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好きなもの

◇◇◇


「五月、知ってるか?白田はバスト81らしいぞ」


 休み時間、スマホを操作しながら小中高と同じ学校の腐れ縁的悪友・紙谷庵司が口を開く。


「知らねぇよ。だからなんなんだよ。ていうか知り合いのそう言う話するんじゃねぇ」


「だから水着グラビアやんないのかな?」


 俺の話を聞いてか聞かずか、紙谷はまだ話を続けてくる。


「知らねぇって言ってるだろ。とにかく俺に白田の話をするな」


 無下に話を打ち切りシッシッと犬を払う様に手を振る。言ってわかるかどうかも疑わしいやつだが、言わないとわからない事だけは間違いない。少し強めに釘を刺しておくくらいでちょうどいい。


 それにへこたれないと言うか気にしないと言うか、そこが紙谷の良いところでもあり悪いところでもある。俺に相手にされないと思うと、次は他のクラスメイトの所に行き白田の話題を振る。


「なぁなぁ、最近知ったんだけどこの子と俺小学校同じなんだぜ。地味にすごくね?」


 スマホを見せながらクラスメイトに話題を振ると、中には白田桐香の事を知っている人間もいたようだった。


「好きな食べ物は大福らしいぞ」


 別に聞きたいわけでもないけれど、紙谷の能天気な声が聞こえてくる。別にあいつが悪いわけでも無いけど。いや、正確にはあいつも俺も悪い、か。


 それにしても大福が好きだなんて初耳だ。子供の頃家に何度も遊びに行っていたが、大福なんて一度も出た事は無いと思う。いつももっとオシャレで高級そうな洋菓子の類だったはずだ。


 紙谷がヘラヘラと白田の話をしているので、嫌でも耳に入ってくる。


 余談と言うか当たり前と言うか、俺は白田の名前で検索をしない。もしかすると、他の芸能人と同様にウィキとかがあったりするのかもしれないし、なにかゴシップの様なものも載っているのかもしれない。だけど、そこに書いてあることがそもそも真実とは限らないし、そんな不確かな情報を得た先入観で白田に接するのはなんだか申し訳ないと思ってしまう。


 そもそもが聞きたい事があれば本人に聞けばいいわけだし……、と言うのは些か傲慢だろうか?


『大福好きなの?』


 特別強い興味と関心がある訳では無いが、真偽を確かめる為に一応聞いてみる。白田の家では一度も出た覚えは無いが、うちのおやつは未だに大福やどら焼きがよく出る。母の好物らしく、型崩れ品とか徳用とかその類の物をよくストックしてある。給料日後だけはイチゴ大福を買ってくる。子供の頃から今でもそれは変わらない。よく白田の家みたいなオシャレなおやつが食べたいとせがんだものだ。


『……どこでそれを』


 返信が来る。言葉は短いが、そこから察するに大福が好物と言うのは真実なのだろう。


『あ、もしかして聞いちゃまずいやつだったか?紙谷のやつが言ってたから本当かどうか聞いてみただけなんだけど』


 スマホを打っていると柊が何やらニコニコと俺に視線を向けてくる。

「なにか?」

「いやいや、なにも」

「前も言ったかもしれないけど、そういうのじゃねぇから」


 そんなやり取りをしている間にまた返信が来る。


『好きだよ』


 勿論大福の事に決まっているのだけど、なぜだか一瞬ドキリとしてしまう自意識に我ながら呆れる。


 続けてスマホのバイブが響き、次のメッセージの受信を知らせる。


『大好きだよ。子供の頃からずっと』


 大福だよ。大福の事に決まってるんだよ、わかってる。だって元々そんな質問を俺がしたんだしさ。咄嗟にスマホの画面を隠しつつチラリと柊の様子を窺ってしまったので確実に怪しまれたと思う。何だか妙な汗が身体から噴き出している気がする。


