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魔法の言葉

◇◇◇


 八月某日、東京都下は今日も晴れ。何日か連続の真夏日を数え、うだるような暑さが今日も続く。打って変わって千五百キロ離れた南国沖縄は今日は雨。昨日も雨で、明日の予報も曇りのち雨だ。


「もしかして白田って晴れ女?」


 俺の問いかけに白田桐香は首を傾げる。

「ん~、どうなんだろう。言われてみれば昔から行事の時に雨って降った事無いかも」


「まぁ俺も苗字の割に意外と雨降らないけどさ」

「へぇ」


 白田はくすくすと笑いながら相槌を打つ。


「……そう言えば。こずえから聞いたんだけど」


 思い出したようにそう言うと、何か不満でもありそうな視線を向けてくる。

「伊吹こずえさんが何か?」


 とぼけているわけでなく心当たりは何もない。


「わたしもバッティングセンター行ってみたかったなぁ。みんなだけズルいよ」


「あぁ、何かと思えば。ズルいって言うなら俺も沖縄行ってみたかったなぁ」

「ズルくないよ、しご――、ゴホン。至極ズルくないよ」

「急に古い言葉遣いっすね」


 仕事と言いかけてまたも無理やり言い直す。迂闊ではあるものの情報漏洩に対する意識は高いようだ。


「と言うわけで今日は宿題じゃなくてバッティングセンターに行こう!」


「え、この暑いのに?」

「夏は暑いものだよ、五月くん」


 何故か得意げな笑みを浮かべつつ白田は言う。


 ――結局、行き先はファミレスからバッセンに変更になった。


 曰わく、俺と白田の失われた学校行事シリーズ……『球技大会』だ。


「白田はやらねぇの?」


 球速は百キロ、右打ちを選ぶ。野球が得意なわけでも運動神経が良いわけでもないが、このくらいならなんとかといった感じ。柊は野球経験者でもない癖に百三十キロとかもスコンスコン飛ばす。


「わたしスカートだもん。見てるだけで楽しいからいいよ」


 ニコニコと緑のネット裏で眺める白田。何となく、こないだ来たときよりも緊張する。あんまり本格的なフォームを取るのも気恥ずかしいので、神主打法っぽいフォームになる。

「頑張れ、五月くん!リラックスだよ。ツーアウトツーアウト!満塁!」

 白田が野球を知っているのかどうかはわからないが、リラックスとは真逆の状況設定に口元が少し緩んでしまう。


 バシュっと音を立ててピッチングマシーンから時速百キロで球が放たれる。ゲームで言えばスローボールと言える速度。バットを振るとキン、と金属の当たる音がしたものの、球はあらぬ方向へと飛ぶ。一応当たりはした事に安堵する。


 後ろからパチパチと拍手が聞こえる。

「頑張れ~。バッタービビってるよ~」

「……バッターは俺だ」


 別にビビってもいないし、いいところをみせようなどという気持ちも無い。ただ平常心で残り十八球に挑む。


 ――結果、残り十八球は十八分の六。打率三割三分三厘。プロ野球なら一流打者といえるのかもしれないが、ここはバッセンで速度は百キロ。しかもホームラン性の当たりはゼロ。


「お疲れ様」

 パチパチと手を叩く白田。俺は苦い顔で人差し指を一本立てる。

「悪い、もう一回やらせて」


 俺の申し出に白田はコクリと頷いた。

「うん。見てる」


 正直な話、何に熱くなったのかも分からない。


 力任せに振れば遠くに飛ぶわけではない。力めば空振りも多くなる。

 

 当たり方が悪いと手首に鈍い衝撃が走り思わず顔を歪める。


 二つ隣りのブースでは中学生と思しき短髪の少年がカキンカキンと快音を飛ばす。野球部だろうか?恐らく野球部だろうと思う。野球部だといいなぁ。


 泣きのもう一回、結果は二十分の五。打率で言えば二割五分か。ホームランの出ない二割五分のバッター。うむ、微妙。


「一旦タイム」


 バットを戻してブースを出る。すでに両手の掌はジンジンと痛む。


「白田何飲む?」

 険しい顔で自販機に向かう俺の後を追いながら、白田は財布を出そうとバッグを探る。

「えっ、えっと……じゃあ無糖のストレートティー」


 微糖のコーヒーと、ストレートティーと、あとはスポドリを二本。


 白田にペットボトルを手渡してブースに戻る。正確には今までいたブースの二つ隣り。


「……何か当てるコツがあれば教えて欲しいんだけど」

 

