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常夏の白雪姫

◇◇◇


 毎週月と水はコンビニバイトの日。夏休み期間中とてそれは例外ではない。そして今日は火曜日。本来はバイトが無い日であるが、今日は夕方の五時までバイトである。十二時~五時のシフトに入っている板倉さんという主婦の人がお休みなので替わりに出ている。


 それと全く話は変わって、白田は昨日沖縄へと旅立った。週間予報を見る限り滞在中は天気が良さそうなので、きっと撮影も順調に行くだろう。


 で、話は戻ってバイトの話。いつもと違う火曜の昼間。基本的にやることは同じなのだが、曜日と時間帯が変わると中々に新鮮だ。


 来店する客層も違うし雑誌棚に陳列されている雑誌も違う。昼飯を食べてからの勤務だから腹も減っていない。


「いらっしゃいませー」


 ――と、入店のあいさつをして次の瞬間後悔することになる。


「んぉ?五月じゃん」


 小中高と同じ学校の悪友・紙谷庵司のご来店だ。


「お前この時間いるの珍しくね?」


「今日だけシフト替わったんだよ。仕事中だから話しかけるな」


「あぁ、そっすか。お仕事お疲れ様でーす」


 へらへらと全く心のこもっていない労いの言葉を投げかけつつ紙谷は雑誌コーナーへと移動する。


 小学校も中学校も同じなので、家も比較的近い。俺と白田の家程近くはないけれど、遠いという程ではない。だが生活圏内が同じなので、まぁ紙谷も来るだろう。紙谷以外にもたまに見かけはする。こっちもあっちも声はかけないが。


 紙谷は雑誌コーナーで立ち読みを始める。人のバイト先でわざわざ立ち読みすんなよと思うが、俺のいる時間帯に見かけた事が無いので一応配慮はしているようだ。そう考えるとこの場のイレギュラーは俺なのだと納得してしまう。


「……友達?」

 隣のレジの人が小声で俺に問いかける。

「大まかに括るなら。すいません、邪魔なら追い払いますんで」


 俺の申し出に母と同じ位の歳のその女性は手を横に振る。

「ううん、大丈夫よ。あの子よく来るから」

「あ、そうっすか」


 立ち読みをするだけでなく立ち読み代とばかりにしっかり買い物もしていく、と隣のレジの女性は少し誇らしげに紙谷の擁護を行ったが、正当な対価を支払って通常通り商品を購入しているという至って当たり前の経済活動であってどこも立ち読みが正当化される理由はない。別にいいけど。

 

 紙谷の立ち読みが二十分程経過した頃、店舗入り口の自動ドアが開く。条件反射で『いらっしゃいませー』と声を上げ、ワンテンポ遅れて入り口に視線をやる。そこには見慣れたイケメンがいて、申し訳なさそうに眉を寄せながら小さく手を挙げて俺に挨拶をする。言わずともがな、和久井(わくい)(しゅう)だ。俺と紙谷は小中も同じで、俺たちと柊は中学が同じ。柊の家は中学の学区の割に端の方なので、電車の最寄り駅は違う。


「……急に呼び出したと思ったら。なに五月の邪魔してるんだよ。帰るぞ」

「わはは。白田がいなくて寂しいだろうと思ってな。だからお前も呼んでやったんだよ」

「それは大きなお世話だろ。ほら、出る出る」


 偶然訪れた訳じゃないだろうな、と思っていたら案の定だった。どうやら紙谷が柊を呼んだようだった。

「ちょっと待てって。まだ買い物してねーから。立ち読みだけして帰るやつは客じゃねーだろ」

「……しょうがないなぁ。手短に。五月の邪魔だけはしないように。一言も喋るなよ?」

「なんだそりゃ」


 渋々と口を尖らせながらも、やや怒り気味の柊が怖いのかコクリと頷き買い物を始める。暫くして、飲み物と総菜パン、菓子を持って俺のレジにやってくる。

「レジ袋有料ですがいかがいたしますか?」

 紙谷は律儀に言葉を出さずに首を縦に振る。

「パンは温めますか?」

 今度も首を縦に振る。


 後ろでは柊が腕を組みながらじっと紙谷の挙動を監視している。

「四百五十六円です」

 無言でスマホを差し出してくる。

「バーコード決済ですか?」

 コクリと頷く。だんだん面白くなってきたが今は仕事中。


 買い物を終えると同時に柊は紙谷の背を引き、紙谷は連行される様に店を出ていった。


 ふぅやれやれと思った数分後、自動ドアが開くと同時に気の抜けた声が聞こえる。

「あれっ?いない」


 ピッタリとした七分丈のデニムパンツに水色っぽいシャツを着た長身の女子。白田の友人の伊吹こずえだ。伊吹は誰かを探して店内をきょろきょろと見渡し、その誰かよりも先に俺を見つける。

