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白雪姫の戦い

◇◇◇


「あっ、ちょっ……。今それ使うなってば。素人かバカ。こら紙谷。バカバカバカ」

「素人に決まってんだろ。うわ、待て待て。ちょっと待て気持ちよく寄生させてくれっつの。あー、クソ死んだ。伊吹のせいだぞ」


 紙谷(かみや)庵司(あんじ)はスマホをテーブルに置いて天を仰ぐ。


「なにこいつら、急にめっちゃ仲良しじゃん」


 昼下がりのファミレス、五月の言葉に白田も同意してコクリと頷く。

「ね。いつの間に友達になったの?二人とも」


「別に友達になんかなってないよ。ただのフレンドだから。フレンド」

 見せてきたスマホに映るのはソシャゲのフレンド画面。

「……一旦スマホでフレンドを翻訳してみ?」


「あははは、さっちゃん意地悪だなぁ。あ、紙谷わたし炭酸ね~」

「あいよー」


 紙谷は席を立ちドリンクバーへと向かう。


 花火の日を知っている五月はともかく、白田からすれば二人の最後の接点はこずえが紙谷の背中を蹴り恫喝したのが最後なのだから全くもって訳が分からない様子。


「白田がCMやったゲームがきっかけだぞ」


 ガムシロップを入れたコーヒーをストローで飲みながら呟くと、白田はどことなく照れ臭そうに笑う。


「そう言ってもらえると頑張った甲斐があったなぁって思うよ」


「桐香、パーティみるにあいつもう二万は課金してるよ。あはは、やったね」

 人の課金を何故か嬉しそうに報告する伊吹こずえ。

「えっ!?そんなに……!?かか紙谷くん!今日はわたしが奢るから!」


「完全に自己責任なんだから白田は悪くねーだろ」


「お待たせしやした~」


 丸いトレーに四人分のドリンクを乗せて紙谷が戻る。

「俺まだ入ってんだけど」

「いいのいいの。どうせ飲むだろ。ほれ五月は乳酸菌足りて無さそうだから乳酸飲料な。初恋の味だぞ、がはは」

「……飲みづらくなること言うんじゃねぇよ」


「はい、白田は白いから乳酸飲料。こちらも同じく初恋の味」

「えっ!?」


「いやいや、ただのキャッチコピーだから。一々真に受けんなよ」


「紙谷ー、わたしのは~?」

 ペシペシと軽く机を叩きながらこずえが催促をする。


「はいはい、お待ちくださいねっと。ほれ」

 特に何の前置きもせずにテーブルに透明の液体が入ったグラスが置かれる。小さな気泡が立ち上っているので、炭酸であると推測がされる。


「サイダー?」


「どうぞ」


 質問に答えず紙谷はヘラヘラと笑顔でグラスを勧める。眉を寄せて訝しがりながらも、グラスを拒否するのは負けと捉えたこずえはグイっとグラスを傾ける。


 炭酸の刺激だけが口に残る。甘くないただの炭酸水だ。


「ソーダじゃん」

「炭酸だろ?」


「はいはい、面白い面白い。ねぇサッチー、やっぱり彼は小学校では面白人間で通ってた訳?」

「んー、多分自分ではそう思ってた筈だけど。ていうか呼び方統一してくれよ。さっちゃんとかサッキーとかサッチーとか」


「こらこら五月ちゃん。なんだよその言い草は。自他共に認める面白人間がこの俺だっただろ?もう忘れたのかよ」


「こずえ。今のさっちーって……、もしかして五月くんの事?」


 乳酸飲料で満ちたグラスを両手に持ちながらジッと恨みがましい視線を向けてくる白田にこずえは苦笑いを浮かべる。

「あ、ダメだった?あはは」


「ううん、別にいいと思うけど」

 一言答えて乳酸飲料を飲む。普段は甘い飲み物はほとんど飲まないが、きっと夜走る量が増えるのだろう。


「うまい?」

「うん、さっぱりして夏っぽい」


 白田の答えを待っていた様に紙谷は得意げにニヤリと笑い答える。

「そう。それが初恋の味です」

「きもっ」


 寒気を抑えるように自身の両手を抑えながら冷めた視線を紙谷に送る。


「紙谷さぁ。あんた桐香のご好意でこの場にいる事を忘れないようにね?本来顔も見たくないって拒絶されて然るべき人間なんだからね」


「え?何で?」

「え?何でじゃないよ、随分厚いな面の皮」


 二人のやり取りを見て白田桐香がおずおずと手を上げる。


「そっ……、その事で今日は紙谷くんにお願いがあるんだけど」


 五月とこずえも何も聞いていなかった様で驚きに視線を向ける。


 紙谷庵司は不敵な笑みを白田に向けつつ口を開く。

「いいよ。サインくれたらな」


盗人(ぬすっと)猛々(たけだけ)しいぞ、ほんっと」


◇◇◇


 蝉の声が雨みたいに降り注ぐ。一瞬考えてみて蝉時雨とはよく言ったものだと一人感心する。


