り取るとなんだか熱心なファンみたいだが、そういうわけではない。


『えっと、一応感想とか聞いても平気?批判でも批評でもいいけど』

 いったい俺がどの面下げて白田の頑張りを批判や批評すればいいというのか。


 でも、一応載っている全紙に目を通してみて、素人目ながら思ったことならある。


『もし全然見当違いの的外れだったら恥ずかしいんだけどさ』

『うん!なになに?言って言って!』

 そっと耳を澄ませるラクダのスタンプが返ってきたので、ウーパールーパーで応戦しておく。

『写真撮る人って毎回同じって訳じゃないんだよな?もしかして、今回の写真週刊誌は前のグラビアと同じ人だったりする?』


 少し間があいたので、やはり見当違いだったかと思った矢先にピロンと返信がくる。


『よく分かったね!五月くんすごい!』

 

 後から考えてみると、よっぽど簡単なスナップショット以外は多分全てのグラビアには撮影者の名前が書いてあるんだと思う。それでも白田に褒められたのは単純に嬉しい。


『何で分かったの?』

『いや、素人だからうまく言えないんだけど……、この人の撮った写真が一番白田っぽいっていうかさ』

『なるほどね~。五月くんにはわたしはこう見えてるのかぁ~』

『別に他意は無い』


 そんなやりとりを何往復かしてメッセージを終える。パラパラと雑誌をめくってみるとやはりグラビアには撮影者の名前が書いてあって、撮影者『加賀美恭也』と書かれていた。


 そのままスマホで検索してみると、柊と比べても引けを取らないようなイケメンの画像が現れたので、被写体かと思ったらこの人が本人らしい。


 今若手ナンバーワンとまで称されるイケメンフォトグラファー加賀美恭也。


「……こんな人にカメラを向けられれば、そりゃあんな表情にもなるよなぁ」


 リンゴを持った白田の写真を思い出したら、ついボソリと独り言を言ってしまう。


 スマホのインカメラを起動してみると、なんともまぁ冴えない男がそこには映っていて思わず苦笑いをしてしまう。


◇◇◇


 白雪姫のシンデレラストーリー、とでも言おうか。


 二学期に入る頃には白田桐香の顔と名前は想像よりも広く世間に浸透し始めていた。


「ねぇ!五月は知ってたの!?これ桐香ちゃんでしょ!?も~っ、芸能人レベルにかわいいと思ったら本当に芸能人だったなんて!サインねだったら嫌われちゃうかなぁ……?」

 ある朝スマホを片手に興奮した母の口から白田の話が出た。


「……サインなんかいるか?あんまり迷惑かかることは止めろよな」

「わかってるわよ、あ~でも本当にすごいわ。あっ、ねぇ!今度写真集出るんだって!絶対買わなきゃね!」


 

 うちの母親が知っているくらいだから当然学校でも話題の端にちらほらと聞き始める。

『かわいい』とか『きれい』とか『お姫様みたい』とか。白田に伝えてやったら喜ぶだろうか?


 紙谷はもっと我が事のように自慢げに白田のことを話すかと思ったけど、意外にも自分から話す事はほとんどしなかった。


「もっとペラペラと言いふらすかと思ってたけど」


 そう本人に言うと、紙谷は『何言ってんだこいつ?』とでも言わんばかりの呆れ顔で俺を見た。いまいち紙谷の基準が分からない。


 放課後。少し早くバイト先に着くと、バイトリーダーの須藤さんが苦々しい顔で白田の載る写真週刊誌を眺めていた。


「どうしたんすか、そんな顔で。目を細めても服は消えませんよ」

「わはは、そうそう。昔のモザイクみてーにな、……ってんなわけあるか」


「じゃあ何してんですか?」


 再び問うと一際苦々しい顔で煙を揺らす。


「んー、……まぁアラサーにもなると色々あんのよ。かつての同級生との差とか、いつかの理想と現実の差とかな」


 一瞬『俺のこと言ってません?』と言いそうになるが、危なく喉の奥の方で言葉は止まる。


「須藤さんの同級生も載ってるんですか?」

「いや?載ってはいねぇよ。わはは、まぁ俺のことはどうでもいいだろ。そんな事より白田桐香とはもう付き合ってんのか?」


「……そろそろそういう冗談もシャレにならなくなりそうだからやめてくれませんかねぇ。他の誰かが聞いたら誤解するでしょ。悪い意味で誌面を飾ったらどうするんですか」

 例えば今白田がグラビアに載っている写真週刊誌とか。載ったよしみで大目に見てくれたりするんだろうか?


「ま、真剣に冗談に聞こえてるなら別にいいけどな。もしそうでないなら青春劇のの一つも見せてくれると小説のネタにもなって助かるんだが」


 いつも通り『わはは』と笑って須藤さんは煙草を一本消してすぐにもう一本火をつける。小説家志望の二十八歳。何年か前にとある賞の最終選考まで残ったことがあると前に言っていたっけ。


 この日は写真週刊誌がよく売れた――。


「お疲れ様」


 午後十時、艶のある長い黒髪を肩の辺りで二つおさげにした眼鏡の少女が俺に微笑む。勿論白田だ。


「変装?」


 いつもは髪はストレートで、眼鏡だってかけていない。そう問うと白田は照れ臭そうに笑う。

「あはは、そうなの。こずえと委員長からも強く提案されちゃって。……変かな?」


 垂らしたおさげを手で撫でながら首を傾げる。

「変じゃない。それも雑誌に載せたらいいよ」

「それじゃ変装の意味無いじゃん」


 そう言って白田は笑う。確かにその通り。だけど『似合ってる』とかきざな言葉が言えるわけでもなく、最大限褒めたつもりではあるのだけど。


 帰り道は徒歩十一分。

「お前さ、そろそろ夜一人歩きやめたら?」


 時刻は夜十時を過ぎている。女子高生が一人歩くのもどうかと思うが、加えて白田は既に芸能人と言える立ち位置。心配くらい当然する。


「平日のお仕事は月と水しか入れてないから大丈夫」

 白田は得意気に両手で少しガッツポーズを作る。


 偶然にも俺のバイトは毎週二回、月と水。

「あぁ、そう言えばうちの母ちゃんも遂に知ったよ。『桐香ちゃん芸能人だったのね!』ってさ。ははは」 

「芸能人……ではないと思うんだけど」

「写真集も買うってさ」

 

「本当!?ふふっ、嬉しいけどちょっとだけ恥ずかしいかも……。もしよかったら五月くんも――」


 そう言ってチラリと俺を見て目が合うと、眼鏡の少女は急に慌てた素振りを見せる。

「あっ!違うの!売上げがね!いいと会社も喜ぶから!そうだ、わわわたしお金出すから!それで一冊買ってくれたら!」


 赤い顔でゴソゴソと財布を求めてバッグを探り始めるので思わず苦笑する。

「や、自分で買うから平気。バイトしてるし」

「……でも雑誌より高いし」


 本当に申し訳無さそうに俺を見る。右手はまだ財布に触れている。居合いの達人が刀の(つか)に触れるが如く。


「三千円くらいだっけ?もしかしてそんな価値無い?」


 わざと挑発的な物言いと笑みを向けると、白田は不満げに頬を膨らませる。

「ある……と思ってる」

「ならいいじゃん。普通に買うよ。取りあえずポチっといたけど」

「……お買い上げ、ありがとうございマス」


 照れくさそうに俯いて白田は呟く。


 家に着く頃には十時半になっていた。白雪姫のシンデレラストーリー。零時を過ぎてもきっと魔法は解けない。


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