「あっ、さっきー!?あ~、ここさっきーのバイト先かぁ」


 ニコニコと楽しそうに笑いながらレジに近づいてくる。紙谷もそうだけど、働いている人に気軽に話しかけてくるのやめろ。柊を見習えと言いたい。

「お客様、何かお探しですか?」


 恐らくの恐らくだけど、柊を餌に紙谷に呼ばれたのではないかと推測する。なら早く店から出て行って欲しいのでこちらから聞いたのだが、それが彼女の何かに触れたようで楽しそうにケラケラと笑いだす。

「あはは、ロープレの店員みたい。やくそうある?八ゴールドくらいで」


 イラっとするが、弱点がはっきりしている分コンビニ迷惑客の中では低ランクと言える。

「背の高い男性のお客様でしたら、お連れ様を引いて当店の左へと進むのが見えましたよ」

 自分で言っていてロープレのNPCっぽいと感じた。伊吹が笑うのも納得というもの。


「お、ありがと~。次は『お気をつけて旅の者よ』かな?」

「言わねぇよ。早くいけ」


 つい小声で呟いてしまう。まだまだ修行が足りない。


 そして、夕方五時になり慣れない時間帯のバイトもようやく終わり。


「お疲れ様」

 

 従業員口の扉を開けると同時に聞き慣れたセリフが聞こえる。


 目の前にはニヤニヤと笑みを隠し切れない伊吹こずえの姿。

「……お疲れ」


「似てた?桐香こんな感じ?」


「はいはい、似てる似てる。そっくりすぎて本人かと思ったよ」


「あ、へぇ。思ったより高評価。桐香に教えよっと」


「おい、やめろ」

 即座にスマホを触り始めたので制止する。


「あはは、冗談だって。じゃあ行こ行こ。さっちゃん待ちだから」


「はぁ?あぁ、あいつらもいるのな。了解」


 結局その後、柊と紙谷と合流してなぜかバッティングセンターに行くことになる。上手い順に言うと柊、伊吹、俺、紙谷という形となった。手首と腰が痛い。



◇◇◇


 ――夜。普段であればバイトが終わる様な時間。


 スマホが鳴り、見ると白田からのビデオ通話だった。


「おう、お疲れ」

「こんばんは!」


 ホテルのベランダだろうか?


「天気どう?」

「うん、いいよ。よすぎて困るくらい」


 因みに、だけど以前はスマホのインカメラはテープで塞いでいたが、いつの間にか塞がなくなった。自分の顔が相手に映るメリットなんか何ひとつないと思うし、盗撮やらハッキングの危険性を考えると塞いだ方が良いのはわかる。


 けど、白田が映って俺が映らないのはフェアじゃないから止めただけ。それ以外深い意味は無い。


「台風とか来なかったら明後日の夜帰るから」

「あ、そう。ごゆっくりなさればいいのに」

「もうっ」


 不満げな声を漏らしたかと思うと、ケロリと立ち直りスマホを空に向ける。

「五月くん、こっちは星がきれいだよ」

 流石にスマホ越しでは夜空の綺麗さは伝わらないのが惜しい。


「へぇ、それはちょっと興味あるな」

「……そっちは天気いい?星見える?」


 ベッドに寝転がっていたので、ベランダに出てみたが一〇六号室から上を見上げても二階のベランダの裏側しか見えない。

「あー、見えない。ちょっと外出てみる」


 サンダルを履いて外へと出る。できるだけ静かに扉を閉めて空の見える場所へ。


「お待たせ。見える。普通に晴れてるな」


「真上を見て、そこから少し東に行くとはくちょう座があるんだけどわかる?十字架みたいなやつ」

「真上を見て……東。あー、あった。多分これか」


 俺の反応に満足気な笑みを見せた白田の説明は続く。

「次ね?はくちょう座から天の川に沿って南に移動すると……少し小さな十字架があります。ある?」

「あるある」


「よかった。それがわし座です。最後ね?はくちょう座の一番光っている星と、わし座の一番光っている星を結んだ線を底辺として、西にすーっと目をやると青白く光り輝く明るい星があります。これがこと座のベガ。いわゆる織姫星です」


「へぇ。男の方はなんだっけ?彦太郎?」

「彦星!……つまりね、わたしが何を言いたいのかと言いますと……、明後日帰るからね。って言う……」


 なるほど、そういう話の流れか。言ってる途中でごにょごにょと言葉はフェードアウトする。


 すげぇありきたりな感想を言うと、東京と沖縄、離れた場所で同じ星を見ているってなんかすごいなって思った。小学生並な感想だけど。





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あれがデネブ、アルタイル、ベガってこと?
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