 白田曰く、何やら紙谷にお願いがあるらしい。そしてそれは昼下がりのファミレスで行うにはそぐわない行為らしかった。


「あっちぃなぁ~。今度プール行こうぜプール」


「あ、いいね。桐香今度皆で行こうよ。一応断っておくとみんなってのは紙谷以外ね」

「あぁん?そう言うのをいじめって言うんだぞ、コラ」

「や、お前が言うなだっつの」



 白い入道雲と青い空の陣取り合戦。今日は白組に軍配が上がりそうだ。道すがら視界の両端を大きく分厚い雲が覆う。


「こないだの公園とか?」


 進行方向の左を指さして白田に問う。こないだ花火をした公園の事だ。

「うん。ごめんね、付き合って貰っちゃって」


 申し訳無さそうに笑う白田に俺と伊吹は真顔で手を横に振る。

「いや、全然。白田と紙谷を二人にするのはちょっとな」

「そうそう。何するかわかんないからね、マジで」



 少し歩いて公園に着く。紙谷はチラリと白田を見た後で俺と伊吹のヒソヒソと声をかける。

「もし告白だったらお前ら外せよな。まぁ見られるのも嫌いじゃねぇが」


「どこからその自信湧いてくるの?それとも頭が沸いてるの?そんな訳無いじゃん。ねぇ、さっきー」

「何で俺に振るんだよ。可能性はゼロじゃ無いだろ」

「や、ゼロだね。ゼロ。当たり前じゃん」


 白田はヒソヒソ話をする俺達を全く気にせずに、ベンチに座り樹々を見上げつつ深呼吸をしている様に見える。



 意を決して、白田は立ち上がる。真っすぐな眼差しを紙谷に向けると気圧されたかのように紙谷は一歩後ずさる。


「あのね。昔、白ブタって呼ばれた事……、本当に嫌だったの。今だから言うけど、紙谷くん達の顔を見たくないくらい、嫌だったの」


 急に息苦しくなる。小学生の頃が思い出される。例えば今日みたいに蝉の鳴く暑い帰り道、俺達から逃げる様に早足で帰っていた事もあった。


 伊吹はグッと唇を結んで白田を見守り、紙谷も珍しく茶化さず黙って次の言葉を待つ。


「……高校生になって、皆で出かけるってなった時も『嫌だなぁ』って少しだけ思っちゃったんだ。『会いたくないなぁ』って」


 紙谷は神妙な顔で断罪を待つ。でも、それもおかしな話だろ。紙谷だけが悪いわけじゃない。俺だって悪い。紙谷だけが責められるのは筋が違うだろ。


「白田!それなら俺も――」


 白田の毅然とした視線が俺に向けられる。思わず声が止まってしまう。ワンテンポ置いて、申し訳無さそうに、少し照れ臭そうに笑いながら白田は首を横に振る。


「五月くん、ごめん。紙谷くんにしか頼めないんだ」


 そして白田は紙谷に向けて言葉を放つ。


「紙谷くん。わたしを『白ブタ』って呼んで欲しいの」


「え?」


 間の抜けた声を出した紙谷同様、声こそ出さなかった俺と伊吹も内心は同様だったはず。


 だが白田は微塵もふざけている様子はなく至って大真面目な顔だ。


 白田は言った。逃げるんじゃなくて、立ち向かわなければならない。言われてももう平気だって、あの頃の自分を乗り越えたい、と。だからもう一度言ってほしい。頼めるのは紙谷くんしかいないと白田は言った。


 正直な話、その言葉にほんの少し……ほんの少しだけモヤモヤした。


「な……、なんで紙谷にしか頼めないんだ?それなら俺だって」


 俺の申し出に、今まで真面目な顔をしていた白田は急に慌てて首を激しく横に振る。

「やっ、ダメ。全然無理無理。それは無理。……二度と立ち直れなくなっちゃうかもだから」


 そして、気を取り直してと言わんばかりにゴホンと一度咳払いをする。

「とにかく、お願い」


 少し赤い顔ながら真剣な面もちの白田に、紙谷はコクリと頷いて答える。


「わかったよ、白ブタ」

「えっ」


「そこまで言われたら言ってやらなきゃ男が廃るってもんだよなぁ白ブタ」


「ちょっと、ちょっと待って紙谷くん!」


 一旦紙谷を制止すると、胸に手を当てて一、二度深呼吸。それを終えるとまた決意を秘めた目で紙谷を見る。


「大丈夫。もう一回お願い」


 その目は少し涙目だ。


「いい度胸だな、白ブタくん」

「ぐぅっ」


 実際に聞いたのは初めてだが、恐らくこれがぐうの音と言うものだろう。


 それでも白田は何度も紙谷に立ち向かった。


 正直な話、少し紙谷が羨ましいと思ってしまう。

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― 新着の感想 ―
たぶんこれ、紙谷もなにがしかの儀式的なニュアンスを察してるんだろうなぁ
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