花と火と
◇◇◇
「おっ……お疲れ様デス!本日は大変お日柄も良く!」
伊吹こずえが直立で頓狂な挨拶をする。相手は和久井柊。五月の友人の元ヤンイケメンだ。
「おはよ。白田さんは残念だったねぇ」
三十度を超える気温に不釣り合いな程の涼し気な笑みを浮かべてこずえに挨拶を返す柊。
夏休みが始まり少し経ち、七月の終わりも近いある土曜日。五月たちと白田たちで一緒に近場の花火大会に行こうと予定を組んだのだが、白田に急に仕事が入ってしまったとの事だった。ギリギリまで行くか行かないか迷ったのだが、持ち前の責任感もあり後ろ髪引かれながらキャンセルと相成った。
参加メンバーは五月と柊とこずえと委員長。
「なぁ、柊。お前暑くねぇの?」
駅前で貰った団扇で扇ぎながら五月が問う。
「ん?暑いに決まってるだろ。でも暑そうに見せる必要は無いからね。要はやせ我慢だよ、ははは」
やはり涼し気な顔で軽く笑う。
こずえは困った顔でひそひそと委員長に耳打ちをする。
「……いいんちょ、今の聞きました?どう思います?」
「え?普通にかっこいいな、って」
「普通?今のが普通なの?よく考えてごらん?」
「あー、もうわかったわかった。うるさい」
「ところで紙谷から何度も懇願のメッセージが来てるんだけど、お二方はどうっすか?」
スマホの画面を見せると、画面には紙谷からのメッセージが並ぶ。
『二度と言わないから俺も連れて行って下さい』
『反省しています。見ればきっとわかるはずです』
『何なら出店の食べ物とかも俺持ちで構いませんので』
『紙谷庵司。紙谷庵司にどうか救いの手を』
『あなたたちが花火に行っているその陰で、沢山の紙谷庵司が泣いています。ですがあなたたち次第で一人の紙谷庵司が救えます』
「え~。絶対嘘だよ。この最後のやつとかウケ狙いが過ぎるし。しかも面白くない」
険しい顔のこずえを横目に見つつ、委員長は満更でもない様子。
「あはは、そう?わたしは逆に興味湧くけど」
「さっちゃん、いいんちょが相手してくれるそうなんで呼んでいいよ。奢りも忘れるなって伝えてね」
「りょうかーい」
――そして、連絡から三十分もしないうちに紙谷庵司は一同に合流する。どうやら準備万端の状態だった様子。
「え?白田いないの?マジで?」
そんな第一声に伊吹こずえは眉を寄せる。
「うっわ、出た。だから勝手に来ておいて文句言うのやめろっての」
「別に悪いとは言って無いだろ。SSR貰ったからその話くらいしようと思って。あとURも出たし」
紙谷は白田がCMを行っているソシャゲを始めた様子で、スマホの画面を見せつつ残念がるとそれを見たこずえが興味深げに画面をのぞき込む。
「うわ、マジ?あんたも始めたの?あはは、課金してる?ってか、URってどれ?あー、それかぁ。それね、SSRの方が強いです。正直」
「マジか」
「マジっす。でも使い道も無い訳じゃ無いから」
スマホを見せ合いながらソシャゲ談義を始める二人を見て三人は顔を見合わせる。
「仲良しだね」
「そうですね。放っておきましょうか」
そして、五人はモノレールに乗り換えて花火大会の会場を目指す。
「こないだ白田の載ってた雑誌、俺五冊買ったからね。誇張抜きで真面目な話」
「へぇ。わたしは七冊買ったけどね。いいんちょは?」
「普通に一冊だよ。そんなに要る?」
「要るに決まってんでしょ。はぁ~、やれやれ。そんなので真のファンと言えるのかな?」
「ファンなんだ」
委員長は困った顔で五月に話を振る。
「ね、普通一冊だよね?」