 だが、再びスマホが震える。


『愛してるの』


「はぁ!?ちょ……」

 遂に声が出てしまう。冷静に考えれば子供の頃からずっと大福を好きで、大好きで、愛していてもなんら問題は無いのだが、ついうっかり声が出る。


 一人スマホをいじって一人声を上げるなんて明らかに狂人仕草というものだ。


 まさかの三連撃になんと返信しようかと躊躇ったその間に再びスマホが振動する。今度はビデオ通話だ。


 正直な話、事態が飲み込めず混乱しているが黙っていても何も解決はしない。通話を押すと、その瞬間画面に真っ赤な顔の白田が映る。


「五月くん!今の違うから!大福の話だからね!こずえが勝手に打ったんだから!乗っ取り!そう、乗っ取りよ!ほら、こずえ!ちゃんと自分の口からも言ってよね!」


 真っ赤な顔で、興奮しすぎて涙目の白田は友人の伊吹こずえの袖を引っ張り画面内に引きずり込む。――その一言だけ見るとなにかの能力者みたいだ。


「あ、五月くん?あはは、話はよく聞いてるけどもしかしてまともに話すのお初だっけ?」

「あー、かもっす。何だかわかんないけどそちら楽しそうっすね」

「何で敬語?気軽にこずえちゃんって呼んでいいよ~」

「いや、呼ばないけど。伊吹さんとかでいいだろ」


 二度ほど会ってはいるが、彼女の言う様に話すのは初めてだ。それも変な話だが。

「こ・ず・え~?挨拶が終わったなら早く説明をお願いね」


 珍しく怒っている風な白田の声。伊吹こずえは特に悪びれる様子も無く、さも被害者と言わんばかりの困り笑いを浮かべ、やれやれと言った風に手を上げて首を横に振る。


「ねぇ、サッキーからも言ってやってよ。桐香は子供の頃からずっと大福が大好きで大好きで愛してるんだよ。わたしはただ送信ボタンを押すお手伝いをしただけなんだってば。神に誓ってなにも悪い事なんてしてないんだよ」


「桐ちゃん、ダメだって。その馬鹿にしゃべらすのは逆効果だよ。危険」

「もうっ!こずえの馬鹿!委員長、お願い!」


 委員長と呼ばれたもう一人の忠告を受けて、スマホの画面には伊吹こずえから委員長に変わる。恐らくスマホ自体を手渡した様子。


「雨野くん、初めまして。桐ちゃんの友人の伊豆井(いずい)美弥子(みやこ)って言います。まず、折角の休み時間にうちのこずえがお騒がせした事を深くお詫び申し上げます」

「や、ご丁寧にどうも。雨野五月っす」


 委員長がペコリと画面の向こうで頭を下げるので、俺もペコリと頭を下げる。画面の後ろで白田と伊吹こずえが何やらワイワイやっているのが見える。


「状況を整理しますと、雨野くんからの質問通り桐ちゃんの好きな食べ物は大福です。これは公式にも発表されていて、ウィキにも載っています」

 委員長の異名に違わず、落ち着いた話口で彼女は説明を続ける。まるでマネージャーの様でなんだか頼もしい。


「あー、すいません。俺白田関係ネットで検索しないんで」

 俺の答えに委員長はニコリと微笑んで頷く。


「それでいいと思いますよ。それで、雨野くんからの質問に桐ちゃんが返信をしようとしたところ、こずえが急にスマホを奪い取って返信した……と言うのが真実です」

「なるほど。了解っす」


「そうなの!委員長の言う通り!」

「大福大好きって送ってあげて何が悪いのか教えて下さいよ、桐香サン」

「もう、うるさい!」


 委員長の後ろでは二人の攻防はまだ続いている。


「柊、ちょっと顔借りていい?」

「ん?僕の顔でよければ喜んで」


 スマホの画面に柊の顔が映ると、伊吹こずえはメデューサでも見たかの様に動きを止める。


「こんにちは」


 柊がニコリと微笑むと伊吹こずえは白田の陰に隠れる。


「……こんにちわ」


 自由奔放な振舞いをしていた伊吹こずえは漸く借りてきた猫の様に大人しくなる。


 



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