再訪
◇◇◇
パラリと雑誌を捲る。毎週買っている表紙と巻頭がグラビアの週刊少年漫画雑誌だ。
『白雪姫は眠らない』とのキャッチコピーの横でおとぎ話に出てくるお姫様……文字通り考えれば白雪姫の様な姿ですました顔をする白田の姿。苗字が『白』田で肌が『白』いから『白』雪姫なのだろうと容易に想像がつく。
何となく水着で無かった事に安心したような残念なような複雑な気持ちでパラパラとページを捲ると、色々な服を着て色々な表情をしている白田桐香がそこにいた。
◇◇◇
「五月!お前こないだ他校の女子と歩いてたんだって!?」
翌日学校で机に伏していると、やや興奮気味に悪友が詰め寄ってくる。小学校からの同級生である紙谷庵司だ。やんちゃな印象の黒い短髪で耳にはピアスがいくつか見える。
白田と歩いていたのを誰かに目撃されたと言う事だろう。時間は遅いとは言え地元だしそれはまぁ当然か。でも紙谷も白田の事を『白ブタ』と呼んでいた内の一人だし、変に茶化されるのも嫌だったのでどう言おうか少し考えていると、彼は焦れた様子で言葉を畳みかけてくる。
「俺が見た訳じゃねーけどさ、なんか夜五月がすっげーかわいい子と歩いてたって聞いたぜ!?どこで知り合ったんだよ!?まさかもうヤ――」
「いやいや、そう言うのじゃねーから。マジ止めろ」
「あー、なるほどね。彼女が出来たら小学校時代からの親友も用無しって事っすか。冷たいよなー。でもしょうがないか。俺がその立場でも同じ事するもんなー」
親友と言うより悪友だろうな。
「そう?僕は彼女いても変わらず君らと遊んでるだろ?」
もう一人の友人、和久井柊は頬杖を突きつつ紙谷の意見に疑問を呈する。小学校は違うが、中学は俺達と同じ。大体いつもこの三人でつるんでいるが、こいつだけは彼女がいる。細身で背が高く、少し長めの髪は明るい茶色だ。中学時代はバスケ部だったが高校では部活には入っていない。男の俺が言うのもなんだが、かなりのイケメンだ。で、元ヤン。
何だろうな?やくざや暴力団は知らないけど、中学高校とヤンキーって顔の良いやつが多い気がする。自信があるからああいう感じになるのか、自信が顔つきに現れるのか、或いは無関係なのか。まぁどうでもいい考察。
柊は机に頬杖を突きつつ、ニコリと俺に微笑みかける。
「でもまぁ僕らよりそっち優先してもらって全然構わないからね?付き合いたてが一番肝心だからねぇ」
「いーや、俺は許さん。お父さんは許しませんよ!不順異性交遊だなんて。校則違反ですからね!なっ、母さん」
「あれ、僕お母さん役?」
何だか勝手に話が飛躍しているが、俺と白田はたまたまコンビニでバイト中に会っただけで、久し振りに会ったついでか、自身の載っている雑誌が発売された高揚感からか又はその両方かで行きがかり上同時に同方向に帰宅したに過ぎない。
『また』って言っていたような言っていない様な感じだが、仮に言っていたとしても社交辞令だろうから別に今後どうと言う事も無い。
「別に何でも無いバイト先の先輩だよ。つーかさ、女と一緒に歩いてただけで彼女認定だなんてハードル低過ぎんじゃねぇの?てことはアレか?紙谷はだれか女子と一緒に帰ってるだけでそんな気になってるって事か?」
たまたま会っただけなので次も何も無いから適当な嘘でお茶を濁しておくのも処世術と言うものだろう。
「悪いかよ」
「え?」
思わぬ言葉に何に対する答えなのか一瞬理解が出来なかったが、紙谷が続けた言葉で疑問は解決する事になる。
「夜に一緒に帰るって事はなぁ……、信頼の証だろうが!なら脈ありって考えるだろうが!押すだろ普通!押してんだろ、普通!」
「あはは。庵司がモテないのはそう言う所だと思うなぁ」
「わかる。がっつき過ぎなんだよな」
「あぁん?草食獣は黙ってろ」
「ん?僕も?」
「……いや、お前はアドバイスをください」
◇◇◇
ピッとエナジードリンクを二本レジに通す。バイト上がりも近い夜九時五十分。
「三百九十六円です」
機械的に金額を読み上げる俺の前には白田桐香が立っていた。今日は現金での購入の様で、お釣りとレシートを受け取るとニコリとほほ笑みそのまま白田は店を出る。
「お疲れ様。差し入れでーす」
従業員口を出ると何故かまた白田がいて、買ったばかりのエナジードリンクを俺に差し出してくる。だが、残念ながら俺もエナジードリンクを買っていたのだ。念の為言っておくが、白田の買ったものとは別銘柄だ。
「何でまたいんの?」
俺の問いに含みありげな笑みを見せる。
「ん?私も丁度仕事終わりでさ、折角だから一緒に帰ろうかな~って思って」
「なるほど。遅くまで大変っすね。とりあえず帰ろうぜ」
「あ、誘ってくれるんだ」
「て言うわけでも無いけど、そういう流れだろ?」
「ふふっ、理解が早くて助かるなぁ」
意図も何もわからないけれど、夜も遅いのは確かだしそのまま『じゃあな』と別れるよりは精神衛生上いい気がする。
「見てくれた?」
今日は自転車で無く徒歩の白田。支払いもこないだはスマホ決済で今日は現金。まぁ別にどっちでも構わないけれど。
「あぁ。あのパンチラ?」
「えっ!?」
「冗談だよ」
白田は胸に手を当ててハーっと一度大きく安堵の息を吐いたかと思うや否や、不服そうなジト目を俺に向けてくる。
「知ってる。ちゃんとチェックしてるから。はー、焦った」
「どっちだよ」
「で、どうだった?感想」
「漫画の?」
「……言いたければ聞いてあげるけど」
「いや、いいや。遠慮しとく」
はぐらかしはしたが、『感想』と言うのは当然白田のグラビアに対しての物に決まっている。
「じゃあ率直な感想でいいか?」
「うんうん、勿論!」
「あ、水着じゃないんだ、って」
「えっ」
数秒程の沈黙が流れる。
「それは……水着の方がよかった、って事?」
「いやいや、言った通り率直な感想。別に何か意味があるとかでなく、見た瞬間に思っただけ。普通ああいうのって水着だろ?」
「ふ、ふーん。他には?」
「他……。まぁ普通にすげぇなって」
その言葉がヒットしたらしく、白田は得意げにほほ笑む。
「ふふん、でしょう?頑張ったんだから」
「頑張ってなれるのはすげぇよ。俺頑張ってもなれねぇもん」
自分で言ってみて気が付いたが、男子高校生はどんなに頑張っても週刊少年誌のグラビアを飾れないのだ。何と言う男女差別。いや、別に飾りたいわけじゃないけど。水着で表紙にいる俺を想像してしまって軽く吐き気がした。
バイト先のコンビニから俺の家まで歩いて十一分。ちょっと話しながら歩いていればすぐに着く距離だ。
「そんじゃこの辺で。またご縁がありましたら」
二度ある事は三度あると言うし、俺のバイト先はお互いの生活圏内なのだからきっとまた会うだろうと思う。だから『また』と言っておく。他意は無い。
「うん、またね。送ってくれてありがと」
白田桐香はひらひらと手を振り、俺が曲がり角を曲がるまで律儀にも手を振っていた。