「まぁそりゃあ」
シレっと嘘を吐く五月。紙谷は即座に看破して五月を指差す。
「はい、嘘。このむっつりは絶対に三冊は買ってるとみたね。保存用、観賞用、使用用……」
「はぁ?買ってるわけねぇだろ?普通一冊だろ。一人一冊だ」
「あはは、幕末の志士みたいな事言ってる」
「ていうか紙谷。桐香の前で使用用とか言ったらマジでぶっ飛ばすから」
「へいへい、了解いたしましたよ」
同じゲームをやっている親近感からか、いつの間にか紙谷呼びをされているようだった。
◇◇◇
「それじゃ紙谷クン。約束は忘れてないよねぇ?」
花火と言えば出店。会場となる国営公園内の広場には沢山の出店が並んでいた。
「男女平等が是とされる時代に敢えて言うが、男に二言は無い」
そう言って紙谷庵司は胸を張る。
「まぁ女にも無いんだけどさ。もういっそ『人間に二言は無い』とかに変えようよそれ」
「こずえ、それだと犬とか猫ちゃんは嘘を吐くって聞こえない?」
「犬猫は喋んないじゃん」
「は?喋るんですけど?」
「はいはい、メルヘンメルヘン。じゃあそんないいんちょは焼き鳥でいいかい?場所取りはお願いね」
「まぁ適当に買ってくるわ。野郎はあとで金出せよな」
せっかちそうな二人組は足早に出店を目指す。
「それじゃ手分けしていくぞ」
「応!」
「シート持ってきてるので場所取りしましょうか?この辺りでいいですか?」
「あ、すごい。三つも持ってきてるんだ?準備いいねぇ。座って平気?」
「勿論。座る為のシートですから」
「じゃあお言葉に甘えて」
暫くして両手いっぱい山盛りの食べ物を持った二人が戻り、夏の夜空を花火が彩る――。
◇◇◇
都内某所での撮影を終え、帰路に就いた時には既に花火大会も終わっている時間だった。
スマホには伊吹こずえから沢山の写真とメッセージが届いていた。
『わたしも行きたかったなぁ』と文字を打って、送らずに消す。
『みんな楽しそうだね』と返信を変更する。
時計の針は夜九時半を回っていて、当然ながらこずえ達も既に解散しているようだった。
『まだ他の花火大会もあるから、今度また行こ』
『そうだね、ありがと』
返信をしながらもどこかもやもやとしてしまう。伊吹こずえに悪気が無いことくらい分かっている。完全に善意で、行けなかった白田の為に写真を送り、話をしてくれる。
羨ましいと思ってしまい、そんな気持ちを追い出すようにため息をつく。
電車は最寄り駅に到着し、ピピッと音を立てて改札を越える。
ふと前を見ると、改札を出てすぐの壁沿いにバケツを片手にスマホをいじる五月の姿を見つける。
「五月くん!?」
「ん?あぁ白田か。今帰り?お疲れさん」
「……何やってるの?」
本当は『待っててくれたの?』と聞こうと思ったが、否定されると辛いので聞き方を変える。
「あー、今日花火大会行っただろ?んで帰り道にもっと花火やりたくなってさ、買いはしたんだけど一人でやるのもどうかなぁって思って、誰か呼ぼうとしてたところ」
取って付けた様な説明ゼリフ。言い訳の裏付けをするように掲げたバケツと一緒に持っているビニール袋には花火セットが入っている。
「……わざわざ呼ばなくても一人ここにいるけど?」
小さく手を挙げて白田は口を尖らせて呟く。
「あ、本当だ。お疲れのところ悪いけどちょっとだけお付き合い頂いていい?」
白田は嬉しそうに笑い、五月からバケツと袋を奪い取る。
「もちろん!ふふっ、しょうがないなぁ」
歩いてすぐの大きめな公園。花火禁止でないことを確認してから二人だけの花火大会。