 中学生らしい少年が打っていたブース。スポドリを差し出してネット裏で見ていた少年に声をかける。急に見知らぬ高校生に声をかけられて少年は目を丸くした。


「あ、急にごめん。怪しいもんじゃないんだ。全然当たらないって言うか、当たっても飛ばなくてさ。正直な話……、ちょっと悔しくて」


 少年は俺が差し出したスポドリに手を伸ばしつつコクリと頷く。

「いいっすけど」

「……本当か!?助かる!あ、二人とも一回分ずつ奢るから。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げると少年は照れ臭そうに頭をかく。思い返してみると中学生時代に人に頭を下げられたことなど無い。


「彼女さんっすか?」

 俺の後ろの白田をちらりと見て少年はつぶやく。

「いや――」

 と、言い掛けて前にバイト先の葛西さんが言っていた言葉を思い出す。『適度にぼかした方がいいと思うよ~』とかそんな感じ。


「どうだろうな」

 助言通り含みありげな笑みと共にそう答えてみる。


 そして野球少年二人に助言を請う。一人が打っている間にもう一人が解説をしてくれる。一人目の二十球を終えたところで、白田を忘れていたことに気が付いてハッと振り返る。


「あ、悪い」


 予想に反して白田は楽しそうに微笑み首を横に振る。

「ううん、気にしないで。楽しみに待ってるから」

「……はは、それはそれでプレッシャーだな」


 少年達からの講義を終えて、いよいよ打席に入る。とにかく最後まで球をよく見る。頭を動かさない。力み過ぎない。理想を言えばバッティンググローブはあった方がいいらしい。少年が貸してくれようとしたが、やはりサイズが合わなかったので軍手で代用する。


「動画撮ってもいい?」

 この期に及んでばっちりと圧を掛けてくる白田桐香さん。

「……あぁ。もう好きにしてくれ。俺の勇姿をばっちりと後世に残してくれ」

「ふふ、任せて」


「ファイットー」

「打てるっすよー」


 少年達の声援を受けつつ百円玉を二枚機械に投入する。正直な話、心臓がドキドキしてきて軍手に手汗が滲む。


「プレイボールっ」

 例の如く知っている単語を並べた斬新な応援をして来る白田桐香さん。

 バシュン、カン、バスッ。当たりはする。さっきよりは随分いい気がする。だが、それによって力んだのか二球目は普通に空振ってしまう。


「よく見てー」

「振れてますよー」


「あっと一人っ。あっと一人っ」


 いつの間にかラストバッターになってしまった様だ。チョイスするワードから想像するに、白田のお父さんはもしかして野球が好きなのかもしれない。


 そして、何故か少年達も白田の『あと一人』コールに乗っかって来て、手拍子をしながらラストバッターを煽る。


 ネットに一球球が吸い込まれて、一度長めに息を吐く。なるほど、確かにその気持ちも大事だろうと思う。打率とかはどうでもいい。とにかく一球だけカキンと一発大きなのを打ちたい。


『あっと一人っ。あっと一人っ」


 傍から見れば異様な光景に見えるかもしれない。でも、不思議と悪くない高揚感。野球なんて一度もやった事はないけれど、多分俺の決勝戦。


 ファール・見逃し、そして運命の三球目。


 キィンとテレビの甲子園中継で聞いた事のある様な音がして、白球は緑のネットの高い場所へと吸い込まれていった――。



◇◇◇


「わたしは打つってわかってたよ」


 帰り道、白田は得意げに笑う。


「それは結果論だ。俺は本当に打てるとは思わなかったよ。あ、動画あとで送ってくれよな」


「うん、勿論」


 掌も痛いし腰も痛いし何故か首も痛い。でも不思議と気分はいい。


「あっ、ねぇねぇ五月くん。後で聞こうと思ってたんだけど。……『どうだろうな』って、どういう意味?」


 俺の表情と言うか反応をチラリと覗きつつ、白田は問う。


「んん-」


 首を傾げる。


「……否定とも肯定ともとれる魔法の言葉?」


「あはは、何それ。もうっ」


 答えがお気に召したのかどうかはわからないけれど、白田は楽しそうに笑う。


 夕方を少し過ぎた頃なのに、少しずつ日は短くなってきた様な気がする。


 夏の終わりは、少しずつ近づいてくる――。

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