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白雪姫と魔法の鏡

◇◇◇

「は~い、オッケーで~す!お疲れさまでした~」


 夏。八月。東京から千五百キロ離れた沖縄。白田桐香の三泊四日の撮影旅行はひとまず全日程を終了となった。三日目に雨に降られはしたが、雨の撮影カットも予定されていたので正に願ったりといったところ。最終日は観光をしてから午後帰京となる運びだ。


 屋外でバーベキューを囲みながら簡単な打ち上げを行う。沢山のスタッフや関係者がアルコール片手にわいわいと騒ぐ中で、白田桐香はニコニコと笑顔を浮かべながら端っこの椅子に座っている。


「桐香さん、お疲れ」

 この場では数少ないシラフの男性が白田に近づく。


「あっ、加賀美さん!お疲れ様ですっ!」

 白田は慌てて立ち上がり深々とお辞儀をする。

「大丈夫。座ってて。飲み物持ってくるよ。何飲む?」

「や、自分で持ってきますから」

「いいからいいから。ウーロン茶とか?」

「えっと、じゃあ――、……乳酸飲料とか、ありますか?」


 白田の言葉が意外だったようで、加賀美と呼ばれた男性は少し目を丸くする。

「へぇ。桐香さんって無糖の飲み物しか飲まない人かと思ってた」

「……基本的にはそうなんですけど、……お祝いの時はいいかなぁって。あっ、大丈夫ですよ!?この後もちゃんと走るんで!ウェアもシューズも持ってきてますから」


 両手でガッツポーズを取る白田を見て加賀美はクスリと笑う。

「その意識があるなら大丈夫だね。待ってて、持ってくる」


 加賀美(かがみ)恭也(きょうや)。白田の初グラビアの写真も担当した気鋭のフォトグラファーだ。年齢は二十台後半で、彼自身が被写体となり得る程の恵まれた容姿と整ったスタイルを持つ。作品自体も高い評価を得るが、その評価は彼自身の容姿によるものだとやっかみに似た批判も多くある。


「はい、桐香さん。乾杯」

 白い乳酸飲料が入ったグラスを白田に渡し、黒い飲み物が入った自身のグラスをチンと重ねる。

「ありがとうございます。加賀美さんは何を飲んでるんですか?」

「ん、これ?コーヒーだよ。俺酒嫌いだから。まずいじゃん」


 苦々しい顔をしてべぇと少し舌を出す。一回り年上の加賀美の子供のような仕草に白田もクスリと笑う。


「いただきます」

「はい、どうぞ」


 常夏の沖縄。日が沈めば風は意外に心地よい。


「桐香さんは少し感じ変わったね」


 加賀美の言葉に白田は少し眉を寄せて身構える。

「……いい意味ですか?悪い意味ですか?」


 それが加賀美には新鮮に映る。みんながみんなというわけではないが、グラビア関係は自己評価の高めな子が多い印象だ。スカウトにせよオーディションにせよ、自分に自信がなければ自分の顔や身体を不特定多数の人々の目には晒せない。


「もちろん、いい意味だよ。一言で言えば――」


 言葉を選びつつブラックコーヒーを一口ゴクリと飲むと、隣に座る白田を見てニコリと笑う。


「恋する乙女になった」


「なっ」


 白田は顔を赤く染めつつもプイっとそっぽを向く。

「……そんなことありません。何を根拠にそんな事を」


 おおよそ想像通りの反応にニヤニヤと笑みを浮かべつつ、加賀美は言葉を続ける。

「根拠?俺がファインダー越しに見ればそんなのすぐわかるよ。っていうのも不親切な説明か。じゃあ最初から解説してあげよう」


 白田の言葉を待たずにピッと人差し指を立てる。


「最初のグラビアの時、多分君はまだその恋に触れていなかった。もう少し正確に言うと恋心は抱いているものの、その相手との接触はない。恋心とどう向き合えばいいのかもわからず怯えておどおどしている状態だった」


 そっぽを向いていた白田は驚いた顔で加賀美の方を向く。加賀美の指は二本に増える。


「そして、二回目。君は恋に触れてしまった。あのリンゴのカットを見れば全て詰まっているから、俺じゃなくても誰が見てもわかる筈だよ。君は恋に向き合って、触れた。おそらく何か勇気のいる決断をして前に踏み出した。その決断の成果に戸惑いながらも喜びを感じている」


 そこまで聞いて白田桐香はようやく口を開く。

「……えっと、加賀美さん占い師かなにかでしたっけ?」


 その質問は彼の考察が正解だと言っているようなものだ。


「いや?知っての通りフォトグラファーだよ。さっきも言ったけどさ、ファインダー越しに見ればわかるんだよ。ただやみくもにかわいい子にシャッター切ってる訳じゃ無いって事さ、あはは」


「じゃあ……、今回は。……どうでした?」


 恐る恐る、白田は自ら加賀美に問う。


「うん、その一歩先だね。いつリンゴを食べようか、という段階と感じたよ。そのリンゴはおいしいリンゴか、はたまた毒リンゴか?恐れていた君はもういない。いや、いるはいるんだろうね。自分に自信があるわけではない。それでも受け入れてもらえるだろう安心と信頼とでもいうのかな?そういうものを君は感じているんじゃないのかな?友達に、或いは恋人候補くんに」


「こっ――」


 恋人候補なんて、と否定しようとしたがその声は酔っ払い達の声でかき消される。


「おーい、加賀美さん!桐香ちゃん口説いてんすか!?淫行っすよ、淫行ー!」

「桐香ちゃん逃げて~!」

「加賀美!こっち来てお前も飲め飲め!」


 酔っ払い達の喧騒に水を差され、呆れ顔でため息をつく。

「やれやれ……。だから酔っ払いって嫌いなんだよなぁ。アイスコーヒーで良ければ飲みますよー」


「あっ……、あの!加賀美さん!」


 立ち上がる加賀美を白田は呼び止める。


 グラスを両手で持ち、加賀美を見上げる。


『告白したらうまくいきますか?』


 そう聞こうとして言葉を飲み込む。本人も言ったように彼は占い師でも何でもない。相手を知らずにしてそんな事がわかるわけがない。だが、危なくそんな事を口走りそうなほどに加賀美の考察は的を射ていた。


 酔っぱらったお偉方に呼ばれながらも白田の言葉を待つ加賀美。白田は躊躇いながらも言葉をひねり出す。

「……あ、その……。……もし、毒リンゴを食べちゃったら、わたしはどうなりますか?」


 我ながら頓狂な質問をしてしまったと顔を赤らめる。加賀美恭也は安心させるように微笑む。


「白雪姫は毒リンゴを食べて不幸になった?」


「加賀美さ~ん!」

「はいはい、今行きますってば。」


 白田に小さく手を振り加賀美は席を離れる。


 加賀美の言葉は不思議と胸に残った。毒リンゴを食べてもそこで終わりじゃない。ただおとぎ話をなぞっただけかもしれないし、ただのたとえ話かもしれない。それでも、少し勇気をもらえた気がした。



◇◇◇


「お疲れ様」


 木曜日の夜十時、店舗裏の従業員口。


「白田こそお疲れ。つか荷物多いな」


 木曜日の夜十時、店舗裏の従業員口。白田は大きなスーツケースを携えて微笑む。


「三泊四日だからね。あっちでも走ったりできるようにシューズとかもいろいろ入ってるし」

「マンガは?」

「入ってないよ」

「あぁ、デジタル派か」

「っていうわけでもないけど」


 元々毎日会うような関係でもないけれど、なんだか随分久し振りな気がする。


「荷物多いしタクシーでも呼ぶか?今日くらいは特別に奢ってやるよ」

 俺の申し出に白田は首を横に振る。

「ううん、平気。歩いて帰ろ?お金勿体ないしね、ふふふ」


「あー、まぁそうだけどさ。でも別にいいぞ、今日一日くらい。バイト一時間働かなかったと思えば」

「大丈夫~。帰ろ帰ろっ」

「じゃあせめてそれ持ってやるよ。重いだろ」

「や、平気デス」

「まぁまぁ遠慮なさらず。勝手に中開けたりしないから」

「……ありがと」


 ゴロゴロとスーツケースを引いて夜道を歩く。コンビニからうちまで徒歩十一分。


「日焼けとかしねぇの?」

「うん。日焼け止め塗ってるしね。元々焼けづらい方だけど、あんまり焼けちゃうとお仕事に影響出るからって」

「なるほどな。でも『褐色の白雪姫』ってのも字面的に格好いいと思うけどな」


「そうかなぁ」



 帰り道の途中、街灯が途切れる少し暗い道を通る。


 白田は何気なく空を見上げる。今日も雲はほとんどない。視線の先には一昨日も言っていたはくちょう座。


「おととい一緒に見たね」


 チラリと俺を見て、照れくさそうに白田はつぶやく。


「一緒ではないけどな。俺は見て、白田も見た」


「またそういう意地悪言うんだから」


 文句を言いながらも上機嫌に見える。


「お土産もちゃんと買ってきたからね。ちんすこうとー……」


 自分で言って、ちんすこう=沖縄と気が付いてしまい、白田は慌てて取り繕う。


「や、違うの。んー、っと……、そう!急いでて沖縄で買えなかったから東京駅で買ったの!」

「今沖縄って言っちゃってたけど平気?」

「えっ!?あー……」


 白田は申し訳無さそうに右手の小指を出す。

「……ごめん、秘密でお願いします」

「そりゃ言わないけどさ」


 指切りなんて、何年振りだろうな。





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